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8話「己が身に着けた技を見せる闘いの場」(リズ)


 稲光が瞬く豪雨のなか、馬車は町で見た門よりも大きな門を通り、着地していく。

「着いたぞ」

 御者がコンコンと馬車を叩くと、馬車は口を大きく開けて、私を吐き出した。転がり出た私は受け身を取って立ち上がり、魔族の学校を見上げた。

魔族の学校は今まで人生の中で見てきたどの建物よりも巨大だった。黒い悪魔らしき像や見たこともない魔物の像が並び、奇声や怒号のような音も聞こえてくる。ペガサスと馬車はここまでのようで、すぐに飛んで行ってしまった。

肌を刺すような雨のなか、私は御者に案内されて、棘が付いた扉へと向かった。重厚な扉は自動的に開き、中に入ると、「一生ここからは逃がさないぞ」というような威圧的な轟音を立てながらゆっくりと閉まっていく。

 たったそれだけのことなのに魔族の国は、獣人の私を受け入れる気がないように思えた。

「何をしている。早く来い」

 御者は滴る雨粒を赤い絨毯に染み込ませながら、先を行く。吹き抜けの玄関ホールを通り、燭台型の魔石灯が並ぶ通路を進んだ。

「すでに、他の学生の入学試験は終わっている。この先にある闘技場まで行け」

「うん」

「わかっているのか? 己が身に着けた技を見せる闘いの場だぞ」

 なぜか御者は何度も確認してきた。私が見せられるものと言えば、ライスに教わった棒術と投擲だけ。他にない。

「うん」

「緊張はしないのか? 雨に濡れて冷えたから身体が動かなかった、などという言い訳は通じないのだぞ?」

「うん」

 心配してくれているらしいが、私としては筋肉や皮がない御者の方が心配されるべきだと思っている。なかなか今までの常識は通じないようだ。それでこそ魔族の国に来た意味があるのだけど。

 御者を置いて、まっすぐ通路を進み、真っ赤な棘のついた扉を開けた。すり鉢状に観客席があり、中心に穴が空いている。その穴のなかが闘技場のようだ。

 耳を澄ますと、衣擦れの音が聞こえるので魔族が数人どこかに隠れている。会話もしているが、魔族の言葉なので何を話しているのかはわからない。

 私は迷わず闘技場の中に飛び込んだ。やることはさっき御者に教えてもらったとおりだ。闘技場の中で誰かをぶちのめすだけ。

 土の床。つなぎ目のない石の壁。両側には鉄格子の門。観客席からの視線。闘技場の大きさは10メートルほどの円形。状況を把握して、静かに待った。


 ギリギリギリギリ。


 鉄格子の門の奥から、車輪を付けた鉄製の人形が現れた。胴体と頭部は人の形だが、足が車輪になっていて相手に突進できるらしい。両手に剣を持って振り回している。

 鉄製の人形を相手にすることが試験なのか。よくわからないが闘技場の中に入ってきたものはぶちのめすと決めていたので、人形の横に回り込み、蹴っ飛ばして床に転がした。


 ガシャン!


 高価なものかもしれないが、ライスからは敵に容赦するなと教えられているので胴体に向かって棒を差し込み、そのままテコの原理で胴体と車輪を離す。

 ポコッという音とともに胴体が離れ、動かなくなった。

 これはいったいなんだったのだろうか。

 わからぬまま壊してしまったが、誰かの大事なものだったのだろう。人形の割に複雑な動きをしていた。ただ、これで試験は終わるはずがない。

「次!」

 鉄製の人形を脇に退けて、声を張った。


 ドシン、ドシン。


 ほどなくして出てきたのは先ほどよりも大きい鉄製の人形だった。今度は足があり、歩いてきた。しかも頭部から氷のブレスを吐き出している。

 近づいてみると、パンチを放ってきた。ただ、遅すぎて当たる方が難しいくらいだ。

 再び、横に回り足の関節に向けて棒を突いてみたが、カツンというばかりであまり効果がなさそう。気合を込めて突けば転がせそうだが、もっといい方法がある。

 人形の関節には隙間があり、クナイや杭を突っ込んでいく。足、腕、腰回りなどが動かなくなり停止。氷のブレスを吐くだけの人形になったところで、頭部を力任せにねじり取る。

 困った。己が身に着けた技を見せるタイミングがない。そもそも闘いになっていない。人形を壊しているだけだ。

「次!」

 今度は人形じゃない敵がいいと思っていたら、ようやく息をしている敵が出てきた。

 クマのように大きな体には爬虫類のような鱗がびっしり並び、背中には蝙蝠のような羽が生え、ワシの頭を持つ魔物。観客席からは「ガーゴイル!」とコールが沸き起こっている。

 闘いの合図があるのか気にしていたら、ガーゴイルが口からまばゆい光を放ってきた。目の前が真っ白になり、目をつぶる。息遣いも聞こえるし、足音も大きいので敵の位置を把握できた。

 迫ってくるガーゴイルの足音めがけて、魔封じの杭を投擲。当たっていれば、もう魔法は使えないし、床に打ち付けたので空も飛べないはずだ。

「ギャッ!」

 悲鳴が聞こえてきたので、当たったようだ。ガーゴイルの息遣いが激しくなったので、もう位置を見失うことはない。左右対称の魔物には、体の真ん中に急所があるという。ほとんど人間と同じだとライスが言っていたのを思い出し、とりあえず棒で急所だと思う箇所をすべて打ち据えた。


 ドシン。


 巨体が崩れるような音がして、ようやく目が見えるようになってきた。土の床には倒れたガーゴイル。己が身に着けた技は見せつけられたとは思うのだが、どうなんだろう。

 観客席の方を見まわしても、なんの反応もない。

「次?」

 ほとんど身体を動かしていないので、余力は十分だ。

「打ち止めじゃ」

 突然、人族の言葉が降ってきた。

 いつの間にか、ガーゴイルよりも大きな鬼が目の前で胡坐をかいていた。村人が着るような服に、厚手のズボン。靴はサンダル。眼光は鋭く、口からは牙。剥げた頭には角がしっかり生えていた。

 なにか魔族の言葉で喋ってきたが、わからなかったのでとりあえず教えられた挨拶をしてみた。

 大鬼は大きく溜め息を吐いて、私の額に手を乗せた。特に敵意はなかったし、暖かい魔力を感じたので嫌ではなかった。

「まったく困った爺じゃな。魔族の言葉がわかるか?」

 手を外して大鬼が聞いてきた。どうやら魔族の言葉を理解できるようにしてくれたらしい。

「うん、わかる。ありがとう」

「いいってことよ。お前さんもあの『握り飯呪われ太郎』の被害者じゃろ?」

「ライスのこと?」

「ライス!? ガッハッハッハ! 今はそんなかわいい名前なのか。あいつのせいで、魔族の国は大騒ぎじゃ」

「ライスの友達? それともヨネさん?」

 リズは上目遣いで大鬼に聞いてみた。

「どちらも違う。ヨネの叔父で一応、あいつの息子の一人でもある。フィットチーネじゃ。今は魔王の相談役のようなこともしているな。よろしく」

「うん、よろしく。フィットチーネ、良い名前」

「それで? あいつ、いや、ライスじゃったか。ライスの娘になって何年になる?」

「1年。戦場で拾われた」

 正直に話した。

「そうか。名前は?」

「リズ」

「使うのは投擲と棒術じゃな? 魔法陣は習わなかったのか?」

「少しだけ」

 フィットチーネは何度か頷いた。

「なるほど。最短最速で必要なだけ、ということか」

「わかるの?」

「伊達に300年も生きてないからのう。いや500年だったか。奇数だったとは思うがどうでもいいことじゃ。ここには何と言って入れられた?」

「人族の国で学校を探したんだけど、いいところがなくて、私が魔族の学校に入りたいって頼んだの」

「自分でか?」

「そう。ライスは私を学校に入れたかったみたいだから」

「子供に気を使わせて。碌な親じゃないのう。東へのルートはまだ見つかっておらんが、おそらく協調性とコネ作りじゃな」

「重さについて学んで来いって言われた。私の攻撃は軽いって」

「ガッハッハッハ! 仲間を作れってことじゃな。うむ、だいたい予想ができた。わざわざこんな国境線付近まで来てよかった」

 フィットチーネは尻に着いた土を払いながら立ち上がった。見上げるほど大きな鬼だ。

「あ、リズと言ったな。これからたくさん苦労するとは思うが、魔族の国を楽しんでくれ。合格おめでとう」

 フィットチーネはそれだけ言って、煙のように消えた。

 私は小さく拳を握った。



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