7話「座ったまま飛んではいけない」
三日後の昼。
山小屋にペガサスが舞い降りた。馬車もその後ろから到着。特にペガサスが馬車を牽いているというわけではなく、案内役として先行しているようだ。馬車も勝手に動く。
「迎えが来たな」
「うん」
リズは準備万端で、2週間ほどの食料もリュックに詰め込んでいる。もしかしたら、料理が合わないかもしれないからだ。魔族の言葉も、あいさつ程度には教えておいた。
「学ぶべきことは頭に入ってるか?」
「うん、重さ」
リズの攻撃は軽い。スピードは一級品なのに、重量級の魔物を投擲でしか仕留められなかった。覚悟や意志力といったものが足りないのだろう。それを魔族の学校で身につけられれば、戦闘に関しては俺の手を離れるだろう。
「それがわかっていれば十分だ。仲間ができるといいな」
「うん」
リズの前に馬車が止まる。馬車自体が魔物だったらしく、まるで宝箱を開けるように、口を大きく開いた。
「大丈夫だ。消化はしない。乗ってくれ」
いつの間にか姿を現した御者が喋った。黒いコートに山高帽をかぶり、顔は黒いマスクをしていて、赤い目だけをこちらに向けている。ゴースト系の魔族だろう。軍人の匂いがするから諜報部隊かな。
「何事も経験だ。行ってこい」
背中を押してやった。
「いってきます」
リズは一度大きく頷いて、馬車に乗り込んだ。リズが乗り込むとすぐに馬車は口を閉じて、元の箱型へと戻った。
「ヨネ様より伝言が」
御者が話しかけてきた。
「なんだ?」
「こちらを見ていただければ、全て伝わるとのことです」
馬車の後部に魔族の言葉で『ヨネズ製作所』と書かれていた。
「ヨネが魔王ではないのか?」
「違います。発明家、経営者など肩書の多い方ですね」
「なるほど、強さが魔王を決める時代は終わったか……。その方がいいかもな。魔王城にはいるのか?」
「いえ、ほんの数日前まで行方不明でした。それが急に戻ってきたので、王都が慌てている状況です」
もしかしたら、何かを探しているのかもしれない。俺と同じだといいんだけどなぁ。
「なにか伝えておきましょうか?」
「いや、ヨネには伝えてある。南東にある毒沼地帯を所有している領主に、いずれ会いに行くと伝えておいてくれ」
「ほ、本物なんですね?」
御者は思わず、自分のマスクを取ってしゃれこうべを見せてきた。
「なにがだ?」
「毒沼地帯について聞かれたら、本物だと言われてきました。人族の国への対応も変える必要が出てきました」
「そうか。どうでもいいけど、娘を頼む」
「かしこまりました! 人族初の魔王が生まれるやもしれません」
「やめとけ」
御者が「ハイヨー!」と掛け声をかけると、ペガサスが飛び上がり馬車もゆっくりと動き始めた。
「夏休みには戻ります」
「わかった」
馬車はそのまま空に向かい、公式の道を進んで山脈を越えるという。すべてが異例尽くしと後から聞いた。
「さて、夏休みまで3か月か。俺も動き始めよう」
現地調達するため、特に持ち物は持たずに出発。先日行った川にかかった橋まで行くと、そのままひたすら北上する。
何度も生まれ変わって、東方への海路を探ってみたが、海流が悪いのかこちら側から行くルートが見つからない。ハリケーンも多く難破を繰り返してしまう。神が通行止めにしているのかも。
今生は陸路でのルートを探ることに。と言っても、どうせ海路も探ることになるのだが。
「そうと決まれば、やることは多いんだよなぁ」
途中の村はずれで、逃げだしていた馬を拝借。そのまま借りパクさせてもらった。
休みを挟みながら、馴染みの宿屋でハンバーガーを購入。余っていた金はここですべて使ってしまった。
栄養を補給できたら、北上を再開。夜が来れば野営し、野盗を見つければ捕獲して、金に換える。
山と森が増えてきたら馬を売る。山や森は魔物が多いので、馬がいると襲われる可能性が高い。
「長く走ったいい馬だ。仔馬が生まれたら南へ行くと売れると思うよ」
馬飼に教えておく。
「南で盗んできたんか?」
バレてた。
「いや、借りただけだ。ちょっと遠出して返せなくなったけど。仔馬が戻ればいいだろう」
「悪党か。まぁ、いい。これだけ毛並みのいい馬はいない。手入れが上手いな、馬だけに」
「散々、軍でやっていたからな」
「なんだ元軍人か。これからどこまで行く気だ?」
馬にブラシをかけながら馬飼が聞いてきた。
「北へ行く」
「これ以上行くと、エルフの領域だぞ」
「ああ、ちょっと用があってな」
「そうか。毒矢には気をつけろ。戦争が終わって統一されたとはいえ、エルフの盗賊もいる。差別意識も強いしな」
「知ってるよ」
かなり前の世で、エルフの賢者をしていたことがある。エルフは長寿で聡明などと言われているが、裏切り者も多い。褒められることに弱く、昔の縁を大切にしている。
「そういえば、今生でもエルフに知り合いがいたなぁ」
1年前の戦争で部下だったシャルルはエルフだった。種族内では、かなり変わり者だったが、なぜか俺には懐いていた。
どこで何をやっているかは聞かなかったが、元気にやっているならそれでいい。
賢者時代の隠れ家がいくつかある。
当時は種族間同士の争いが激しかったから、魔法書も薬も馬鹿みたいに売れた。ちょっと稼ぎ過ぎて東方に行くと言い出したら、弟子に裏切られたのだ。何事もほどほどがいい。
森を探索しながら、当時の隠れ家を一つずつ回る。森には魔物が多いが、だいたい杭を投げるか棒術で対応できる。強さなどそれくらいでちょうどいいのだ。
襲ってきたジビエディアという鹿の魔物から食べられる肉だけ取って放置。そのうち、森が処理してくれる。よくできた循環システムだ。
隠れ家は崩壊したり盗掘されたりしているが、大事なもののほとんどは残っていた。地下に隠した金も壁裏に隠した魔道具もきれいなまま。
「アイテム袋が残っていたのは驚いたな。ただ、これは精霊の力を使い過ぎるから戻しておこう。精霊なんかに絡まれると厄介だからな」
空を飛ぶための靴や各種耐性があるローブなんかもあったが、今生の身体のサイズには合わなかった。
「金だけ変わらないからもらっておこう」
あとは、北東にも隠れ家があるはずだ。
木漏れ日の中を進み、エルフの盗賊を叩きのめして途中の里で金に換える。やはり悪い奴らはいつの世も金になるのだ。
辿り着いた隠れ家には薬が各種揃った倉庫。かなり厳重な呪いをかけておいたので、完璧に当時のまま残っていた。毒薬も多いので、ここで耐性をつけておきたい。
魔族の国の南東にある毒沼を抜けるとジャングルがある。その先に東方の国があるはず。つまり毒の耐性をつけることが東方の国への第一歩だ。
毒を飲みしばらく時間をおいて、解毒薬を飲む。その繰り返し。かなり体力は消耗するが、最も早く安全に毒の耐性をつけることができる。
食い合わせもあり食事をあまりとらないので、極端に痩せていくだろうが仕方がない。
ガサッ。
「隊長、何やってんですか? 顔色が酷い。体調悪いんですか?」
弓を背負ったシャルルが隠れ家に入ってきた。謎解きが好きだった彼女には呪いが効かなかったか。
「よう、シャルル。一年ぶりだな。ちょっと耐性をつけてる途中なんだ。小麦粉はあるか?」
「ええ、栄養ドリンクもありますが……」
両方もらって、混ぜて飲む。色も匂いもグロテスクだったが、腹に入ってしまっては同じだ。
「おおっ……生き返った。シャルル、暇か?」
「新しい仕事の最中なんで暇でもないですけど、なにか協力できることがあればやりますよ」
「新しい仕事ってなにやってんだよ」
「森の賢者」
「暇じゃねぇか。ちょっと手伝え」
俺が寝ている間、呼吸や体温がヤバくなったら起こしてもらえるようになった。これで、耐性をつけるスピードが格段に上がる。しかも食料も用意してくれるらしい。
「最高の部下だな。賢者なんてやめろよ。どうせ、呪文をうんうん唸りながら唱えて、大きい魔法で一般人を驚かせるだけだろ?」
「まぁ、そうですね。やめます。師匠になりたがる人が増えちゃって、面倒だったんですよ」
エルフはプライドが高いから、教えたがりが多い。大した知識でもないのに褒めておくとほいほい金をくれるので楽だった。恨まれると寿命の分だけつき纏わられて厄介だけど。
「隊長はいつもちょうどいいタイミングで現れるんですね?」
「そうか? あ、ちょっと花畑見えてきちゃった」
「座ったまま、どこかへ行かないでください」
パンッとビンタが飛んできた。衝撃耐性もつきそうだ。




