6話「騒然!魔族の学校への招待」
棒を振りながら、攻撃してくるリズを半身引いて躱す。
「ちゃんと相手の動きを見ろ」
俺が檄を飛ばす。正直なところ、リズの目はいい。森でリズに攻撃を当てられる魔物がいなくなってしまった。たった1年棒術を学んだだけで、その域に達しているのだから、本人に素質があったのだろう。
ただ、動体視力だけの話だ。基本的に魔物に知恵がついた魔族は、身体能力よりも頭を使って攻撃してくる。いわゆる狡猾な罠を仕掛けてくることが多い。
フェイントをしてから隙を作ると、リズは素直に打ってくる。つまり、カウンターを合わせやすいのだ。
カウンターに対応するため、体を捻り跳びあがるのだが、空中での移動方法がないため、狙いたい放題になる。
4、5発打ち込むと、リズは地面に転がっている。
「埒が明かないな。目はいいのに、頭が悪いんだ」
正直に言うと、リズはすねたように口を尖らせた。
「経験で取り返すか? 自分で気づくことだ。基礎をし過ぎて変な癖をつけるな。もっと戦いの中で意識して気付け!」
リズには出会ってから口を酸っぱくして「努力主義ではなく、気づき主義じゃないと対応できない」と言ってきた。
戦争が終わり、人族の国が統一され、戦闘の技術が流出した。誰もが努力すれば一定の水準には達するようになり、相対的にその領域の価値が下がってしまう。ある特定の文化が成熟していくとそういう現象が起こるが、人生の中でそう度々あることじゃないので、あまり意識する者がいない。
「考えながら動くのが難しい。体が勝手に反応しちゃう」
「もう一回やるか?」
「いや、次はライスが魔法陣をちゃんと使ってくるだろうから、それに対応できない」
やはりリズは目がいい。アドレナリンが出ているときは饒舌にもなる。
「魔法陣には気付いていたのか?」
「うん、足の運びに違和感があったから、注意して見てたんだ」
確かに、俺は地面に足で魔法陣を描いていた。通常の魔法ではなく煙幕を張るような魔法陣だ。奇襲にはもってこいなので、リズにも教えている。
「なんの魔法陣かわかったか?」
「いや、そこまではわからないよ。足だけ見てたら、突きが飛んでくるからね」
「集中の種類が違うんだ。没頭することで周りが見えなくなる集中と、周りがはっきりと見えて自分がどう動けばいいのかわかる集中があるだろ? 疲れているときはそういうゾーンみたいなものに入るんだけど、経験はあるか?」
「ライスと初めて会ったときはそれだった。あと、冬にグリズリーと戦った時も周りがはっきり見えた気がする」
「そうか。その状態は意識的に作れるようになるから、自分でどうやればいいのか探ってみろ。呼吸でも記憶でもなんでもいい。その状態に自分を持っていくんだ」
「ライスはそういう状態にすぐなれるの?」
「俺はその状態を作るのにかなり時間がかかる。だから、そういう面倒な状態にならないように動いているんだ。とにかく、一つのことに惑わされず、人なら人、森なら森全体を見ろ。魔族は身体の形状が特殊な奴も多いから、武器にばかり目を奪われると、あっさり倒されるぞ」
「うん」
ここ一週間ほど、ずっと対魔族用の訓練を続けている。
リズが魔族の学校に行きたいというので、ある程度強くならないと不意に死んでしまうかもしれないのだ。ゴーレムに誤って踏みつけられてしまうかもしれないし、ゴーゴンの目を直視して石に変えられるかもしれない。魔族の国では危険察知能力が重要だ。それに比べると、今の人族の国は……。
リズは汗を拭いて、じっと抜け道の方を見ていた。
魔族の学校に行けるのかどうか、どんなところなのか気になっているのだろう。
「まぁ、気長に待てよ」
「うん」
そう返事をしても、まだ見ている。
「人の学校より、魔族の学校の方が興味あるなんてな」
「私はあんまり記憶がないから、人よりも魔物と遭っている時間の方が長い。だからだと思う」
「なるほどなー。いや、俺とは毎日会ってるだろう! 俺を人だと思ってないのか?」
「思ってない。ライスは出会った時から、人から外れてる。だから呪われるんだ。プフッ!」
リズは口を手で押えて笑った。
「酷いことを言って笑うなよ!」
「それもライスだけ。あ、なんか来たよ」
いつぞやの蝙蝠が、ハーピーと一緒にやってきた。
「どうもどうも、あっしを覚えてござんすか?」
蝙蝠が喋った。
「ああ、覚えてるよ。そっちのハーピーも来てるってことは、うちの娘は魔族の学校に入れるのか?」
魔族の国では俺とリズは父と娘ということにしている。リズにもそう言っておいた。
「ええ、招待生という形になります。学費も免除だそうです」
ハーピーが説明してくれた。
「招待生か。ちゃんとヨネが裏で手を回してくれたみたいだな」
「私は質問ができませんので、報告だけですが、魔王の叔父と呼ばれる方が、200年ぶりにダンジョンから出ました」
親族に引きこもりなんていたかな。なりそうな奴はたくさんいたから、特別驚くようなことでもない。
「それから、古豪と呼ばれる貴族たちが、王都に向かっています。魔王城も王都も騒然となっているそうです」
「そうか。どこにでも監視の目があるなんて落ち着かない国だよ。本当に」
俺がそう返すと、ハーピーは蝙蝠の足を引っ張った。
「どうも、それじゃあ、質問するでござんす。手紙一枚で、魔族の国は大騒動になっているのですが、旦那はなにを書いたんですかい?」
蝙蝠は質問できないハーピーのお付きで来たらしい。
「ああ、そうか。ハーピー、別に今は呪ってないから、質問していいぞ。体重が重くなることも言葉を失うこともない。そもそも喋ってるだろ?」
「いや、ああ、そうですかね? あ、本当だ!」
ハーピーが嬉しそうに跳びあがった。
「では、改めてお聞きしますが、どういった戦略で、魔族の国に? この一週間で、人族との密貿易などが厳しくなり、大勢の魔族が検挙されています。それと関係があるんですかね?」
「いや、直接俺がなにかをしようってんじゃないんだ。本当に娘がこのまま山奥で生活していると、俺としか生活できなくなっちゃうから、協調性をつけさせるために学校に行かせたいだけ。人族の国でも学校を探してみたんだけど、あんまりいいのがなくてさ」
「さようでござんすかぁ。ありそうなもんですけどねぇ」
蝙蝠は遠くを見て行った。
「それは未知への興味があるからだ。まぁ、娘が学校で世話になるからよろしく頼むよ」
「よろしくおねがいします!」
リズも挨拶していた。
「かしこまりました!」
「必要なものとかあれば言ってくれ。あんまり人族だからと言って、特別扱いしたり魔法の実験台にはしないでやってくれ」
「わかりました! 重々、気を付けるよう言っておきます」
ハーピーが頭を下げ、「それでは三日後にお迎えに上がります」と言って、抜け道から蝙蝠と一緒に帰っていった。
「三日……」
リズはハーピーたちがいなくなった後も、ぼーっとしていた。
「三日後から実践だな。慣れていけ。どうせやる羽目になるんだから」
「ライスは行かないの?」
「俺は大人の学校があるからな」
リズは大人の学校がなんだかわからなかったが、頷いておいた。
「1年も潜伏してたんだ。そろそろ動き出さないとな」
「うん」
「魔族の国で風邪、引くなよ」
「うん」