5話「道場破らず、口答えもさせず」
宿は町外れの小さい店にした。うまそうなハンバーガーを出していたからだ。
「こんな美味しいもの初めて食べた。ここなんて学校? ここにする!」
リズが饒舌になるほど、肉のうまみが凝縮され、チーズと野菜も絶妙だった。
「料理の学校に行く気か?」
それでもいいなぁ。
「勘弁しとくれ。うちは宿屋だよ。お嬢ちゃん、美味しかったら、また来てくれればいい」
女将が付け合わせのスープを出しながら、リズの頭を撫でた。
「女将、この辺で学校はないか?」
「学校なんて行くと働かなくなるよ。器量のいい娘さんなんだから、どこかの貴族と結婚なんてさせちゃかわいそうだ」
なにがかわいそうなのかはわからないが、この女将は貴族と結婚して働かない女は嫌いらしい。
「いや、そうじゃない。うちは山奥で暮らしていてさ。少しくらい他の人と生活させてやりたいんだ」
「なるほどねぇ。だったら、北西にある吟遊詩人の学校がいいんじゃないかい?」
「吟遊詩人の学校かぁ、そんな選択肢は考えてなかったなぁ」
リズを見ると、とんでもなく嫌そうな顔をしていた。
「他にも学校はあるのか?」
「王都に行けば軍学校も魔法学院もあるけど、国の東側はねぇ」
そもそも王都の学校に行かせてしまっては、俺が1年も潜伏していた意味がない。勇者の影武者なんてやったからしがらみが増えてしまった。今は自由に動くため、国と縁を切りたい。
「北部に行けばエルフの里があるから、そこに薬師の学校があるとは聞いたことがあるよ」
「薬師の学校かぁ。そんなことをやっているとは……」
時代も変わって、エルフたちが自分たちの技術を世に広め始めたか。
だが、薬師の学校もリズは嫌なようだ。顔がどんどんしわくちゃになっていく。
「どれも行きたくないようだな……」
「あ、そう言えば、もう少し南に行った山の中に剣術の学校ができたって話を聞いたよ」
「剣術の学校ならいいかもなぁ」
リズを見ると、行きたくないのは変わりないが見てやってもいい、という微妙な顔をしている。
「ありがとう。行ってみるよ」
とりあえず、明日朝にお弁当として、三日分のハンバーガーを頼んでおいた。
翌朝、ハンバーガーをしっかり受け取り、町を出た。
「剣術は嫌いか?」
とぼとぼ歩くリズに声をかけた。
「棒術は知ってるけど、剣術は知らない」
「なんだ、知らないから怖いだけか」
「ライスは剣術を使わないから……」
「あ~、俺の影響か。まぁ、剣術はこだわりが強い奴多いからなぁ。その相手だけで時間が掛かっちまうんだ。行ってみりゃわかる」
南へ二日ほどかけて行くと、大きな山があり、そこに剣術の道場があった。
庭から子供たちの掛け声が上がっている。覗いてみると、木刀の素振りをしていた。
「楽しそうだな」
「なにか御用ですかな?」
後ろから眼鏡の大人に声をかけられた。革の鎧を着ていて、いかにも教師という顔をしている。
「ああ、いや見学をしたいのですが……」
「そうですか。道場破りかと思いましたが、よろしければどうぞ見て行ってください」
「ありがとうございます」
中に案内してもらったが、入ってすぐに売店があり、奥が練習場となっているらしい。武器屋を改造したのかな。
「この道場には、多くの冒険者たちを教師として受け入れているのですが、冒険者の経験はございますか?」
眼鏡の教師が聞いてきた。
「いえ、軍にいたことはありますが、冒険者の経験はありません」
「そうですか、やはり戦いの雰囲気がにじみ出てますね。ただ、わかっているかと思いますが、すでに戦争は終わり、戦いの種類が変わりました。子供たちの時代は『そういう戦い』に適応しなくてはなりません」
「そういう戦いって?」
「直近で脅威になるのは、害獣などの魔物でしょう。魔物への戦い方を一番わかっているのは長年の経験がある冒険者たち。ですから、うちでは多くの冒険者を講師として雇っているのです」
案内された部屋には、確かに冒険者たちがいた。身なりはきれいにしているし、武器は用意されたもの。着ているというより、着せられている。掛け声も大きいし、子供たちに教える姿も堂に入っているのに、目がうつろだった。
俺たちが入ってきても、ちょっと挨拶するだけ。構わないでくれというオーラがビンビンだ。
座学もあるらしく覗かせてもらったが、若い冒険者が自分で倒したこともないような魔物について必死に恐ろしさを身振り手振りで表現している。
リズはその時点で鼻くそをほじり始めてしまった。
俺も、その後のことは脳が停止していてあまり覚えていない。
「ありがとうございました」
「ぜひ、入学を! 今なら、入学金は半額ですよ!」
「そうですか。このクナイという武器は買わせていただきますね」
武器だけは立派だったので、お土産に買った。
「なんか、違ったな」
とぼとぼ二人並んで森の中の家に帰る。
「うん」
「学校に通うのは行きたくなってからでいいぞ。俺も急ぎ過ぎたみたいだ。たまに町に行こう」
「うん」
リズはハンバーガーを食べながら、見つけた虫の魔物に石を投げたりして八つ当たりをしている。
1年しか経っていないはずなのに、人間の国はずいぶんと変わってしまったらしい。
翌日、リズが珍しく朝早くに起きて、水汲みや小さい畑の水やりをしていた。
「おはよう。どうした?」
「おはよ。あの……、もし行けるなら、魔族の学校に行ってみたいんだけど……」
リズが、明確に自分の意思を伝えるのはもしかしたら初めてかもしれない。
「魔族の国に行くかぁ。あ~、それならちょっと準備っていうか心得とかも教えてやらないとな」
「え? いいの!?」
「まぁ、できるかどうかはわからないけど、やってみよう。方々に手をまわしてみるよ」
「ありがとう! ライス!」
「ああ、うん」
とりあえず、リズには棒術で森の小動物を狩って、木に吊るすよう言った。魔物を呼んでスパーリング相手になってもらおう。
それから、この前魔物に案内してもらった、抜け道を確認。難しい罠もないので、そのまま放置して、魔族の国に密入国する。
ここから先は動くものすべてが魔物だ。寝ている樹木の魔物であるトレントに油をかけて火をつける。驚いたトレントが騒ぎ始めたら、誰か来るだろう。
グィアァアア!!
トレントが動き出し、目の前にいる仲間たちをなぎ倒し始めた。
騒ぎを聞きつけて、スイマーズバードという水鳥の魔物や、ハーピーという半人半鳥の魔物が空を飛んできた。ハーピーがスイマーズバードを操って、トレントの火を消火している。
乾季に山火事にでもなったら大変だから、いいシステムができていると思う。
「よう!」
消火を確認するために、炭だらけの地面に下りてきたハーピーに魔族の言葉で声をかけた。
「何者だ! 密入国者か!?」
「そうだ。悪いんだけど、うちの娘を魔族の学校に入学させたい」
「……は!? な、なにを言っているんだ?」
「ひいては、この手紙を魔王城にいるであろうヨネという者に渡してほしい」
書いてきた手紙をハーピーに渡した。
内容は以下の通り。
〈娘が魔族の学校に入学するから、取り計らってくれ。呪われし祖父より〉
ちゃんと呪文で封をしてあるので、ヨネ以外には解けないはずだ。
「ちょっと待て! いろいろ聞きたいことがある!」
「いろいろ聞かない方がいいこともある。尋ねればそれだけ責任が重くなり、君の体重も重くなる。飛べないハーピーは職なしになり、誰とも会話する必要がなくなる。言葉を失いたくなかったら、上官に相談することだ」
間を開けずに、一気にまくしたてる。
呪いというのはリズムが大事だ。ましてかける相手は仕事を終えたばかりでアドレナリンが出ている状態。言葉が嘘か真かは関係ない。認識し、想像してしまったら、その時点で呪いはかかる。口いっぱいのレモンを想像すると、涎が出るのと同じだ。
「貴様、なにも……!?」
ハーピーが話している途中で口をつぐんだ。
「質問はしない方がいい。必ず、その手紙をヨネに届けてくれ」
家に帰ると、リズが吸血コウモリという速く飛ぶ魔物と戦っていた。
「どうだった?」
棒で距離を測りながらリズが聞いてきた。
「話はした。いずれ、誰か使いの者が来るだろうよ」
「そう」
俺の話を聞いて、リズは吸血コウモリの羽を二枚とも棒で突き破った。
「今日は焼きコウモリか」