32話「評価軸を持つ老齢の魔族たち」
ダンジョンに薬草畑を作り、設計士に書いてもらった図面から、家を建てていく。
風通しもよく住み心地はいいはずだ。ただ、あまり住みやすくし過ぎると出ていこうとしなくなるので、誰が運営するかが問題になってくる。
「ということで、おりょうがお目付け役だ」
「私? そうか。そうだね。他の者がやると角が立つか」
おりょうは納得していた。
「リズには悪いが、おそらく夏休みはこのダンジョン作りの手伝いで埋まってしまう」
「いいよ。面白いし。でも、こんなに魔族を雇うの?」
リズは計画書を見ながら、聞いてきた。
「雇うというか必要な人数だ。逃げて来た者たちというのは、それだけで、住んでいた場所の者から恨まれる。もしかしたら、追いかけてきて、叩き潰されるかもしれない。それをまず追い返す者たちが必要だ。それから、ダンジョンの中で贅沢をしないようにしないといけない」
「どうして?」
「別に苦しくもないのに、結婚して離婚した方が生活が楽になるという者たちが来てしまうからな。だから監査役が必要だ」
「それをおりょうさんがやるの?」
「おりょうは中の運営側だから、監査は外の宿主たちになるだろうな。機械族がいいんだけど、生きのいいのはいるかな?」
「シェーンは?」
「ああ、いいかもしれないけど年取ってるからなぁ」
俺がそう言うと、どこかから笑い声が聞こえてきた。どうせどこかから見ているだろうとは思っていたが、案外近くにいるもんだ。
藪をかき分けて昔懐かしい機械族のシェーンが出てきた。
「生まれ変わっているというのに、変わっていないようだな。ライス」
「久しぶりだな。前線から離れられたようで何よりだ。シェーン」
人情家のシェーンには、手を握る昔の挨拶をしてしまう。
「まだ、あの毒沼のジャングルは抜けられていないぞ」
魔族の国の南西には、毒沼があり、さらに奥にはジャングルがある。今のところ魔族から踏破した者はいない。その先に、米を作る国があるはずなのだが……。
「まぁ、時間のかかる事業だ。気長に行くよ。それよりも」
「宿場の監査役だろ? 悪いが俺には任務がある」
シェーンはそう言って、リズを見た。
「ただなぁ、諜報部の古参たちは居心地が悪そうだ」
統一王になった時に、一緒に戦ってくれていた者たちだ。身分を隠していたが、内戦の後は、引退する者が多く各地に散って静かに暮らしているはずだった。
全盛期は終えて地方に行ったが、力の出しどころがなかったのか。それとも戦いの記憶が忘れられないのか。
「ミッションを受けた方が、生活に張りが出ると気づいた者たちもいるみたいでな。俺が警護の仕事をしていると聞いた者たちからの連絡が耐えないんだ」
シェーンは地獄と呼ばれるような場所で、偉くなっていたから、独自の繋がりもあるのだろう。
「そいつら呼べるか?」
「もちろん。機械族だけじゃないが、いいか?」
「本当はそっちの方が融通が利く」
「わかった」
シェーンはそう言うと、各所に連絡を始めた。
俺は、とりあえず宿場の建設予定地にある木々を切っていく。切り株はおりょうに引っこ抜いてもらった。力がある者が一人いると作業量は格段に変わってくる。
シェーンもバレてしまったので、進んで手伝ってくれるようになった。
翌日、作業を始めようと思ったら、魔族が増えている。年は取ってしまったが、昔の諜報部の連中だった。
ゴブリンにガーゴイル、ケンタウロスなど荷物を担いでやってきて、その辺に隠れていた山賊をまとめて縛り上げていた。
「統一王が復活したと聞いていてもたってもいられなくなりましてね」
「最後に、生き花咲かさせてくださいな」
「どうにも晩節を汚すってのは性分に合ってねぇんです」
皆、勝手に手伝い始めた。
「お前たちには監査役をやってもらう。いいな?」
「もちろん、やりますよ」
「この年になって頼み事は久しぶりでね」
「我が魔王の生まれ変わりとはいえ、人間に命令される日が来るとは。なかなかいいもんですね」
聞き分けがいい。むしろ良すぎる。
地元で何かあったのだろう。動きが早すぎる。
「皆、何をしてたんだ?」
木を切り倒しながら聞いた。皆、何も言わなくても、枝払いをして木材へ変える。
「元鉱山主ですよ」
「元豪商」
「元豪農です。魔王様、いや、元魔王様、年を取るのもなんだか悪くない時期と、ため息ばかりが出る日々がありますね」
「わかる。魔王様も昔、我々に対し『最近の若い奴らは』と思ってましたか?」
「お前らみたいな、はねっかえりは思わない方がおかしいだろ」
「ああ、うーん、そっちの方がよかったなぁ」
「最近の若い奴は、反骨精神がないというか……」
「皆、いい子なんだけど……。なぁ、わかるか?」
「わかる! いい奴ばかりなんだけど、何かが足りない」
「話せば悪い奴でないことはわかるんだけどなぁ」
時代が違うと言えばそれまでだが、おそらく魔族の中で優秀の定義が変わっているのだろう。
「学ぶとは真似ぶが語源だ、みたいなことをいう奴が現れなかったか?」
「ああ、いました」
「今でもいますよ」
「役所の機械族は、そういう用語を役所に張っています」
「だろうな」
人間の国では文化の成熟期、停滞期には起こる現象だ。やはり魔族でも起こったか。
「魔王様はなぜかわかるんですか?」
「文化が成熟する時期には必ずある。再現性の高さが評価軸になることがな。リズ、学校の試験なんかは、授業でやったことを記述することによって点数が決められたりしないか?」
「そうだよ。それが試験でしょ?」
「試験は身になっているかどうかを確かめるためにある。本来、それを仕事にできるのは学生までなんだ。身につけたことを発展させ、独自の解釈や技術に昇華することによって、他とは違う価値が生まれ、商売になっていく。ところが、再現性の高さこそ、価値の高さになっていないか?」
「言われてみればそうかもしれません」
「そういう者を評価するのは簡単だ。完成度で決めるだけでいいからな。ところが、それでは文化の発展は見込めない。例えば、糖度の高い果物を作り続けることはできるけど。糖度の高い野菜を作るには、いろんな失敗を経る必要がある。試行回数も観察力も必要になっていくが、評価する者たち、つまりお前たち老齢の爺さんや婆さんが、完成度だけで評価しがちになる。そうすると、完成度だけに傾いていってしまうんだ。今、言っている何かがおかしいというのは、全部自分たちの責任だぞ。少なくとも、俺は子供も孫もそんな風には育てた覚えはない」
「だから変な子しかいないでしょう?」
おりょうは、変人しかいない一族をまとめて苦労していた。申し訳なさしかないが、そうしないと今ある魔族の国の発展はなかった。
「どうすればよかったんですか?」
「簡単だ。認めてやればいい。変わった発想。理解しにくい考え方。心地よいリズム。評価軸を一つに絞るな。完成度なんて価値観は、時代とともに変わる。自分が全盛期だった頃に合わせるから、停滞するんだ。そんなことをしたら、ずっと俺が一番偉いってことになるぞ。そんなのバカみたいだろ? 今の時代を作るのは今を生きている者たちだけさ」
老齢の魔族たちは「ん~」と唸りながら、どうにか納得していた。
「ここは、凝り固まった考えや風習から逃げてきた者たちの場所になる。逃げて来た者たちから、よく話を聞いてみるといい。ある場所では受け入れられなかったことを抱えている者たちだ。その者の視点に立って監査してやってくれないか?」
「かしこまりました」
その後、続々と各地から、引退した元諜報部の面々がやってきた。皆、元諜報部だけあってコミュニケーション能力は高く、住んでいた場所でも一目置かれた存在になっていたが、過去の栄光や激務を忘れられないでいるらしい。
一族や住んでいる領地が、成熟期や停滞期になって、自分以外の者たちで生活を営めるようになると、自分の存在価値に疑問を持ち始める。自分がいなくなっても、種族が生きていけるようにすることは素晴らしいことだが、何もしなくても養われる存在になったことで喪失感が残ってしまった者たち。盛衰を知り、種族関係もわかる者たちなら、逃亡者の監査もできるはずだ。
「それぞれ、宿の場所を決めてくれ。それから絶対に無法な侵入者を入れないように、門兵だけは決めておいてくれ」
「わかりました」
徐々に、駆け込みダンジョンが出来上がっていく。
自分たちの相談役が消えてしまったことで、各地の種族が慌て始め、このダンジョンのことが中央にも伝わる。俺たちが何を作ろうとしているのかも、シェーンが今の魔王に伝えた。
無論、おりょうがいるのでヨネズ製作所から融資も受けられる。
後から聞くと、この時点で、ダンジョンの買取金額は、ほとんど決まっていたという。
「巻き込んでいくと、ちゃんと形になっていくんだ」
リズは感心していた。
「こっちのダンジョンばっかりに構ってられないんだけどな」
俺は、木を切り倒してから、空を見上げた。
そろそろ人の国に帰らないといけない頃だ。




