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31話「地位と名前を使う方法」



 作ったダンジョンの周りに山賊たちがやってきた。オークや不死者など3グループが野営をして情報を共有しているらしい。


「少し拡張するかい?」

「そうだな。通路を3つ作っておこうか。真ん中の通路の先に宝箱を置いて、後は全部ハズレにしよう」


 ダンジョンで肉と毛皮が大量にあっても仕方がないので、近くの町で売りにいく。

 雑貨屋で、アラクネの糸で作ったロープを大量に買い込み、ダンジョンに罠を設置していった。

 ダンジョンコアを天井付近に移動させると、屋根にあたる地面からでもダンジョン内部に罠を仕掛けられる。ダンジョンマスターが使う裏技の一つだ。


「どんな罠を仕掛けたの?」

 リズは罠には、いくつも種類があると思っているようだ。

「落とし穴と、斧の罠だよ」

「斧なんか買ってないのに?」

「ああ、全部アラクネのロープで作るんだ」

「ロープで作ったら、死なないんじゃない?」

「そうだな。ただ、動けなくなるだろ?」

「ああ、そうか」

「ダンジョンは素材がなくなると、今ある素材で代用することになる」

「じゃあ、落とし穴は枝とかで地面を再現していたけど、それは……」

「アラクネの網で再現される」

「なるほど……」


 リズは大きく頷いていた。


「もしかしてライスといた方が学校にいるよりも学べる?」

「それは違うわ」

 リズの質問にはおりょうが答えた。


「学校にいた方が、自分で試せるし、自分の身になるのよ。それに、学びたいこと以外にもいろんな学生と一緒に生活していることで、協調性やもっと多くのものを学んでいるの。気づかないのかもしれないけどね」

「リズ、知ることだけが学びじゃない。気づいて、身につけるのも学びだ」

「はい」


 リズは何でも吸収する年齢だ。だから、間違ったまま吸収すると危ない。


「方法を考えるよりも結果から逆算した方が早い場合がある」

「ダンジョンを売る方法とか?」

「その通り。ダンジョンはそこら辺の屋台で買えるような代物じゃないだろう?」

「市場で正解を探すよりも買い手が自ら来た方がいいって場合ね」

「確かに……」

「ここで、ようやく宣伝が必要になるんだけど、ポスターを作るよりも口コミで広めた方がいい。山賊の噂としてな」

「だから殺さないの?」

「そう言うこと」


 ハズレの道の行き止まりに眠り薬の毒霧が出るように罠を仕掛けて、俺たちは町で飯を食べることにした。


「あとは待つだけ?」

「そうだ。暇だろう? ダンジョンマスターの仕事は初めは忙しいけど、待っている時間が長いんだ。だから、その間に情報を収集した方がいい」

 俺はカニのボイル焼きと、骨付き肉のステーキを頼んで、ワインの瓶を貰った。リズには柑橘系のジュースを頼む。


 昼から飲む酒が一番おいしい。


「おりょう、どのくらいの魔族が寒冷期が来ると気づいている?」

「気づいているというか、そろそろだと思っている竜族は多いよ。他の種族は知らないけど……。それより、統一魔王がいなくなって、貴族たちの領地争いの方が大変だと思ってる」

「トップが変わった程度で崩壊するような国は、そもそも制度がおかしい。誰かが、事実を隠蔽したり、賄賂を送ったりして、評価軸がぶれてるんじゃないか?」

「そうかもしれないわ。魔族と言っても、所詮魔物。強さ以外の判断基準を作っても、不正が起こって当たり前なのよ。それとも宗教を広めた方がよかった?」

「もっと悪いことが起こる。おりょうは、崩れた遺跡を見ただろう? ほとんどに宗教が絡んでいる。結局、たくさん食べて、たくさん子作りをしていた時代がよかった」

「富が分散すると、反乱分子も出てくるじゃない?」

「そういう奴には地位をやる。他にやることがなくなるんだ。もう少し賭け事を増やしておけばよかったんだけどな。なかなかフィジカルな賭け事って難しいもんなんだ」


 富を分散し、貧富がひっくり返るような仕組みも作る。そうやって、停滞して淀んだ種族同士の関係を混ぜ返さないと、中央にしか権力が集まらない。


「結局、魔族の技は同じ種族にしか継承ができないからね。技術を学ぼうとすると、どうしても権威が固定されてしまうわ」

「なるほど、難しいもんだ。我が子のかわいさもあるからな」

「その点、私たちは上手くやったわ。ヨネだって魔王の座を蹴ったんだから」

「そうらしいな。結局、誰が魔王についたんだ?」

「機械族の王よ。冷たいなんて言われているけど、制度を守ろうと必死なの」

「竜族とは犬猿の仲じゃないのか?」

「それは若い竜たちでしょ。古い竜たちは、よくやっていると認めているわ。民を守ることがどれだけ難しいことなのかよくわかっているからね」


 竜族は魔王を輩出していた期間が長い。


「おいおい、人間臭い奴らがいるな。もしかして、人間の冒険者を狩れる新しい狩場なんか見つけたのか?」


 隣で食べていた大型のリザードマンが声をかけてきた。


「坊や、黙って、沼に帰りな。古竜の婆からのアドバイスだ。この人間に関わると沼が干上がるぞ」

 おりょうが笑いながらリザードマンに話しかけていた。


「なにぃ!? こいつが本物の人間だっていうのか!? こんな魔物の国の奥深くまで……」


 リザードマンはガタガタと震え出して、「失礼しました!」とすっ飛んで帰っていった。


「おりょうさんはすごいんだね」

 リズはそれを見ておりょうに感心していた。

「私がすごいんじゃない。この人が、昔やり過ぎたんだよ」

「おりょう、あんまりそれを言うな。客が黙っちまったろ?」


 リザードマンが逃げたことで、客の視線がこちらに向いた。

 おりょうだって古竜なので、顔を知っている者もいる。昔の魔王の妻なのだから仕方がないが、それが人を連れている。勘のいい魔族ならすぐに思い出す。統一魔王は、何度も生まれ変わっていることを。


 魔族にとって人は食料であり、敵でもあるが、今は停戦状態にある。

 下手に絡むと、統一魔王が進軍してくるかもしれない。敵とみなせば、徹底的につぶしていた逸話が、各地に残っている。客も店員もピクリとも動かなくなってしまった。



「今の国を作っているのはお前たちだ。俺が政治や軍に関わることはない。食事を楽しんでくれ」


 俺がそう宣言するまで、魔族たちは動かなかった。

 俺が料理に手を付けると、お客のほとんどはすぐに会計を済ませて帰っていってしまった。


「おりょうが言うからだ」

「それなら、あのリザードマンの坊やが悪い。普段の行いで人は見られると教えているはずなんだけどね」

「それを言うなら、俺もか」


 手痛い出費だが、料理屋には有り金を渡しておいた。


「受け取れませんよ!」

「客が帰っちまったのは俺のせいだ。受け取ってくれ」

 店主のゴーレムに財布袋を握らせた。


「いえ、復活した統一魔王が来たなんて言ったら、すぐに客は来ますから」

「それを言わんでくれ」

「いや、しかし、魔物の口に戸は立てられませんよ。王都では噂になってますし、隠せば隠すほど真実味が増すだけです」


 俺は天井を仰ぎ見て、ひとまずゴーレムの店主に金を握らせ、表に出た。


「まいった。動きづらくなっちまった」

「何を言ってんだい。娘を学校に通わせておいて誤魔化せると思ってたのかい?」

 おりょうは現実を見せただけか。


「それもそうか。……ということは、資本主義フェイズは終わりか」

「え? ダンジョンを売るのを諦めるのかい?」

「お金を稼がないの?」

「いや、売るさ。でも、宣伝しなくてもよくなったのなら、ダンジョンの中身は変えないとな」

「つまり、何をやるんだい?」

「まぁ、やってみよう」


 遺跡のダンジョンに戻ると、山賊が18体も身動きが取れなくなっていた。今のところ誰も、宝箱の骨付き肉まで辿り着いていないらしい。

 ひとまず、全員から魔力を吸い取ってダンジョンコアに充填。魔力切れを起こした山賊たちはおりょうに言って、町の詰め所に持って行ってもらった。


「何をするの?」

「逃げ場所を作る」

「どういうこと?」

「魔物はそれぞれの種族で姿かたちだけでなく文化も違う。それは学校行ってるからわかるよな」

「違うかもしれないけど、学校は皆、平等だよ」

「そうだろうな。そうじゃないと困る」

「ダンジョンに学校を作るの?」

「違うけど、そう言うのもあった方がいいか」

 

 大きくなったダンジョンコアを弄り、部屋をいくつか作った。


「リズ、枯れ葉と土、それから水を樽に入れて持ってきてくれるか?」

「そんなに!? 畑でも作るの?」

「畑も作る」


 薬草畑に、修行場も作っておこう。


「やっぱり質素倹約か」

「行ってきたよ」

「早いな」


 竜の姿で運んだおりょうが汗を拭いながら、ダンジョンに入ってきた。


「懸賞金をかけられてた奴もいて、ほら」


 おりょうは金貨を持ってきた。


「優秀だな。その金で、建築家は雇えるか? 設計士でもいい」

「何を作るつもりだい?」

「逃げ場だ」

「誰の?」

 おりょうもわかっていないらしい。魔物の国には作ったことがなかったか。


「まだ強者の論理で生きているのか?」

「ライスの悪い癖だ。私だって考えてないわけじゃない。資本主義じゃないとしたら、ダンジョンの社会的価値を高めようって言うんだろう? でも、学校というわけでもなさそうだし、逃げ場って言われてもわかるわけないだろう」

「そうか。そうだな。この国には、いろんな文化の魔族でいるよな。男尊女卑の文化もあれば、女尊男卑の文化もある。種族間対立も未だにあるのだろう?」

「まぁ、制度的にはないけど、あるところはあるね。竜族はだいぶ女性の意見を聞き入れるようになった」

「それでも、婚姻関係については親が決めたり、政略的な関係を結んだりしていないか?」

「そりゃ、貴族同士の結婚はほとんど政略的だろう?」

「だから、ここを駆けこみダンジョンにする」

「駆け込みダンジョン!? なんだい、それは?」

「このダンジョンに2年住めば、縁が切れるって制度を作ってもらおう」

「縁が切れる!?」

「そうだ。離婚を成立させるし、嫌な親子関係だって切れるようにしてやるんだ。思い詰めた者たちが、逃げる場所にするのさ」

「そんなこと誰も許さな……」

「俺が作った場所でもか?」

 俺は飛び切り悪い笑顔で、おりょうを見た。


「統一して、魔族たちはどんな相手とでも愛し合えることを知った。気づかぬうちに文化の差に苦しんでいる者の声は届かなくなっていないか? 結婚した途端豹変する者たちだっている。夫婦間の暴力で悩む者、金のために親に売られそうになっている子ども、まだまだ弱者はいる。そんな者たちのために、ここで修業さえすれば、一人で生きていけるようにしてやれる場所があってもいいんじゃないか? そのために少なくとも2年。季節が2周するくらいは修行してもらう。もちろん、簡単な修行じゃ、縁を切られた方が納得しない。どうして縁を切られたのか考える時間も必要だろう」

「取り返しに来る奴だって来るんじゃないか?」

「だから、ダンジョンさ。誰も許可なく入れないようにするのが簡単だ。質素倹約で、身体も健康にしてやろう。それから表を宿場町にした方がいいな。ダンジョンに籠り過ぎて、現世を忘れた者を、生活に慣らすために」

「そんなことを考えていたのか」

「平和になったからと言って軋轢は生まれるさ。イレギュラーが起こったら、対処しないといけない。俺の事業だと言えば、貴族も出資しやすいだろう?」

「そうだね。でも、言っとくけど、あんたが死んだ時、私は本当に悲しかったんだからね!」

「わかっているよ。俺たちみたいに幸せじゃない者たちだっているってことだ。俺たちだって、鬼や竜の老人たちに結婚を反対されただろ? その反対に押し切られた者たちに慈悲をかけたっていいじゃないか」

「それは……、そうだね」


 ガタッ。


 いつの間にか、リズがこちらを見ていた。


「おう。持ってきてくれたか。こっちに持ってきてくれ」


 そう言ったが、リズが動かなかった。


「どうかしたか?」

「地位や名前ってそうやって使うんだね」

「そうだ。社会的価値が上がれば、国が買わざるを得なくなる。普通に売るよりも高く買い取ってもらうさ」

「政府以外にも払う奴らが押し寄せるよ」

 


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