30話「商売で失敗することよりも恥ずかしいこと」
魔族の国の北部は針葉樹林も多い大森林になっている。
そんな大森林の真ん中に遺跡が埋まっていた。5000年ほど前に、ダンジョン街として発展していたが、今は呪われた場所となっているようだ。
コミュニケーション能力が高い魔族であれば避ける場所だが、山賊や野生の魔物たちは構わず棲み処にしている。
「ダンジョンにするならぴったりね」
「そうだろう。でも誰も引き継がなかった」
「え? ライスが作ったダンジョン街ってこの場所だったの?」
「昔のことだ。継承っていうのは本当に面倒でな。結局、時の運も絡んでくるから、なかなか上手くいかない」
遺跡の石柱に、おりょうが持ってきたダンジョンコアを放り投げて、遺跡全体をダンジョン化する。遺跡は山一つ分ほどあり広範囲だが、ほとんど地面に埋まっていて洞穴のような入り口しか使えないだろう。
「まぁ、夏休みが終わる、ひと月でどれだけ多く魔物を嵌めれるかだな」
「じゃあ、別に宣伝しなくていいの?」
おりょうとしては運営を考えていたようだ。引退した竜族はよほど暇なのか。
「しなくていい。罠だけあればいいだろう。樽とスコップは持ってきたよな」
「言われたものはだいたい持ってきたよ」
馬車の魔物に積んでいた荷物を取り出して、ダンジョンの中に運び込む。
入口と通路、それから奥に小部屋があるだけだ。
「これから何をするの?」
「通路に罠を張るだけだ。樽に石と土を詰めてくれ。リズは落とし穴は掘ったことがあったか?」
「一応、教えられたので良ければ掘れるよ」
「じゃあ、通路に落とし穴を掘っておいてくれ。そんな立派なものじゃなくていい。むしろ下手な方がかかる」
「え? そういうもんなの?」
「落とし穴がメインの罠じゃないってことよ。行動心理学だっけ?」
おりょうがリズに教えていた。
「そう。一つ罠を越えると勝手に安心する。警戒心の強い魔物なら、そもそもそれ以上入ってはこないけど、強欲だとかかる二重トラップだ」
「初見殺しってやつ?」
「そうだ。ダンジョンは初見殺しが最も効率がいい。二度目なんてないしな」
リズが掘った落とし穴の奥の天井に、岩と土を詰め込んだ樽を設置。一歩踏み出して紐を切ると、重い樽が頭に直撃する。
「こんな遺跡の中にそもそも安心できる場所なんかないんだ」
二重に罠を仕掛けると、さすがに野生の魔物でも警戒をし始める。地面や壁の臭いを嗅ぐはずなので、通路の水溜りに眠り薬を撒いておいた。これで罠が三つ。
「ダンジョンとしてはやりすぎだな」
「そんなにうまくいくの?」
「まぁ、見てろ」
罠を仕掛け終えて、奥の小部屋で3人で待機。ダンジョンコアを弄り、空気穴も作ったので、中で焚火もできるようにした。
程なくイボイノシシの鳴き声がダンジョンに響き渡った。通路を見てみると、落とし穴を越えて、重い樽に頭蓋骨を割られている。
「後は解体するだけだな。リズ、落とし穴を戻しておいてくれ」
「わかった」
リズは壊れた落とし穴を直していた。俺も樽を元の位置に戻しておく。
小部屋ではおりょうが、イボイノシシの解体を手早く行った。イボイノシシの血は毒と混ぜて、ダンジョンの周辺に撒いておく。臭いを漂わせ、魔物をおびき寄せる。
「魔石をダンジョンコアに食わせておいてくれ」
「わかってるよ」
おりょうは散々、俺が仕事をしているところを見ているので、言われなくても魔物から取り出した魔石をダンジョンコアに吸収させていた。
魔力を供給することで、ダンジョンコアで新しい部屋を開設したり、罠を設置したり、ダンジョン内で死んだモンスターの発生源などが作れるようになる。
ただ、ひと月限定なので、面倒なものはいらない。
「ゴミ箱と宝箱でいいね?」
おりょうはよくわかっている。ダンジョンのゴミ箱に入れると、情報を取り出した後、焼却処分にするか、再利用するか、勝手に判断して保管しておいてくれる便利な機能だ。
宝箱は、中のものが腐らない優れもの。
「それがいいよ」
ゴミ箱は俺たちの生活から出るごみを捨てるため、宝箱はダンジョンへと誘うためのものだ。肉を焚火で焼くと、煙が立ち上って山賊たちにも誰かがいることが伝わるだろう。
「また来たよ!」
リズが小部屋まで走ってきた。
今度はグレズリーと呼ばれる大きな熊の魔物だった。
ゴッ!
落とし穴に嵌りながら、紐を切ってしまったようで、しっかり樽に殺されていた。
「樽無双だね」
「落とし穴の底に杭でも仕掛けるか?」
「うん。やってみる!」
リズは出来ることがわかると、自分でやってみたくなるようだ。
森で木の枝を切ってきて先を尖らせ、落とし穴の底に差し込んで行く。
「毒を塗った方がいい?」
「そうだな。麻痺毒でもいいし、何でもいいんじゃないか?」
「うん。毒草は採ってきた」
川原の石を薬研代わりに、毒を作って杭の先に塗っていた。何度も仕掛けていくうちに、罠もわかりにくくなっていく。
おりょうはワイルドベアから魔石を取りだして、皮を鞣している。肉は焼いているが、どんどん溜まっていく。
「オーブンを作ってもいい?」
「いいけど、食べるのか? 宝箱だって一つしかないんだぞ。それよりも燻製にして、保存食として売ろう」
「それいいわね」
魔族の国で魔物を討伐しただけではお金にならないが、売り物になればお金が得られる。
「でも、燻製肉だけだと稼げても額が知れてるんじゃない?」
「そうなんだよ。タイミングも燻製肉が売れるような季節じゃないから、それほど稼げないだろうな」
「え? じゃあ、どうするの? ダンジョン作りのためにダンジョンで儲けるんじゃなかった?」
リズは混乱していた。
「まぁ、大丈夫だ。金貨を手にしていればいいんだから。今はとにかく魔石をたくさん集めよう。このまま大型の魔物が来てくれるといいんだけど……」
初日は結局、5頭の魔物を倒し解体した。
今のところ商品は燻製肉だけ。
「ログだけしっかり書いておこうな」
「ん? ログ?」
リズはよくわかっていないようだ。
「実績だな。罠が三つで、魔物は5体の成果。使った魔力はゴミ箱と宝箱のみ、と。簡単だろ?」
「うん。そうなんだけど……」
「こういうログを残しておくとね、ここのダンジョンマスターは信用できるって小さな界隈で話題になるのよ」
「小さな界隈で話題になるといいの?」
「金っていうのは信用だからな」
俺もおりょうも、無垢なリズにちゃんと教える。
「いいか。ダンジョンて言うのは難しくしようと思えばいくらでも難しく出来るよな?」
「そうだね。だから難しいダンジョンには探索者が来るんじゃないの?」
「そして運営には魔力を使う。罠の設置から魔物の配置、宝箱の位置まで気を遣うことは多い。大きくなればスタッフだって雇わないといけなくなるんだ。でもこのダンジョンはどうだ?」
「罠が三つだけ……」
「それで魔物を5体も倒しているんだ。罠の量を越えているだろ?」
「確かに。倒しすぎ?」
「そう。優秀なダンジョンと評価される。つまりこのダンジョンの価値が上がるんだ。たぶん山賊を倒したら、また動きが変わってくる」
「え? どういうこと?」
「俺は夏の終わりにこのダンジョンを……」
「しー……。何か来るわ」
おりょうが指を立てて、俺たち二人に静かにするよう言った。
すでに外は日が傾き薄暗くなっていた。
「豚の匂いがする。オークだな」
ぼそりとおりょうがつぶやいた。
「オーク?」
リズはこちらを見た。
「山賊ってことだ」
ギャッ! ウギャ!
二つの声が響いた。落とし穴と樽で死んだ二体のオークが死んでいた。
残りの山賊は逃げ出したらしい。
「逃げたオークがこのダンジョンを広めてくれるといいんだけどね」
そう言いながら、おりょうは容赦なく、オークの山賊から装備をはぎ取り、魔石を取りだして死体をゴミ箱に捨てていた。人型の魔物は食べられるところがないので、装備ぐらいしかうまみがない。
「殺していいの?」
「山賊っていうのは仕事の中に殺しが含まれる奴らだ。今ここで殺さなかったら、他の誰かを殺していた」
「大丈夫。しっかりダンジョンが再利用してくれるわ」
リズは納得していたが、子供の頃のヨネは山賊や野盗を殺すことに忌避感があって「近くの村で裁判をして決着を付けたらいい」とゴネたことがある。ただ、村人もそれほど優しくはない。近くの村に連れていっても惨い殺され方をする。村人が犠牲になっていることが多いからだ。
もしかしたらヨネは違う星から転生してきた者なのかもしれない。
「初日の夜に山賊が現れるとなると、罠を変えるか?」
「なんで?」
「他の山賊も呼んでくるかもしれないだろう?」
「ちょうど斧も入ったことだしね」
刃物の罠はすぐに使えるので便利だ。
落とし穴の手前の壁に、斧を設置。目の前を歩く者がいれば、自動で振りぬくようにした。ダンジョン特有の罠だ。
一歩ごとに罠が仕掛けられているようなダンジョンになった。
「でも、結局誰かに攻略されちゃうんじゃない?」
「それでいいんだ。俺たちは別に誰かを罠に嵌めて殺すのが趣味ってわけじゃない。このダンジョンを一か月後に売るのが目的だ」
「ダンジョンを売るの?」
「そう。なるべく価値を上げてからな」
「ダンジョンって売れるんだ」
「欲しい魔族はいくらでもいるのよ。しかもほとんど開発していないのに、ダンジョンコアだけは大きいなんて珍しいから、いい取引ができると思う」
おりょうもダンジョンを育てて売るつもりだったようだ。
「そうか。そういうことができるんだ」
「リズも、もしいつか何かのお店を開くときは、始める時にどう売るかまで考えてから始めたらいい。お店を続けているうちに辛くなることもあるかもしれないからな」
「わかった」
「あと別に、商売で失敗することは恥ずかしいことじゃないから、どんどんやってみることだ」
「挑戦することは何も恥ずかしいことじゃなくて、商売で嘘をつく方が恥ずかしいし、信用を失うわ。私は買う側だったからよくわかる」
おりょうは、そうリズに教えていた。
「お金は信用。商売で嘘をつかないこと」
リズは、何度か繰り返し言っていた。




