3話「名前の由来は米」
国境付近の森はなにかと争いの種になるため、手つかずになることが多い。
ましてや魔族の国との国境線に位置するコーサカス山脈の麓は、物好きな冒険者でもない限り行くことはない。
そんな場所に山小屋があった。かつて林業で財を成した商人が、試しに作った小屋だが、一度も使われることなく魔物に破壊され廃墟と化している。
「基礎だけはしっかり作らせたから、修理すれば住めるようにはなるだろう」
俺は背中にいる獣人の娘を下した。
「お前、名前は?」
獣人の娘は、首を振った。もしかしたら本当の名前を教えられない種族なのかもしれない。
「わかった。勝手に名付けるぞ。え~っと、リズだな。俺は……ライス。よろしく」
「リズ、ライス」
「そう。リゾでもいいけど?」
「リズ」
「少しづつ喋れるようになろう。その前に、ここら辺は魔物が出るはずなんだ。その分、肉には困らないんだけど、対処法を教えておく」
俺は手と同じ大きさの鉄の杭を取り出して、リズに見せた。
「これがなんだかわかるか?」
リズは首を横に振った。
「魔封じの杭と言って、呪文が彫られている杭だ。それを魔物の足に打ち込むと、ほとんどの魔物は動けなくなる。あとは煮るなり焼くなり好きにできるってわけだ。わかったか?」
リズは固まったまま、俺を見た。
「あー、わからんか。個人で戦闘能力を上げても、目立つだけであまり意味はない。最速最短で有効な強さを手に入れたほうがいいだろ? だから、これを使って投擲能力だけ上げれば、そこそこ強い魔物にも暴漢にも対応できる。あとは魔法陣で応用が利く棒術くらいか」
そう説明してもリズはピンときていないようだった。
「とにかく、他に得意なものがなければ投擲だけは練習しておこう」
頭をなでながらそう言うと、リズはようやく頷いた。
その後、俺が山小屋の修理をしている間、リズは木製の杭を投げ続けた。
腹が減ったら、木の実を採取して食べ、夜になったら眠る。本来の人間らしい生活が始まった。
リズはやはり猿族の獣人らしく、木登りが得意だったので、食べられる木の実を教えれば食いっぱぐれることはなくなった。
「偉いぞ」
ちゃんと俺の分まで採ってきてくれるので、山小屋の修理に集中できた。
1週間もすると、小屋の形になり、枝や蔓でベッドも作った。
「ライス!」
リズが呼ぶので外に出ると、目の赤い狼が木の周りで吠えていた。リズは木に登って俺の助けを呼んだらしい。
「おい!」
俺の声で赤目の狼がこちらを向いたので、そのまま杭を口めがけて投げた。
ブシュッ。
鉄の杭は正確に赤目の狼の喉を通過し、脊椎を粉砕。そのまま木に張り付けられて絶命した。
「肉が向こうからやってくるんだ。いい森だな」
俺はにっこり笑って、リズを木の上から降ろしてやった。
狼は手早く解体。リズにナイフの入れ方を教える。
「やったことはあるか?」
「わからない」
「記憶にないってことか?」
リズは頷いた。どうやら、どこかで記憶を落としてきたらしい。
「ゆっくり思い出してくれ」
「わかった」
警戒しつつ、焚火で肉を炙る。リズには毛皮の脂を削がせた。
「一匹狼だったみたいだな。これだけ血の臭いもしてるっていうのに、仲間の気配がない」
「そうなんだ」
「狼は群れで生きる動物だぞ。目が赤かったから、魔物化し始めていたけどな。わからなかったか?」
リズは頷いた。
「なんでも知らないと生きていけないぞ」
「教えて。ライス」
「うん」
肉汁が滴る骨付き肉に齧り付き、焼いた木の実を食べると、夜が更けていく。
森の夜は長く、寝る前にリズはよく質問をしてきた。
「どうして魔法を使わないの?」
「魔法ってのは健康な時しか使えない。その健康を保つために何年も修行したり人を蹴落としたりするより、片手さえあれば使える投擲の方がいいだろ?」
「でも、倒せないくらい強い敵も出てくるんじゃない?」
「強い敵とは戦うな。バトルジャンキーに多いが、強い敵と戦って自分が強くなった証明をするというのは、普通の人生で必要なことじゃない。特殊な場合だけだ。親が地上最強とかな」
「ふ~ん。じゃあ、ライスはどうして私をここに連れてきたの?」
「リズが猿族の獣人で、東方から来た可能性が高いから。あと、助けた後に恩を仇で返す奴らって意外に多いからかな」
「多いの?」
「飼い犬は手を噛むし、助けた亀は時間がとぶ城に連れてくし、賢者の弟子は師匠を殺すしな」
「そうなんだ」
「だから、リズは何があろうと俺を殺さないでくれ」
「わかった……」
話しているうちに、いつの間にかリズは寝てしまう。
翌日から、木の実の採取とともに余った肉を燻製にする作業を開始。燻製は地面に掘った穴で作った。匂いはあまりよくないが保存がきく。
皮なめしに回復薬作り。棒術の稽古や洗濯。近くの沢の水はきれいなので水にも困らない。
冬に備えて薪割もし始めた。石つくりの暖炉が壊れずに残っていたのだ。
「ライス、魔法陣を教えて」
「必要な分だけでいい。9割使わないからな。それより落とし穴の掘り方とかの方が役に立つぞ」
リズは若いので吸収も早い。獣人の運動神経とバネもあるので、すぐに森の魔物くらいなら倒せるようになっていた。
「肉も必要な分だけでいいからな。狩りつくさないように」
「わかった」
そんな生活が1年ほど続いたある日のこと、リズが「変なのがやってきた」と小声で教えてきた。
木々の間を移動しながら、風下へ移動。「変なの」がやってくるのを待った。
「来た! あれ」
リズが指したのは大きな猪と蝙蝠。一緒に移動しているのも珍しいのだが、ずっと喋っている。上官の文句を言いながら、今日は酒を飲むかどうかの話をしていた。
「あれは魔族の言葉だな」
「あいつらは魔族なの?」
「たぶん、軍の下っ端か、迷ったバカだろう。リズは蝙蝠いけるか?」
「うん」
「よし、せーのっ!」
俺とリズは同時に杭を投げて、猪の前足と蝙蝠の羽を地面に打ち付けた。
フゴゴゴゴ!!
ピギャー!!
のたうち回っているが、杭が外れることはない。杭に描いた呪文で魔法も封じた。
「国境線を間違えたか?」
フゴフゴ!
「ああ、あれだけデカい声で喋っておいて、今さら魔族じゃないという方が無理だ。観念して話した方が身のためだぞ」
俺はさらに魔族の言葉でも話した。
「あ~、いや旦那、お初にお目にかかりやす。イボイノシシです」
「ゴールデンバットでござんす」
「お前らの名前はどうでもいい。何しに来た? ここは人族の国だぞ」
俺は魔族たちを見下ろしながら聞いた。
「それはわかっておりやす。実は先日、自分たちの先生である御仁から、この森に何やら得体のしれぬ者が住み着いていると聞きましてね」
「それを探るためにわざわざ山脈を越えて来たんでござんす」
痛みに口を歪ませながら、魔族たちは答えた。
「嘘つけ。どこも凍傷になっていない。どうせ抜け道を見つけたんだろ?」
嘘をついた蝙蝠の顔を棒でつついた。
「へぇ。なんでもお見通しだ! 抜け道も先生から教わったんでありやす」
「先生か。そう言えば、魔族の国にも学校があったな。近いのか?」
「抜け道を使えば、1日の距離でござんす」
そろそろリズも森の外に興味が向かう頃だ。どこか学校にでも入れて、協調性を身に着けてもらいたいと思っていたところ。魔族の学校もアリだな。
「抜け道だけ教えてくれ。あんまりこっちに来るなよ」
「わかりやした」
「もうしわけありません」
猪と蝙蝠から杭を抜いて、抜け道の入り口まで案内させた。
「じゃ、ヨネによろしく」
「「は?」」
「早く行け!」
猪と蝙蝠はポカンとした顔をしたまま、抜け道である洞窟をとぼとぼ帰っていった。
「ヨネって誰?」
リズに聞かれた。
「昔の孫」
魔王だった頃、一番才能があった孫だ。おそらく今頃は魔王になっているはずだが、どうなっていることやら。
「リズ、学校に行くか?」