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29話「稼ぐのに限界がある仕事を請けるか、自分でやるかの二択はいつだって迫ってくる」


 ダンジョンに人が集まり始めていた。

 隣の領地から蟲師と調合師が、冒険者としてやってくると、宝箱には毒薬が補充され始める。今のところ冒険者たちへの報酬は補助金で賄えているが、毒の効力で金額に差を付けないと、調合師たちも再びやってきてくれない。

 まだ毒の売り先も決まっていない。ダンジョンで使うくらい内だ。


「順調か?」

 ドッジはダンジョン内に馬が走る草原を作っている。山の方から流れる沢の水をダンジョンに運び、真水も十分にある。あとは光と肥料さえあればいい。


「うん、隣のダンジョンから肥料を貰った。あっちは何でも腐ってるからちょうどいい」

 のん気すぎるダンジョンマスターのお陰で、肥料だけは豊富だったようだ。


「畑の爺様たちが作ったのか?」

「そう」

 農業は熟練した人たちに任せるのが一番だ。

 シャルルには爺様こと農家の先生たちへの教育を任せているが、肥料作りや種蒔きの時期などは爺様たちがやりたいようにやらせているらしい。長年培った技術が、天候に左右されない場所で発揮できることが嬉しいと言う爺様もいる。


 ダンジョンの外では、デイビットが魔界から持ってきた斧を使いこなし、一気に道作りが進行している。道の端には切りたての木材が乾燥させるという名目で置かれているが、馬車が町まで通れるようになれば、誰かが持って行ってしまうだろう。


 近辺の山賊たちは捕まえて隣のダンジョンに送り込んでいる。ダンジョンの中に簡易的なコロシアムが出来ていて、先に来ていた人足の男たちにボコボコにされているらしい。


 現状、人足たちの主な業務は出来たばかりの道の地均しと、デイビットが切った木材から出た枝葉を炭に変える仕事だ。もちろんそれだけでは利益にはならない。

 


 とにかくダンジョン運営の初期費用が高くついている。金が出ていく一方で稼ぎには程遠い。溜め込んでいた金も冬ぐらいまでか。周辺の領地からくる補助金も知れている。


「ドッジ、俺、ちょっくら夏休みを貰うぞ」

「ん?」

「魔界に行ってる娘も帰ってくるから」

「……うん」

 察しのいいドッジは気づいたらしい。


「隊長!」

 去り際、ドッジが珍しく大声で俺を呼んだ。


「ダンジョンは3人でなんとか守っているから、安心して娘さんと楽しんできて」

「ありがとよ」


 優秀な仲間たちがいるから、夏の間に稼げるだけ稼いでおくか。


 俺はシャルルたちに別れも告げずにダンジョンを出た。付いてきそうな奴らは留守番していてもらおう。



 駅馬車に乗って東へ向かう。刑務所にいる獣人たちによって作られた道を通り、海沿いを回って山の深い森へと入っていった。

 2日も乗り継いでいれば、最寄りの町に辿り着く。そこから森の中を進み、集落を越えて、1年住んでいた拠点に辿り着いた。


 拠点の煙突から、煙が立ち上っている。肉が焼ける匂いに山椒の香りもしている。

 すでにリズが帰ってきているようだ。


「ただいま」

「おかえり」


 返事をしたリズがとんでもなく老けていて、まるで別人のようになっていた。完全な老婆で、顔のしわが深い。指も節くれだっていて、髪は洗っていないのか蓬髪を結わえただけ。来ている服も、魔族の国では珍しい竜族のものだ。


「どうした? 老化の呪いでも罹ったのか?」

「うるさいよ!」


 ネギを切っていた包丁が飛んできた。


「おお、ライスが帰ってきた。おかえり」

 リズは布団を干していたようで、裏の勝手口から顔をのぞかせた。

「え? じゃあ、お前は……」


 そこで俺は、ようやく前々世の嫁を思い出した。

 竜族の気の強い女で、戦闘能力は元より歴史にも造詣が深く、人を率いるのが恐ろしく上手かった。


「まさか、おりょうか?」

「自分の嫁のことも忘れるなんて、酷い父親だね!」

 しわくちゃの婆さんが、ふくれっ面で口をとがらせていた。俺にだけする抗議の顔だ。


「仕方ないじゃないか。俺は次の次の生なんだから。それよりもどうして、ここに?」

「フィットチーネに教えてもらったんだよ」

「あの引きこもりめ。告げ口しやがって」

 

 フィットチーネからすれば、おりょうは母親だから関係は近い。


「告げ口しなくたって、あれだけ王都が騒がしければ、竜の山にも情報は届くさ。それよりも、フィットチーネやヨネには挨拶をしておいて、なんで私にはないんだい?」

 おりょうは顔を真っ赤にして、皮膚を活性化させている。顔の皮がべりべりと剥けていく。おりょうは指で顔から搔きむしり、一気に服と一緒に自分の皮を剥いでいった。


「おりょうさん!」

 リズが驚いていたが、これが竜の脱皮だ。


「ああ、300年ぶりに脱皮した」

 おりょうの身体は300歳くらい若返り、骨格すら変えていた。

 背が高く、女戦士のように筋肉がついていて、胸も尻も大きい。俺からすると懐かしい竜の身体だ。


「ああ、やっぱり人化の最中に脱皮すると皮が少なくていいね。ああ、でも鱗がどうしても出るか。ちょっと裏の井戸を借りるよ」

「どうぞ。きれいに掃除をしておきました」

 リズが勝手口を開けて、素っ裸のおりょうを外へと促した。


「すごいね!」

 リズはおりょうが魔物の学校に来た時のことを語り始めた。


「朝起きたら、学校の中庭に竜がいたの。先生たちが集まってきて、片膝をついて頭を下げていたんだけど、何が起こったかわからなかったの。そしたら、その竜が私を見て、すぐに人の形に変わって、目の前に跳んできたんだよ。お年を召した方があんな跳躍するなんて思わなかったから、驚いちゃって。『試験は終わったんだろう?』って聞かれても、なんの試験かもわからなかったんだけど、とにかく親族だから、迎えに来たんだって言うわけ……」


 その後、シェーンやヨネズ製作所の馬車が現れて説明を受け、俺の妻だった人であることを知ったという。竜族なので寿命が長く、おりょうは俺の後に夫となる者を作らなかったなど、いろいろと聞かされたらしい。

 学校ではおりょうが来たということで急遽、期末試験を開催し、その後一緒にこの家に届けられたのだとか。


「ちゃんと国境線の砦を通ってきたんだよ。どうして通れたのかはわからないんだけど、人間の国の勇者と、魔王の許可を取ったって言ってたんだけどね。どういうこと?」

「勇者が気を遣ってくれたんだ。あとでお礼の手紙を送っておこう」



 井戸の水できれいさっぱりしたおりょうが勝手口から裸のまま入ってきた。


「服ある?」

「そこにかかってるローブを着てくれ。ズボンは俺のを使えばいい」


 俺は鞄からズボンを取り出して放り投げた。


 おりょうはローブを着て、ズボンをはいた。丈が合わずハーフパンツのようになっているが、大きな尻は入っているようなのでよしとしていた。


「私はまだどれくらいすごい人なのか知らないんだけど、すごい人なんだよね?」

 リズは暖炉で沸いているお湯でお茶を淹れていた。学校に行って、気が利くようになったのか、それとも自分が飲みたかっただけなのか。


「古竜の一人だろう? 隠居したのか?」

「そうだね。元老院も辞めちゃって、政は全部子どもか孫に任せてある。暇だから、各地にあるライスの足跡を辿ったりしていたよ」

「俺の足跡なんか残ってるのか?」

「遺跡がいくつか残っているんだ。昔、変なマークに凝っていた頃があっただろう?」

「ああ、稲穂のマークだ」

 握り飯が恋しすぎて、稲を模したマークを家紋にしていたことがある。


「それで、リズが夏休みの間はどうするんだい? いや、そもそも今ライスは何をやってるんだ?」

「今、ダンジョンの運営をしているんだけど、金欠でな。おりょうもちょっと手伝ってくれ」

「ダンジョンと言ってもいろいろあるだろう。どのくらいの規模を考えてるんだい?」

「大陸中の輸送を担う馬と御者の育成と、いずれ来る寒冷期に向けた農業の発展が目的だ」

「それまた壮大だね」

「え!? ライスもダンジョンで食べ物を作ってるの?」

 リズはお茶を飲みながら驚いていた。やはり俺たちのためのお茶じゃなかったらしい。


「なんだ? リズもか?」

「うん。学校のダンジョンでカニの養殖をしてるんだけど、難しくて獣魔の森にあるミノタウロスの迷宮に行ってみたんだ。ヨネさんの紹介でね」

「そう言えば、あの迷宮のカニの島は見事だもんね。いい研究だ」

 おりょうも褒めながら、お茶を飲んでいた。俺の分は?


「いい餌はいい金がかかる。リズも資金調達に協力してくれ」

「いいけど、何をするの?」

「おりょうに聞けばいい。たんまり稼いでいるはずだ」

「私がやっているのは、資金調達じゃなくて資産運用の方だよ。まぁ、でも、そうだね。魔族の国ならできなくはないか。二人とも戦闘力はどれくらい鍛えてるんだい?」

「最低限毒を食らわない程度。身体能力はワイバーンくらいだと思ってくれればいい」

「じゃあ、コロシアムで稼ぐより、何かを運用した方がいいね」

「冒険者とかじゃダメですか?」

 リズはどこかから出したお茶うけのクッキーを食べていた。そろそろ俺の分を寄こしてくれないか?


「冒険者は、自ら仕事を取ってくるんじゃなくて、ある仕事を請けるだけだろう? それだと冒険者ギルド以上に稼げないんだ。稼ぐなら、自分でやるのが一番だよ」

「そうなんだ……」

 リズは結構驚いていたので、その隙にお茶とクッキーを頂いた。

「せっかく二人ともダンジョンと関わってるなら、小さいダンジョンでも作ってみるかい? ちょうど竜山の宝物庫に、使っていないダンジョンコアがいくつかあったはずだ」

「場所はどこにするんだ? ダンジョンを運営するにしても夏の間だけだぞ」

「北部の湖なら雪がない時期だから魔物も多いし、いけるでしょう。あ、リズは人間の国で何かしたいことでもあるかい?」

「いや、今のところないです」


 人間の学校を見たせいでリズは興味を失っているのかもしれない。

 

「とりあえず馬車も呼び戻さないといけないから、今日はゆっくりしようか。リズが何をやっていたのか教えてくれるか」

 思い出したことがあれば聞きたい。

「私はライスが何をしていたのか気になるけど……」


 ひとまず3人で、一日ゆっくりしてから、魔族の国に向かうことになった。


 窓の外を見れば、夏の葉が揺れ、木漏れ日が射しこんでいる。

 風が止まると虫の鳴き声がして、暑くなりそうだった。



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