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第28話「花とは機能の一つの形態で、我々にも似たような機能はある」(ライス)


「ちょっと前の新聞はあるか?」


 冒険者ギルドにあった新聞で、教会で毒殺未遂騒ぎがあったことを知った。おそらく勇者による粛清の一環だろう。それで教会も毒にうるさくなったのか。

『寒冷期』対策に入る流れの一部だ。


「……だとすると、俺も役割を全うするしかないな。沼太郎」

「はい」


 白い服を着たやけに整った顔の美女が返事をすると、なんだか間抜けだ。


「東の森にあるダンジョンが復活したのは知ってるか?」

「ええ、聞いております」

「だったら、蟲師と調合師を冒険者に仕立て上げて、ダンジョンに送ってくれ」

「いや、彼らに戦闘は向いてませんよ」

「だろうな。俺とその仲間たちはダンジョンマスターだから、戦わせるような真似はしない。あ……最低限の戦い方は身に付けさせるかもしれないけど、大丈夫だ。殺しはしない」

「何をさせる気なんですか?」

「仕事だ。開店休業状態で金を稼げないだろう。毒薬を作ってもらって宝箱の中に入れておく。その後、適当な採集家、いや、冒険者に見つけてもらえばいい。ダンジョンで見つけたものだから、製作者は不明のまま、魔物除けの薬として流通できるだろう?」

「報酬はどうするんです?」

「それだよな。結局、金を生み出さなきゃどうしようもない……。しばらくは補助金でどうにかなるが、毒消し薬の価格はある程度、操作できるか?」

「市場価格の操作ですか? 難しいですよ」

「きっと教会が買いあさってる頃だろう。『これから先、もっと毒絡みの事件が増えるぞ』って煽っとけ。それで、少しだけ値上げしておくんだ」

「薬売りのために不安を煽るんですか?」

「そのための新聞だろ。あと薬の需要といえば……、鎮静剤に抗うつ剤だな。領主に行って、地下の本棚を開けさせといてくれ」

 俺はテーブルに広げた紙にリストアップしていく。


「なぜですか?」

「鎮静剤は、ほら覚醒効果のあるジュースが流行ってるだろう? 中毒になって暴れている奴も出てくるかもしれない。どちらにせよ刑務所ビジネスが上り調子なら、鎮静剤は必須だ」

「なるほど。では抗うつ剤は?」

「戦争が終わって、仕事も手にしたがなにか自分の居場所じゃないと感じている元兵士や傭兵は多い。地元に戻ると、戦時にはなかった罪の意識とかが出てくる。本当は一緒に戦った仲間に会いに行ったり、共同体の中で活躍できる場を作れるといいんだけどな。なかなか気持ちの問題は表面化しにくいから、こっそり売るといい」

「こっそり?」

「その方が噂は広がるし売れるんだ。教会にはバラすなよ。僧侶の掌から零れ落ちた者に向けて売るんだ」

「わかりました。でも、ここ沼地だと薬草を作る場所が限られていますよ」

「だから、俺が呪いを解きに来たんだろ?」

「あ、そうですね」


 リストを沼太郎に渡して、地図を広げる。いつの時代もほとんど地形は変わらない。道が変わることがある。


「ここに旧街道があるはずだから、修繕を頼んでおいてくれ。北部と北東部の沼地の呪いを解いてくるよ。山からの澄んだ水が溜まるはずだ。それで領主から聞いた薬草を育ててくれ。本に書いてある薬草を育てればいいだけだ。エルフがいるなら、全力で育ててもらってくれ。理解できたか?」

「理解はできました。けど……うまくいくのかどうか……」

「大丈夫。時代の流れの上では俺がいなくても誰かがやる仕事だ。これは」


 俺は立ち上がった。


「じゃ、いってくる!」

「毒の対策とかよろしいので?」

「ああ、耐性は各種つけたから大丈夫だ」


 毒は効かない体になっているし、呪いは俺の領分だ。


 駅馬車に乗り、領地の北部にある山岳地帯へと向かう。沼太郎のお付きが一人お目付け役として付いてきている。頬にそばかすの多い女の子で、小物が沼太郎の持っていた物と似ている。沼太郎に憧れているらしい。


「一緒に飯を食おう!」


 誘ってみたが、断られてしまった。

リズと同世代だろうから、結構ショックだ。魔族の国で記憶が少しでも戻ってくれればいいんだけどな。


 途中古い街道で土砂が崩れ、道を塞いでいた。先には呪われた毒の沼しかないので、ほとんど人は通らなくなったらしい。補修もしていない。

 岩場を足場にすれば、それほど進みにくいということもないけど、後ろからついてくる女の子が心配だ。

 足場にしるしをつけてから、先へと進んだ。


 沼に近づくとあからさまに街道の石畳の隙間から草木が生えていた。沼の畔にはかつて保養所として栄えていた頃の屋敷跡が点在している。


 誰もいないはずの屋敷跡では、叫び声が断続的に響いている。風の音にも聞こえるが、気を察する人間には恐ろしい声に聞こえるはずだ。


「ひっ!」


 後ろからついてきていた女の子が声を上げていた。


「怖いか!?」

「……はい」


 小さい声が返ってきた。


「名前を教えてくれ」

「なぜですか?」

「黄泉の国へ誘われても、俺が名を呼んで連れ戻してやる」

「ピコです」

「いい名前だ。大事にしろ。たぶん、ピコは呪われない」

「呪法家さんの名前は?」

「ライス。穀物の名前だ。決してなくならない」


 俺とピコは沼の周りを廻り、水路を開けていく。淀みを解消していくと自然ときれいな水が流れてきて、留まった水が放出される。


「この沼地はかつて保養所だったんだ」

「伺っています」

「血縁者と恋に落ちた者たちが養生する場所さ」

「それは……知りませんでした」

「その前は大蛇を大量に呼び込んでヌシを作り上げていた。蟲毒の呪いを大蛇でやったというわけだ」

「それも知りませんでした」

「どちらも血の呪いだから結びつきやすく時を経れば強くなる」

「それが呪法ですか?」

「いろいろと条件があるが、まぁ、そうだね。思いが溜まりやすくなると呪いもまた強くなってしまうものだ。お、そこに花が咲いているな」


 椿の花を一輪、摘み取った。


「それが何か?」

「花とはなんだ?」

「美しいものですか?」

「違う。機能の話さ」

「雄しべから花粉を出して雌しべで受粉するためですかね?」

「そうだ。花弁を開くことによって、雄しべに着いた花粉を風に乗せる。それに人の思いも乗せてしまおう」

「何をするおつもりですか?」


 いくつかの屋敷跡から道が伸びている。交差点には噴水があり、開けた水路から水が流れて来ていた。


 枯れ葉やゴミを掃除をして、噴水にきれいな水を流せば、水が噴き上がった。

 叫び声が上がっている屋敷の前に、花が咲いている枝を一本地面に突き立てる。


「それは?」

「依り代だ。祝詞を聞かせるときに使うんだ」


 ガシャンッ!


 屋敷跡の中で何かが割れるような音が鳴り、ピコが慄いていた。


「大丈夫。屋敷が天然の結界になって出ては来れないよ」


 ほとんどすべての屋敷跡の前に花を突き立てた後、通りの真ん中に戻ってきた。

 先ほど摘んだ椿の花を噴水の水に浮かばせ、祝詞を唱えるだけ。


「散華」


 春は花が咲き乱れ、風が吹く。

 この地にも春の風が吹いて、通りには花が咲き誇る。

 花が花粉を飛ばすように、あの方への思いが風に運ばれて成就する。

 春の景色の一部のように。

 いずれこの身も花も散り行くも、思いだけは彼の地へと運ばれる。

 思いが彼の地に辿り着いた証拠に、ほら光が溢れているだろう。

 春爛漫。


 だいたい、祝詞はそんな内容だ。

 ちょうど雲間から噴水に向け、光が差し込んでいたのでちょうどよかった。

「なんですか……これは……」

 ピコは感受性が強い子らしく、通りに咲き乱れる花の景色が見えたらしい。


「幻惑魔法の一種だろうね。屋敷から聞こえていた叫び声が消えただろう?」

「はい……」

「残っている魔物は冒険者に片付けてもらうといい」

「沼のヌシはどうするんです? 蟲毒で作ったのではないんですか?」

「そんなものはとっくの昔に使ってしまったよ。社を建ててあるから、掃除をして安全成就と豊年満作を願おう。これから薬草づくりが始まる」


 社も壊れていたが、直しておいた。大蛇の絵を飾り、沼のヌシから守り神になってもらう。すでにいない者のことは作り変えられる。


「そんなことをしていいんですか?」

「呪いと祝詞は似ているが、思いと願いの差はある。あとは向ける目線で変わってくるんだけど……」


 またピコは恐れおののいて、顔を青くしている。

 沼から大蛇のような水が迫ってきている。呪いは怖がっている者に向かって忍び寄ってくるものだ。


「ライスさん……!」


 バクンッ!


 水でできた大蛇がピコを飲み込む。

 咄嗟に手を掴む。ピコは岸辺で完全に溺れていた。

 水の大蛇が俺の腕を噛みちぎろうと肌を削る。ピコを飲み込もうとする水流が強く、ぶちぶちと筋肉が切れる音がするが、俺は姿勢を崩さなかった。

 こんな呪いくらいで娘ほどの女の子を死なせてはならない。


「ピコ! 帰っておいで! 飲みこまれることはない! 俺の名前は?」

「ライス! ゴホッ!」

「ピコ!」


 水の流れから、ピコを引っこ抜いた。途端に水でできた大蛇は、ただの沼の水へと変わってしまう。


「呪いに飲み込まれるな。思いに埋め尽くされる必要はないんだ。いつでも頭の中を楽に、心に余裕を」


 焚火でピコの身体を乾かす。


「私が襲われたのはなんだったんですか?」

「ピコが作った恐怖に形がついたものさ。例えば、殺気を出していても気づかない者は気づかない。どれだけ魔力を込めても気持ちが伝わる程度だ。でも、気がついてしまう者にとっては気もそぞろになって、姿かたちを作りだしてしまう。ほとんどの呪いは自分で作りだしているんだよ」

「私の恐怖が……。では私は新たな呪いを生み出してしまったのですか?」

「いや、本来、思いも呪いも時によって流れていくものだ。食べ物の呪い以外はな」

 俺はそれを身をもって知っている。

「食べ物の呪いは消えないんですか?」

「ああ、飢餓と結びつくと、なかなか消えない。もっと言えば、種族によってもいろいろとある。信仰する神々によっても祝詞は変わるから、解こうにも解けないんだよ。厄介なことだ」


 もう一つの沼も同じように淀みを解消してから、解呪していった。

 

 大きく息を吸い込むと、以前より虫と緑の香りが濃くなった気がした。


「夏が来る」


 夏休みでリズも帰ってくる頃だ。



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