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27話「行動と思考、どちらが先に来るのか本人もわからないことがあるさ」(ライス)



 フィットチーネが置いていった斧はとても扱いにくかった。脱力と力を入れるタイミングさえ合わせればどれだけ太い木でも一撃で倒せる上に枝払いまでしてくれるという優れものだが、技を習得するのに時間がかかる。


「どうやったら、そんなことができるんですか?」

 シャルルが教師の爺様たちを連れて、様子を見に来ていた。

「あの小鬼め、こんなもの寄こしやがって……。これは触らない方がいい」

 俺は枝を適当な長さにまとめて、それをハナクマが背負っている籠に突っ込んでいった。ドッジが手懐けた個体だ。森には人除けのためかマンドラゴラが大量に埋まっていて、ハナクマの好物でもある。


 ムシャリムシャリ……。


「このように手懐けた魔物は食べていますが、この森は非常に危険に満ち溢れています。今、道を作っている最中ですから、あまり出歩かないようにお願いします」


 シャルルは爺様たちを連れてダンジョンへと戻っていった。

 

 残った丸太を長めに切り、人足として雇った男たちに坂の下まで持って行ってもらう。隣のダンジョンで人狼に鍛えてもらった男たちも森とダンジョンに慣れ始めていた。


「少なくとも、この森にはあの人狼たちよりも凶暴そうな魔物はいませんからね」

「そうなんだよなぁ。魔物はいないんだけどなぁ……」

 そう言って、俺と男たちは坂の下を見た。


「ほらぁ! どんどん運んじまえよぅ!」

 デイビットが丸太を一人で担いで坂を下り、馬車の荷台に乗せていった。

 動きは獣人特有のしなやかさがあり、丸太を傷つけないようにしているし、同僚たちを活気づけるために声も出しているが、一人で大きな丸太を持って行ってしまうため、男たちが委縮している。

 凶暴な人狼たちよりも明らかに膂力があり、動きも読めない。話せば、決して凶暴な男じゃないのだが、誤解されてしまうのだ。


「仲良くなれば、悪い奴じゃない。時々、山賊を取っ捕まえてボコボコにするくらいだ」

「なんですかい? 俺のことですか?」

 そして地獄耳だ。


「おい、人足の野郎ども、いいか? 俺たちのことをいくら陰口や悪口を言っても仕事さえしてくれれば文句はねぇ。ただ、隊長のことだけは言うな。嫌な仕事も俺たちのことを考えてのことだ。……というのが表の理由だ」

「裏の理由があるんですか?」

 男の一人が聞いた。

「ああ、隊長に噛みつくと、とんでもない方向から攻撃が……」


 デイビットが話している最中に樹上を突風が吹いた。

 思わず、そこにいた者たちは上を向いてしまう。


「なんだぁ?」

「あら? どうかしましたか?」


 いつの間にか、シャルルが持つ枝が、デイビットの首筋に当てられていた。


「デイビットはかわいい猫ちゃんですから、怖がらないで上げてくださいね」


 人足の男たちは、にっこりと笑うシャルルを見て、目を伏せ恐れおののいていた。


「このように、最大の武器をまず囮に使うと、簡単に距離を詰めることができます。あくまでも魔法は使い方です。よろしいですねぇ?」


 シャルルは坂を駆け上がり、教師の爺様たちに教えていた。


「な! ヤバいのが来る。凶暴よりも凶悪の方が命の危険があることがわかったか?」

 デイビットの言葉に、男たちは大きく頷いて、仕事に戻っていた。


 俺も間伐の作業に戻る。森の地主はシャルルが教えている爺様たちか、その子どもなので、文句はないどころか感謝されているくらいだ。丸太は売り、枝葉はすべて炭に変える。

 森だけじゃなくダンジョンと遺跡の管理まで引き受けたので、領主からの補助金もたくさん出るらしい。金に困っているわけじゃないが、これから御者の学校も始めるので定期収入があるのは運営するのにちょうどいい。


「あれ? 隊長、なにか来ますぜ!」

「なにかってなんだ?」

「配達人です」


 坂を下りて荷台が止まっている道まで出ていくと、大きな背負子を背負った配達人が走ってきた。


「お届けものです」

「ありがとう。ご苦労様」


 配達人は背負子の木箱ごと俺に渡してくれた。腰に短刀を携帯しているので、冒険者の依頼かもしれない。

 箱の中身は隣の領地から送ってきた、牧草の種と召喚状だった。隣の領地には呪われた沼が多いので、「とっとと解いてくれ」ということだろう。


「それから、この手紙も」

 手紙は王都にいるテレサからだ。


 ダンジョンマスターになったことへの祝辞の後に、また愚痴を長々と書いてあった。

 要点をまとめると、カフェがオープンして盛況らしい。冒険者を辞めた者たちを働かせているが、カフェの作業に向いていない者もいて困っているから、世話をしてやってくれ、とのこと。


「元冒険者かい?」

「ええ、そうです」

「テレサに言われて、この森に来るついでに隣の領地から荷物を運んできた?」

「その通りです」

「冒険者は呪いかケガで辞めざるを得なかったのかな?」

「ええ、座れない呪いに罹ってしまいまして……。珍しい呪いなので教会でも解けないそうなんです」

 トラウマの一種を、変な魔物の呪いによって固定されたのだろう。


「呪いも人それぞれだからな。ちょっと腰と膝を触るよ」

「ええ……。あの、解呪者の方ですか?」

「どっちもだ。解呪も呪法も」

 

 案の定、配達人の筋肉が固定されてしまっていた。呪いを解いてやった。


「しゃがんでみな」

 配達人がしゃがみこんだ。

「しゃがめる!?」

 額を押して、座らせた。

「座れたな?」

「座れましたね! ありがとうございます!」

「いや、気にするな。配達してくれたお礼だよ」


 心づけの銅貨を渡そうとしたら、「お代は頂いていますから」と断られた。


「テレサさんからの言伝というか、頼み事なんですが、もし俺の呪いが解くような人がいたら、その人に仕事を貰いなさいって……」

「なんだ、厄介払いされて来たのか?」

「面目ない」


 配達人の彼は笑っていた。冒険者を辞めても明るいなら、それなりに失敗を重ねている奴だろう。


「冒険者時代は何をやっていた?」

「前衛です」

「得物は?」

「なんでも。メイスでも斧でも扱えます」

「どんなトラブルを起こしたことがある?」

「前衛なのに逃げ出してしまって……」

 自分と敵の力量がわかってしまう者がいる。咄嗟に逃げているように見えるが、経験に裏打ちされた判断だ。ただ、それを言語化できないからトラブルになる。


「今、俺たちはダンジョンを作っている最中だ。手伝ってみるか?」

「魔物側ということですか?」

「まぁ、そうなる。もし、ダンジョン内で死にそうになっている奴がいたら、眠らせて入口まで運んでやってほしい」

「なるほど」

「人には言えない職業になるけど、家族はいるか?」

「いえ、いません」

「なら適役かもしれん。報酬は歩合だ。冒険者を呼び込む広報もやってくれると、その分も出すよ」

「わかりました!」

「坂の上にシャルルというエルフがいるから、講習を受けてくれ」


 配達人はシャルルのいる坂を駆け上っていった。疑問も持たずに判断が早い。俺とデイビットを見ていたので、力量を測っていたのだろう。


「いいんですかい? 元冒険者なんか雇っちまって」

「いいだろう。元々必要な役割だ。経験者なら、なおいいと思っていたんだ。テレサが送ってきたってことは適材なんだろう」

「まぁ、足と荷運びの能力は認めます」


 木箱は意外に重かった。人一人分くらいなら、長時間でも運べるのだろう。


「じゃあ、俺は隣の領地に行ってくるから、後よろしくな」

「え? この牧草の種はどうするんです?」

「ドッジに聞いてくれ。あいつなら餌のことくらいわかっているはずだ」


 俺は斧をデイビットに渡して、できたばかりの山道を西へと向かった。



 町に出て駅馬車を使い、隣の領地まで向かう。領地間の砦には衛兵が立っていても、特に駅馬車が停められるようなことはない。


 そのまま沼地の間を縫うようにして進み、町に辿り着く。

 この土地の冒険者ギルドの仕事はほとんど採集依頼で、毒沼や呪いの沼地が多いため薬学が発達している。町の人たちの服も小奇麗だ。衛生管理を怠れば、病気にかかることを知っている。


「ここはそんな棒だけで、魔物に対応できるような土地じゃないよ」


 冒険者ギルドに入ってすぐに狩猟ハンターと思しき女エルフが話しかけてきた。肌が浅黒くウッドエルフとかダークエルフとか言われてる種族だろう。


 女エルフには、俺が魔物を狩りにやってきた新人冒険者に見えたのだろう。

「魔物を狩猟しに来たわけじゃない。召喚状が届いたんだ。ギルドの職員はいるか?」

 ぴったりと体の線が強調される白い服を着た女性職員が、こちらを見て眼鏡を拭いてかけなおした。出るところが出て引っ込むところは引っ込んでいるかなりグラマーな体型だが、男が少ないからか嫌らしい視線よりも羨望の眼差しを向けられている。


「呪法家の方ですか?」

「そうだ」

「源田沼太郎左衛門です」

 代々、沼の管理をしている家系の名前で、引き継がれているらしい。誰がそんなバカみたいに長い名前を付けたのか……、忘れてしまった。


「ライスだ。牧草の種をありがとう」

「本当に呪いを専門としておられるのですか?」

「そうだね。どこの沼が一番稼げていない沼なのか教えてほしい。そこの呪いを解いて薬草畑にすればいいだろう」

 話し合うのは面倒だし、とっととダンジョンに戻りたいので、要件だけ聞きたい。


「どこの沼と言われましても……」

 声のトーンが下がり、小声になった。現状を語るのに、誰かに秘密しないといけないことなんてあるのか。戦争が終わったというのに言論統制か。

「問題があるのか?」

「戦争は終わってしまいましたから」

「まさか毒の需要がなくなったか?」

「ええ、虫師、調合師、採集家がこの一年で開店休業状態でして……」

 毒に使う虫を育てる者、毒の調合を行う専門家、草なら毒でも採集してくる冒険者たちまで、仕事がなくなっているという。


「毒薬の輸出規制か?」

「ええ、人体に影響すると効果のある薬剤まで、この土地では教会に規制されています」

「農作物の病気から獣害までなくなったわけじゃないぞ。どうするつもりなんだ?」

「さあ? 我々も困っていまして……」

「この土地じゃ教会が一番の悪か」

「……」

 公の場では言えないか。

「大丈夫だ。ルートは作ってやる」


 俺の中でじんわり何かが燃えてきた。



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