26話「どちらがましかを比べる状況にいてはいけない」(ライス)
役所で通達だけして、町で人を雇う。
「道を作ってもらいたい。それから、教育も受けてもらう。報酬は衛兵や役人よりは出してやれるはずだ」
この領地の職員は、ほとんど酒を飲んで仕事をしているので生産性は低い。美味い汁をすすろうとして失敗を繰り返しているのだろう。
「でも、道を作るのは違法なんだろう?」
「違法じゃなくて、仕事の権利を取られているだけだ。別に森の中やダンジョン周辺までその権利はない。だいたいこの領地で仕事がなくなっても、違う土地で仕事は用意しているから安心してくれ。とにかくこんな場所で黙って立っているよりかは、ずっとずっとましだ」
「わかった。俺、やるよ。家族がいるんだ」
「そうか。家族にも伝えてくれ。森にあるダンジョンの一つが解放された」
「え? 森のダンジョンって一つだけじゃないのか?」
他のダンジョンも宣伝が足りていないらしい。これはダンジョン街を作ってしまえばいいのでは、という甘い考えが浮かんだ。
「冒険者が来たのはいつ以来かわかるか?」
「冒険者なんか数年は現れてないね。戦争に駆り出されてただろうし、こんな森にダンジョンがあることも知られてないと思うぞ」
「ギルドはあるのだろう?」
「ない。あれはいつだったかな。俺がまだ子供の頃にはあったと思うけど、ほら土産屋になってるだろう?」
2、30年は、森の近くにある町に冒険者ギルドがないということだ。つまりダンジョン探索など誰もしていない。
人の国が統一されても、辺境は未だこれほど厳しい状況なのか。
「先にそっちを始めるか。商売を始めるよりもゴールドラッシュを作った方が早いかもしれないなぁ」
「大丈夫かい?」
落ち込んでいたら、雇った男が心配してくれた。
「いや、大丈夫じゃないな。お前たちは魔物を倒したことはあるか?」
「ないよ! 山賊じゃないんだから!」
「俺なんか町から出たことないぜ!」
他の男たちも似たり寄ったりだ。武力があれば山賊になるし、臆病者は家具屋になり、何もできないから力仕事の荷運びばかり。それも獣人奴隷に取られる始末。
戦争が終わって隣の領地と道を通すことになったのに、いつの間にか刑務所ビジネスに利権を掻っ攫われている。談合と癒着で、領主周辺だけが肥えていく。
「何のための貴族だ。やっぱりいろいろと壊した方がよさそうだな」
8人を雇い入れ、俺は自分のダンジョンへと戻った。
森の中の獣道を進んだが、皆、怖がっている。
「魔物が出たら、戦うな。逃げていいから……」
そう言ったからか、鹿を見かけただけで逃げ出そうとした奴がいた。
「あれは普通の鹿だ。しかも子供だから逃げる必要はない。追いかけて親鹿を仕留めよう」
親の鹿を石をぶつけて昏倒させ、そのまま小川で解体した。これだけ豊かな森で、禁猟区もないだろう。
一度狩りを見せたからか、雇った男たちは進んで皮や肉を持ってくれる。荷運びだけはできると豪語していた。
ダンジョンにはハナクマを連れたドッジだけが帰ってきている。後の二人は苦戦しているかもしれない。
「お疲れ。人を雇っってきたんだけど、道を作るより先に、一旦ダンジョンを解放して回る。面倒だけど、そっちの方が早い気がするんだ」
俺の言葉に、ドッジは頷いていた。
雇った男たちは大人しいハナクマに恐れおののいていた。
ダンジョンの場所はドッジの日記に書かれているので問題はない。あとは荷運びだけ。
「木の板はあったよな?」
「町のドアがある。使う?」
「ああ、盾作りだ」
俺がそう言うと、ドッジは合点招致とばかりにハナクマの親子を連れて、ダンジョン内の町から、木製の扉を持ってきてくれた。相変わらず、理解できる仕事は早い。
「さて。ということで、皆には盾を持ってもらう」
「結局、荷運びの仕事か?」
「まぁ、その一環だ。これから別のダンジョンに向かうから、自分たちの身くらいは自分たちで守ってくれ」
「そんな……」
全員絶望的な顔をしている。
「大丈夫だ。戦う必要はない。ただ、どこから攻撃が来るからわからないし、他のダンジョンには普通の魔物もいるだろうから、黙って死ぬことがないようにな」
盾には魔法陣を描いておいた。簡単な防御魔法で、盾が鉄よりも割れにくくなった。
ドッジにハンマーで殴ってもらい、固さを実証して見せた。
「ちょっとやそっとの攻撃じゃ通らない。魔法も魔物の攻撃も皆で集まってしまえば、どこからでも防げるだろ?」
陣形を作らせて、ハナクマの攻撃を受けさせてみた。
「罠は俺が解除していくから大丈夫だ」
「でも、これじゃ魔物を防げても倒せないんじゃ……」
「そんなもの棒の先にナイフでも括り付けて、攻撃が来た瞬間に突き刺せばいいんだ」
そう言ってみたものの、男たちにはさっぱりわかっていなかったようだ。
とにかく盾で自分たちの身を守ることだけに専念させた。
初めは腰も入っておらず、ハナクマの攻撃でも一発で吹っ飛ばされていたし、俺が隙間を攻撃すれば泣きながら盾を放り投げていたが、徐々にコツを掴んできたのか全く微動だにしなくなってきた。
「じゃあ、ダンジョンへ向かおうか」
「早くないですか?」
「どうせ戦わないんだから、いいんだよ。荷運びの体力だけ残しておいてくれ」
ドッジに見送られながら、他のダンジョンへ向かう。
人間8人もいれば、魔物たちだって警戒して襲い掛かってくるようなバカはいない。普通に獣道を大きな盾を担いでいけば、山賊だって近づいて来ないだろう。
隣のダンジョンまで何も遭遇せずに辿り着いた。たぶん、山賊と魔物が見張っているが気にしない。
「じゃあ、固まって進もう。それほど奥まで行かなくていいから」
男たちに指示を出してから、ダンジョンに入る。
罠だらけだが、解除しやすい。トラバサミは錆びていたが、回収しておく。
植物の魔物が多く、宝箱には薬が多かった。山賊の死体がたくさんあり、骸骨剣士のような魔物になっていた。
もちろん盾で防げる攻撃しかしてこない。重い攻撃はしてこないので、盾を攻撃している間に俺がスッ転ばせて武器を回収する。
できれば斧が出るまで、骸骨剣士を待っていようかと思ったのだが、隠し通路を発見してしまった。
中は罠だらけだった。毒矢に落とし穴、焼けた石まで飛んできたが、大きな扉の盾で防げる程度。大したことはない。
「おーい! ダンジョンマスターはいるかぁ?」
「あ、お晩です……」
ダンジョンマスターはフードを被ったリッチというアンデッドの魔物だった。
「昔、隣のダンジョンでマスターをしていた者だ。この森のダンジョンはどうなってしまったのか知りたくて来た」
「ああ、そうですか。ということは、数百年前ですかね?」
ダンジョンマスターは余計なことを話さず、すぐに白い椅子とテーブルを用意してくれた。
「そう。まだ、ここが国だった頃の話だ」
「だったら、全盛期だ。今はこの通り、何にも来やしません。来るとしても山賊くらいでして……」
「昔はダンジョン町があったはずなんだけど、なくなったのかい?」
「ええ。物資不足というやつです」
「宝物が枯れたか?」
「その通り。冒険者に魅力的な宝を用意できなくなりましてね。通常よりも効果のある回復薬などは用意していたんですが……。どうも教会の勢力が拡大するにつれて、価値も下がり、ダンジョンは攻略法が見つかって、強い魔物も呼べなくなったという有様です」
「宣伝で教会に負けたのか?」
「仕方ないですよ。こっちは聖女なんて出せませんからね」
どうやら教会のスケベ爺たちが宣伝を頑張った結果、周辺のダンジョンが被害を被ったらしい。
「でも、このダンジョンは先日、魔界から獣魔一族の一団が補充されて、コロシアムの建設を始めてますからいい方なんです。まぁ、これでどうにか冒険者を呼べるといいんですけど」
「呼べるか!? 近くの町には冒険者ギルドがなくなってるんだからな!」
「まさか、そんな……。じゃあ、魔物の対処はどうするんですか?」
「対処なんかしねぇよ。森の村なんか、とっくの昔に潰れて苔だらけになってるぜ」
後ろで盾を持っていた男たちが説明してくれた。
ダンジョンマスターは数秒の間、絶句。「外はそんなことに……」などと落ち込んでいた。
「魔界から来た獣魔一族っていうのは?」
「犬狼族ですね。魔界で何かやらかしたらしく、大きな鬼に連れられてやってきました」
「犯罪奴隷か……。ん? 大きな鬼と言ったか?」
「ええ。見上げるほど大きな鬼でした」
「フィットチーネとかいうかわいい名前じゃなかったか?」
「そうだったかもしれません」
あの引きこもりが出て来たか。
「その犬狼族と会えるか?」
「ええ、どうぞ」
ダンジョンマスターのリッチは俺をコロシアムのある部屋まで案内してくれた。
人狼たちが、左官屋のようにセメントを練り、石材を運んでいる。大きなコロシアムを作るつもりらしい。冒険者が来ないとも知らずに、無意味な仕事を任されている。
「よう。フィットチーネに連れてこられたのはお前たちだな?」
「ええ!? ……はい!」
俺を見るなり、人狼たちは怯えていた。
魔界にて人の娘と関わり、叩きのめされたのだとか。さらに従士になれるかと思ったが、犯罪奴隷としてこのダンジョンに飛ばされて働かされているという。
「そうか。お前たちを連れて来た鬼のことだから、どこかにポータル……柱か何か建てたはずなんだけど、どこかにないか?」
「いや、それがそのぅ……」
「秘密にしろと言われているかもしれないが、大丈夫だ。むしろ秘密にしているとろくなことにならないぞ。あいつはこちらから何も言わなければ、100年だって200年だって引きこもっているような奴だ。早めに連絡を取った方がいい」
そう言うと、人狼たちはコロシアムの端にある柱を教えてくれた。
俺はその柱に魔力を込めるだけ込めた。どうせ、魔界に行くほどの魔力は今の俺にはない。ただ、声くらいは届くだろう。
「フィットチーネ、ライスだ。すぐに来い。別にお前がいる洞窟を3000年は見つからないように封印しても構わないんだぞ」
そう言うなり、大きな鬼が煙のように現れた。ランプの魔人ならぬ。柱の魔人だ。
「なんだよ……。今は人間だろう。俺とあんたは関係ないはずだ」
フィットチーネは小さい声で、ぼそりぼそりと喋った。いつの間にか正座をしている。
「リズと会ったな?」
「ああ、いい娘だよ。才能がある。猿の獣人だと言っていた。米と関係があるのだろう?」
「そうだ。握り飯を祀っていた神に猿がいたし、人の国でも猿の獣人は珍しいんだ。リズを大切にしろ」
「わかってるよ……。今はシェーンが側についてる」
「あの機械族の隊長なら、安心だ」
「よかった。じゃあ、俺は帰るよ」
フィットチーネは立ち上がった。
「そんなために俺がわざわざ引きこもりのお前を呼ぶと思うか? ここのダンジョン群が崩壊しそうなんだ。ちょっと手伝え」
「ええ?」
「どうせ暇だろう?」
「いや、研究が捗ったからヨネと一緒に商品化しようとしている真っ最中なんだ」
「なんだ、無駄に忙しいのか?」
「無駄じゃないけど……」
「こっちは内戦の後で、道を通そうにも利権まみれなんだ。ヨネのところから、斧を調達できないか?」
「ヨネズ製作所の品は、こっちじゃオーパーツだぜ。技術水準がグチャグチャになっちまうよ!」
「森の間伐も御者の育成もままならねぇんだ。アホどもがのさばって私腹を肥やしてるから、少しグチャグチャにした方がいいくらいだよ」
「んん……。わかった」
そう言うと、フィットチーネは煙のように消え、後に魔道具の斧が置かれていた。
大した斧ではないが、ないよりはましだろう。
「おーい、ダンジョンマスター。悪いんだけど、この盾を持っている連中を少し鍛えてやってくれ。魔物と戦ったことがないらしい」
「こちらにも冒険者と戦ったことがない魔物が唸るほどいます」
「だったら丁度いいな! よろしく頼む」
驚きすぎて声が出ない男たちを置いて、俺はダンジョンから出た。
人狼族が「よし、やるか」と言っていたので、大丈夫だろう。




