25話「ダンジョンの使い方と森の利用法」(ライス)
「お疲れさまでした!」
ダンジョンマスターはそう言って、消えていった。
身体は骨だけになっていたし、誰も来ないダンジョンでは精神もすり減るということで、次に来た者をマスターにしてしまおうと考えていたら、先代のダンジョンマスターが転生してやってきたので、ダンジョンの入り口で引継ぎをしたということらしい。
「先代のダンジョンマスターというのが、隊長ということですか?」
「まぁ、そうなるな。仕方ない。500年くらい経っているから引き継ぎたかったのだろう。塞いだ入り口もそのままにしておいた方が楽だしなぁ」
サボり癖は500年経っても相変わらずだ。
賢者見習いで魔法を極めると言ってダンジョンに籠ったはいいが、何もしていなかったようだ。物にこだわるから、倉庫は呪いの壺や開けたことがない回復薬ばかり。
一人で楽しめるように、ダンジョンの奥には町まで作っていた。誰も住んではいなかったけれど、ダンジョンのモンスターを飼うにはちょうど良かったのかもしれない。
ただ、モンスターにも愛想をつかされていたようだ。
「気がつく者と気が利く者と気が回る者がいるけど、面倒じゃないのはお前たちみたいな奴らだよな!」
そう言うと、シャルルはむっとしていた。
「どういうことですか?」
「気にしなくていい奴ら。変人は価値観が人と違うから、いちいち『金で動け』とか『仕事について』とか説明しなくていいだろう。勝手に仕事をしてる」
ドッジもデイビットも好きなようにダンジョン内を歩き回っていた。罠を見つける方法は熟知しているので、無駄な罠を次々に壊している。
シャルルは倉庫やダンジョン内にある回復薬を集めて、値札を貼っている始末。俺は隠し通路を探している。
「ああ、やっぱりな。町の入り口にある家の台所だよな。面倒だから誰も調べない」
見た目は何の変哲もない台所だが、キッチンマットの下には床下収納がある。開ければ、まるで腐らないピクルスやジャムが置いてある。どれかがダンジョンマスターの部屋へと続くカギになっている。
先代のダンジョンマスターは梅干しの瓶にしたようだ。瓶の中に手を突っ込んで、取っ手をひねると、魔法陣が起動して移動する。
不思議なことに、ダンジョンマスターは長く続ければ続けるほど自分の部屋のなかに何も置かなくなってくる。真ん中にダンジョンコアを浮かばせているだけ。ミニマリストになっていくようだ。
「なんで皆、ミニマリストに?」
ドッジもダンジョンマスターの部屋にたどり着いたらしい。
「たぶん、物があると、その物体に発想が引っ張られるからだろうな。ダンジョンの中は常に変えていきたい。でも、溶岩地帯ばかりだったり、いつの間にか女体のモンスターばかり配置してたりするもんなんだ。自分の理想とするダンジョンを作ろうとして、自分の矮小さに気づかされるんだ。気づいた後は寂しさとの戦いでもある」
「仲間とは?」
仲間と一緒に作ったりしないのかと聞いてきた。
「一番難しい。運用資金や魔力量による格差が生まれて、うまくいく例は珍しい。夫婦とかだといいんだけどな。あと変人集団」
「あ、なら……」
ドッジは指で丸を作っていた。そもそも理想のダンジョンなんか作るつもりはないらしい。
「最初の部屋に馬の繁殖場を作るか?」
「いや、馬より人」
馬の方が素直で、人の方が面倒なのだそうだ。俺もそう思う。
「ハナクマはどうする? 『ジュース』の牧場から逃げ出してきた個体の避難所は作るんだろう?」
「町で。元々岩場の苔を食べていたから、森じゃない方が……」
ダンジョンの町は、これから崩れていくから水を引いて岩場にもできる。
「遺跡っぽくなるな」
「あとカヤツリグサ科を育てないと……」
「そうだな」
馬の餌場を作らないといけない。
「隊長!? どこにいるんです!?」
「どこに行っちゃったんですかぁ!?」
シャルルとデイビットが騒ぎ始めた。
「冒険者の対策も考えないといけないしなぁ。貴族への挨拶もしておくか」
「あ~……」
ドッジはめんどくさそうに溜息を吐きながら、俺と一緒に町がある空間へと戻っていた。
「どこに行ってたんですか?」
「ダンジョンマスターの部屋だ。ドッジはよくわかってるよ。この町は水浸しにしよう。それから、このダンジョンは教練場にするから」
「構いませんが……、すでに逃亡奴隷たちにはバレていますよ」
ダンジョンを塞いでいた岩を動かすのに、奴隷を使った。主は吹っ飛ばしているし、現在、逃亡中のはず。報酬はいくらか渡しているので、どこかで商人でもやっているかもしれない。ダンジョンのことを宣伝してくれれば儲けものだ。
「ダンジョンのマスターは隊長になったんですか?」
「いや、俺たち4人がマスターでいいだろう。作りたい部屋があれば、自分の魔力と持っている魔石で作ってくれ。それよりもまずは教育からだ。シャルル、教師の教育をやってくれ」
「あ、はい」
森の賢者で知識もあるシャルルは教育係向きだった。ただ、いつも優しい口調でにっこり微笑みながら、やり過ぎるので教師の教育係くらいがちょうどいい。
「デビ、道があれば御者たちと渡りをつけられるか?」
「もちろんです。道さえあれば、期待の新人から死にかけ熟練までいくらでも集められますよ。行商人たちも何人か集められますから、ダンジョンの宝に関しては任せてください」
「ドッジはハナクマの保護を優先でいい」
ドッジは鼻息を吐いて、大きく頷いていた。
「基本的に攻略させるのは二の次でいい。罠は……、皆、忘れてないよな?」
「もちろんです!」
「うちの隊で搦め手を忘れるような奴は、戦場で死んでますよ」
「なら、いい。入口付近に仕掛けておいてくれ。領主と話して道を通してもらってくる」
「一人で大丈夫ですか?」
シャルルは心配しているらしい。シャルルは農夫の教師を見つけることになっている。農家の爺さんをスカウトするつもりだろう。
「ダメだったら応援を頼むさ」
全員に、財布袋を渡しておいた。金が必要になってくる場面があるだろう。
結局、ダンジョンマスターになったばかりの4人はそれぞれ違う方向へと進んでいった。
俺が一番簡単だ。旧王都へ向かえばいいだけなので、大きな通りに出て駅馬車を待っていればいい。
戦争に敗れ、ほとんど忘れられた国の旧市街は寂れていて当然だった。
皆、金がないから強盗が頻発し、鍵と格子のついた店しかやっていない。
「誰が奴隷だかわからないな」
隣の領地から酒だけは支給されているようで、昼間から飲んだくれが路上で寝ている。土産の木箱や人形などを売る店はすべて閉まっている。買う者がいないのだろう。
家具屋も多いのに、馬車がいない。売り物のダッキングチェアに座って寝ている爺さんがいるが店番をしているつもりなのか。
「ヤバい薬が流行っていないだけいいか? いや、流行ってるのか」
例の『ジュース』屋はここでも店を出していた。近くに『人足』と書かれた木の板を首からぶら下げた労働者たちがいる。彼らを雇えば済むだけなのだが、急に町から労働者が消えると問題になる。
役所も落書きだらけで牢屋と区別がつかなかったが、門兵がいて外壁を直しているのでわかった。
「やあ、元気かい?」
「なんだ貴様は?」
ただ挨拶をするだけの俺を見て、門兵は警戒していた。
「この領地がまだ国で、森の木が緑の黄金と呼ばれていた時代を知る者だ。もしかして、財政難で森の主が赤字になっているんじゃないかと思ってきたんだ」
「見た目以上に年寄なのか? まぁ、勉強していることは認めるが、門兵の俺でもこの領地が長くないことくらいはわかるぜ」
「そうか。いくつか仕事を持ってきた。もうちょっと領地の寿命を延ばせるくらいにはしてやれるんじゃないかと思うんだけど、役人と話ができるか?」
「そりゃいいね!」
門兵は俺を信じずに笑っていた。
「この土地にどんな商売があるっていうんだ?」
近くにいた酔っ払いも絡んできた。
「どうせ補助金を職人たちと運送屋に渡して、地主だけ損をするシステムでもやってたんだろう? 森の中がめちゃくちゃだ。地主のなり手がいないから間伐もできない。そんなんだから、売れもしない古い商品だけが町に溢れるんだ。これから『ジュース』富豪に土地を買われ始めるから、領地は消える。そんなところか?」
「いや、そのぅ……」
図星と戸惑いと言ったところか。
「ダンジョンをいくつか解放してやるから、許可だけ寄こせと言ってる。わかるか?」
「いや、許可だけなら、すぐにでも出せますが……」
もしかしてこの酔っ払いが役人か。右の手にペンだこの痕がある。すでにペンをあまり握っていないのだろう。
「わかんなかったら、わかる奴を連れて来てくれ。それから、隣の領地に呪われた沼地があるだろう? 向こうの領主に手紙を出して、呪いを解いてやるから、沼地に生えている草をくれって伝えてくれないか?」
「あんた、いったい誰なんだ?」
「俺か? 俺は新しいダンジョンマスターだ。よろしく。人足を雇うから、金が欲しければ門兵を辞めて、御者に鞍替えしてもいい。国が変わって職業も自由だ。転職希望なら今がチャンスだぞ」
とりあえず営業スマイルをしてから、俺は役所の中に入っていった。




