24話「カニは黙って貪れ」
バキバキと木の幹を折る大きなカニを見ながら、じっと観察している。優雅にヤシの実をボリボリと食べている姿はこの島の王様のようだ。
基本的に雑食で、飛んでいる虫も魚も鋏で掴めればなんでも食べる。
「勉強熱心だな」
私がメモをしている間、シェーンは錆びないように布で自分の体を拭いていた。意外にきれい好き。
雪夫は、落ちていた魚の骨や脱皮したカニの甲羅を食べていた。カルシウムなら何でも食べるそうだ。
「びっくりした! カニの甲羅はこんなに美味いんだな」
種族ってすごい。
小さなカニを追いかけて森の中に入っていくと、人間と同じくらいのサイズのカニが争っていた。
バキーン。
鋏をぶつけ合う音があたりに響いている。周囲にいるカニはその戦いを見守っている。
「もしかしてボスを決めているのかな?」
「ボスって言ったって、さっき海岸にいた岩ガニにはかなわないぞ」
シェーンの言う通りだ。
「だったら、メスの取り合い?」
「いや、たぶん餌場の取り合いじゃないかな。ほら、ハチの巣が多い」
雪夫が言うように、蜂がぶんぶん飛び回っている。刺されるのは私だけかと思ったら、蜂は意外に大きく、シェーンにも雪夫にも攻撃を仕掛けていた。
グシャ。
ボン。
シェーンは蜂を両手で潰し、雪夫は樽に隠れてやり過ごしている。
私は棒で距離を取り、タイミングを見計らって羽を攻撃。落ちたところを頭を回転させてむしり取った。
「やっぱり私が一番動いている気がする」
「そりゃ、リズの研究なんだから当たり前だろ」
「そうじゃなくて、初めて人間の身体が不自由って思った」
「そうか? 僕はいろいろできていいと思うけど……」
種族が違う2人には、苦労がわからないらしい。
私たちが殺した蜂の死体は、カニたちが横から掻っ攫って食べてしまった。
「この環境が大事なんだろう。ほら、蜂だけじゃなくて蟻も甲虫もいるだろ?」
見渡せば、確かに犬のようなサイズの蟻やカブト虫が森の中を歩いている。
「ここに住んでるモンスターは皆固いのかな?」
もちろんミミズや小型の猪もいたが、甲殻類や昆虫が多い。
そして、島は広かった。時間をかけて地図を描いてみるとよくわかる。
気候は温暖で湿度も高い。植物の葉は大きい。
カニが育つ条件をひたすらメモを取っていった。あとは、カニの絵を描いていく。
争うカニを仕留めるのは簡単だった。真っ赤になるまで焼いて、味も確かめる。
「ん~美味しい」
鋏の中には身がギュッと詰まっていて、磯の風味が鼻に抜けていく。ただ、今まで食べたことがない味がした。
そうして味を確かめている間に、一人でカニを平らげていた。
大きめのカニの甲羅は雪夫には固かったらしく、食べられないそうだ。
私はそのまま小さいカニも解体して蒸し焼きにし、黙々と食べていく。やはり美味しいが、作業に集中するあまりしゃべれなくなってしまう。
「どうだ? わかったか?」
一通り島のカニを食べ終わった頃、シェーンが聞いてきた。
「うん。カニには大きい島が必要だし、そもそも養殖には向いていないね。植物を育てるのにも時間がかかる。餌だってこれだけ種類を揃えないと、無理そう。繁殖期もあるから、ダンジョンには月の満ち欠けが必要かもしれない」
「とにかく環境づくりが難しいってことがわかったのか?」
「うん、そう1年や2年で作れないよ。でも虫だけならいけるかな」
「リズは餌屋になるのか?」
ダンジョンの島にいる甲虫の卵は鶏の卵と同じくらいの大きさがある。外では見かけないサイズだ。
「いくつか卵を取ってきたんだ。考えてみれば、養殖の餌を作るって重要じゃない。この島だけじゃなくて他の階層のモンスターにとっても餌になるでしょ。餌で味が決まるなら、餌の勉強もした方がいいと思って」
雪夫も甲虫の幼虫なら食べていた。ほとんどカルシウムが含まれているらしい。
「どんなモンスターにも好まれる餌っていうのはなさそうだけど、虫なら成長するのも早いと思うんだけど……? 繁殖期に食べる興奮剤みたいな木の実もあるかも」
「そうか。やっぱり家系なのかもな……」
「え? どういうこと?」
「ヨネも似たようなことをして、モンスターを作っていた」
「モンスターを作ったの?」
「そう。甲虫を捕まえてきて、背中に興奮剤の寄生植物を宿らせていた」
「一石二鳥だ。頭いい!」
「でも、その工場は潰れたよ。寄生植物に乗っ取られてね」
「ええっ!」
「周辺まで被害が及び始めたから、軍が焼いていったんだ。あの時は、さすがのヨネも泣いていた。ちょうど今のリズくらいの年齢の時だ」
「そんな……」
自分が作ったモンスターが工場を乗っ取って焼かれるのは悲劇だ。
「人と違う視点に立つというのはいいことだ。文化や技術が発展する。でも、危険性も覚えておいてくれ」
「わかった。無理せず、育ててみる」
モンスター同士を組み合わせたりせずに、手間をかけるしかない。
瓶に昆虫の卵や幼虫を詰め込み、リュックはいつの間にかいっぱいになっていた。
「帰るか?」
「うん」
「帰りの方が大変そう……?」
雪夫の言う通り、上の階層に向かう穴に大きなカニが座っていた。まるで私たちを待ち構えていたみたいに。
「簡単には帰してくれそうにな……」
シェーンが言い終わる前に、大きなカニの鋏が振り下ろされた。
ボッシュ!!
砂埃が舞い、私の身体よりも大きな鋏が迫ってきた。
ポーン。
後ろにいた雪夫は樽に入ったままどこか遠くまで飛んでいった。
「くそっ! なんだ!? 急にやる気になったな!」
シェーンの身体には大量の豆粒のようなカニが這い上っている。
ヒョウッ!
冷たい風が吹いたと思ったら、辺り一面真っ白。シェーンが周囲を凍らせたようだ。
「リズ、後は自分でやれ!」
「はい!」
私は大きなカニの足を一本一本、棒で払っていった。
ドシン。
カニが仰向けに倒れた。
ブクブクブクブク……。
口から泡を吐きだしていた。私は泡まみれになったが、気にせず腹のふんどしと呼ばれる部分に棒を突っ込み、テコの原理で外してしまう。島で何体も解体した結果、上手くなっていた。
後は、甲羅の隙間に棒を突っ込みかき回すだけ。
ギュイイイイ!!
大きなカニの断末魔が島中に響き渡った。
泡をかき分けて、砂浜に出るとシェーンがほっとしたように頷いていた。
「傷は?」
「ないよ」
「やはり家系だな」
坂をころころと樽が転がってきた。
雪夫も目を回しているが、無事のようだ。
「どうするんだ? こんな大きなカニを倒して。腐って、島中のカニに疫病が流行るかもしれないぞ」
「焼いて食べるには、もうお腹いっぱいだよ」
「きっとここまで大きなカニなら討伐依頼が出てるんじゃない?」
「なら魔石と、討伐部位の鋏だけ持っていくか」
「あとはシェーンが凍らせてくれればいい」
「あまり俺を使うなよ。ライスに知れたら『甘やかすな』と怒られるのは俺なんだからな」
シェーンは大きなカニの鋏を切り落として、味噌の中から魔石を取りだし、全体を凍らせてしまった。
「シェーンでもやっぱりライスは怖いの?」
「何をしでかすかわからないからな」
思っていた怖さとは違うみたいだ。
「雪夫! 鋏を持ってね」
「え? 樽があるのに」
「帰るだけなんだからお願い。リュックに詰まった幼虫をぶちまけたくないのよ」
「仕方がない。樽はここに置いていくか。後から来る骸骨剣士にあげよう」
雪夫は樽に「そこの骸骨剣士よ! この樽をうまく使ってくれ!」と刻み、カニの鋏を持ってくれた。シェーンは魔石を持っているので手が塞がっているという。どうみても小脇に抱えているだけだ。
帰りの通路はほとんどモンスターの相手なんかしていられないので壁を走っていた。雪夫もカニの鋏をぶん回して蹴散らしている。道もわかっているし、モンスターの危険性もわかるので、戦ってはいけない相手がいるときは迂回した。
ダンジョンから出ると、すでに空が橙に染まっている。
魔族たちは雪夫が持っている大きな鋏を見て、大騒ぎになった。
「あの四階層のヌシを倒したのか!?」
「すごいぞ!」
「すぐに探索者ギルドに報告だ!」
あの大きなカニは四階層のヌシで、中堅の探索者に恐れられた存在だったらしい。
雪夫は胴上げされた後、もみくちゃにされてどこかの居酒屋へと連れていかれてしまった。まぁ、そんなに働いていなかったから大丈夫だと思う。
鋏と魔石を探索者の本部に持っていくと、報酬を貰えた。
「3人で山分けだね」
「いや、討伐したのはリズだ。貰っておけ」
「いいの?」
「ああ。少しいい油を買いたいから、その分だけくれ」
銀貨を数枚渡すと、シェーンは銀貨を一枚だけ受け取って、残りを返してきた。
「大通りの店を回って、少なくとも一品、買っていけよ。ヌシの討伐者はそうやって顔を覚えてもらうんだ。そうすりゃ、明日からも探索者たちを応援してもらえる。これは討伐者の責任だからな」
「そうなの? わかった」
私は探索者の本部から出て、探索者が騒ぐ店を一軒一軒回った。店主も探索者たちも、嬉しそうだ。私が人間だと知っても、誰も敵意を向けてこない。
むしろ「そうか、珍しいな!」くらいだった。こちらの国では本当に気にしなくていいのだろう。
日が沈み夜が更けてきた頃、雪夫を探したら馬小屋の隅で酒のお風呂に浸かっているのが見つかった。雪夫はなにかに入っているのが似合う。




