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23話「ダンジョンに必要なのは複雑な罠か、それともシンプルな冒険心か」


「この迷宮は、かつて公共事業で獣を捕らえるために作られた大きな罠だった。幾度も国が崩壊、再建を繰り返していく中でいつの間にか迷宮となった。決して怪物を閉じ込めておくためだけに作られたわけではない」

 シェーンがミノタウロスの迷宮の説明をしてくれているが、私と雪夫は大通りの両側に並ぶ見たこともない商店の数に目を奪われていた。

 大通りは魔族の冒険者たちで溢れ、酒に肉になんだかわからない揚げ物、氷菓子などが売られている。


「毎日、こんな感じなんですか?」

 案内してくれているカゲトに聞いてみた。

「朝と夕方はもっと魔族が多いです。今は夜中ですから、ダンジョンから疲れて帰ってきて明日への英気を養っているところ……。魔族それぞれで違いますが、栄養素が多い食は共通しているようです」

「毎日、お祭りをやってるようなもんですね!」

 雪夫は興奮していた。


「迷宮では探索者としての登録が必要ですから、こちらへどうぞ」


 カゲトについていくと、まるで流行っていない古い武具屋のような店に案内された。

 ダンジョンを探索する者たちを管理している施設で、ミノタウロスの迷宮探索者証明書という金属のタグを作ってくれた。タグには種族やジョブ、スキルなどを書くらしい。


「おぅ。本当に人族なのだな」

 額に角が生えたオーガが受付で対応してくれたが、私のことを知っているようだ。

「獣魔族と記録しておいてくれ」

 シェーンがオーガに笑いかけていた。

「モンスターに食われないように気をつけな」

 オーガはタグに「学生」「棒術」などと私の情報を書き込みながら、皮肉を言ってきた。

「そりゃ逆だ。この娘は魔物を食うために調査にやってきたんだ。気を付けておけと魔物に行っておけ」

 間違ってはいないが、なぜかシェーンが答えていた。できれば大人同士で揉めないでほしいんだけど。

「ふん!」

 オーガは私にタグを渡してきたが、何も書かれていなかった。雪夫のタグにも何も書いていない。

「あの、これ……!」

 もしかしたらシェーンが余計なことを言うから、何も書いてくれなかったのかもしれない。

「大丈夫。たとえ曲がったり折れたりしても魔力を通せば、文字が浮かび上がってきます」

 カゲトが教えてくれた。


「大佐!」

 4人で施設から出ようとしたら、受付にいたオーガが後ろから声をかけてきた。

 どうやらシェーンに用があるらしい。

「自分は南部戦線にいました! 獣魔は物量で来ますよ! じゃなかったら鬼の俺がこんなところにいない!」

「問題ない。気ぃ遣わせたな!」

 オーガの忠告にシェーンは手を上げて応えていた。


「感じの悪い鬼だと思ったか?」

 施設を出たところで、シェーンが私に尋ねてきた。

「そうでもない。疎まれてるのには慣れてるから」

「迷宮内は法がないから、なんでもやってくるぞって忠告してくれただけだ。カゲト……」

「わかっています。迷宮の外のことは我々が処理しておきます。お気をつけていってらっしゃいませ」

 大通りの先には巨人でも頭を下げなくても入れそうなほど大きな門があった。


 雪夫はすでに樽を頭から全身を覆うように装備している。

 カゲトとはここでお別れ。

「リズ様、探索者をダンジョンに送り出すときに言っておくべきことがあります」

 この時初めてカゲトが、ミノタウロスの迷宮をダンジョンと呼んだと思う。

「なに?」

「求めよ。己が手でつかみ取れ」

 ダンジョンの中は弱肉強食と聞いているから、仲間の裏切りだってあるはず。最後まで自分を信じろってことかな。

「カゲトさん、ダンジョンの運営で気を付けていることってありますか?」

「へっ……!? いえ、私どもは協力しているだけで運営をしているわけでは……」

 カゲトはシェーンに助けを求めるように見た。

「この娘は学生だぜ。少しダンジョンについて教えてやってくれ」

「わかりました。ダンジョンの運営をしたことはありませんが、史上最もお金を生み出したダンジョンを知っています」

「お金を?」

「そう。ダンジョンを初めて産業として成り立たせたそのダンジョンは、通路の先にたった一部屋しかなく、特別な罠もなかったそうです」

「それがダンジョンなの?」

「ええ。そのダンジョンにあったのはちょっとした窪みと銅貨が一枚だけ。モンスターもいません」

「それが最も運営に向いていたの?」

「ダンジョンを運営するのは、それほどシンプルなのだそうです。我々はそのダンジョンを見つけてはいません」

「そうか! とてもシンプルね……」

 なぜだか私は納得してしまった。たとえどんなにシンプルな造りのダンジョンでも人々に夢を見させることができたら、ダンジョンの運営は成功なのだろう。

「嘘だと思わないんですか?」

「嘘なんですか? 嘘の要素が見つからないけど……」

「ダンジョンは罠や危険なモンスターが多くいるんですよ! 複雑で古代の謎を解かなければ、先には進めません! 逸話に惑わされて嵌る罠もあるということです!」

「カゲトさんは信じてないんですか? シンプルなダンジョンを」

「いえ、ダンジョンは歴代運営していた者たちの血と汗と涙の結晶。複雑で脳みそをひっくり返しても解けるようなものではないと理解しているだけで……。すみません。私は人に何かを教えられる立場にはありませんでした!」

「はぁ……。でも、勉強になりましたよ」

「ミノタウロスの迷宮は大陸でも随一の謎が残っており、踏破したものはおりません。重々お気をつけていってらっしゃいませ!」

「いってきます」

 私たち3人はカゲトに見送られて、重そうな扉に手を当てた。


 扉は押さずとも開いて一瞬、白く明るい光に包まれた。


 気づけばほの暗いじめじめとした部屋に立っている。地面は踏み固められた土。壁には「この迷宮で死ぬ可能性がある」と警告文の張り紙があった。新しいので、何度も張り替えているのだろう。


「リズ、カゲトの逸話がどうして嘘じゃないと思った?」

 シェーンが魔石灯の明りを灯して聞いてきた。

「おそらく魔族の子どもたちがダンジョンの探索者を目指すときに教わる逸話じゃないかな、と思って。まだ見つかってないってところに、ワクワクするでしょ。きっとそれがダンジョンの運営で大事なことなんじゃないかな。家の裏山に最初のダンジョンを探しに行った魔族の少年って簡単に想像できるし……」

 私がそう言うと、シェーンは笑っていた。

「さっき疎まれてるのに慣れてるって言ってたけど、世の中はそんなにお前を嫌いじゃないぞ」

「そう?」

 迷宮の入口で喋っていたら、先を行く雪夫が樽から出て振り返った。


「2人ともー! 早く行こうよ!」

「うん」

「すまん」


 入口から伸びている通路を進み、最初に行きついた明るい部屋には木々が鬱蒼と生えていた。

 そこら中から甘い蜜の匂いと、誰かの鼾も聞こえてくる。ダンジョンの罠にかかったのかもしれない。


「誰かがスイミン花の罠を踏み抜いたな。鼻に木の実を詰めて進もう。雪夫くんはいらないか?」

 シェーンが甘い匂いの正体を教えてくれた。

「ええ。匂いはわかりますが、毒には強いですから」


 私が木の実を鼻の穴に詰めるのを待ってから、奥へと進む。

よく見れば木々の隙間で獣魔族が大勢眠っていた。

もちろん植物型のモンスターもいるけど、それほど素早くはない。雪夫を樽のまま転がしていけば、逃げるのにも手間取ることはなかった。


「あ~目が回って頭がくらくらする。でも、こんなに大きな部屋でも、全員が眠らされているなんて」

 雪夫はスイミン花の威力に驚いていた。確かに壁が見えないほど大きな部屋だった。

「リズがなかなか迷宮に来ないから、待ちくたびれただけかもしれないぞ」

「そうかなぁ」


 部屋の先には通路があり、蝙蝠の群れが襲ってきた。血や魔力を吸うモンスターだったけど、雪夫にもシェーンにも文字通り歯が立たない。

 結果、蝙蝠のモンスターはすべて私に向かってきた。飛び方が独特で軌道が読みにくい蝙蝠だけど、向かってくることがわかっていれば棒を振り回しているだけで、バサバサと叩き落せる。

 コウモリの通路を抜け、再び枯れた森の部屋にたどり着いた。先ほどの部屋が夏だとしたら、こちらの部屋は秋だ。見上げると葉が全体的に薄茶色で、モンスターが擬態して潜んでいる。

 

 狼や山羊のモンスターも追いかけてくるが相手にせず、木々の間を飛び移りながら探索していく。地面は草の色が変わっていたり、燃えた跡があったり、罠が仕掛けられているので雪夫に注意を促しながら進んでいった。


 宿で傷痕のある従業員の方たちに教えてもらった通り、壁や地面など空間を意識してみていけば、少し傾斜していることがわかる。私たちは水の流れが滝つぼに落ちていくように次の階層へと向かっていった。


 雪景色も霧深い温泉郷も、骸骨剣士の雪夫や機械族のシェーンは難なく突破していく。凍えるのも蒸し暑さで体温調節が狂ってしまうのも私、一人。その上、雪夫は樽に変装しているため、ほとんどモンスターの相手はしない。シェーンも遠目から見ているだけ。


「私だけ、疲れてない?」

「我々は汗をかかないだけだ。モンスターには追いかけられているし、骨折や錆びの恐怖にも耐えている」

 シェーンが説明する横で、雪夫は牛乳を飲み干していた。

「ヤバい! もしかして俺ってダンジョンに向いているかも!」

 雪夫は、未だ一頭のモンスターも討伐していないのに自信を付けていた。


「次の階層が四階層目だから、探索するからね!」

「目的はわかってる」

「俺はたっぷり馬車で寝てたから大丈夫だよ」


 頼もしいのか太々しいのかわからなくなってきた2人を他所に、私は地面を塞ぐふたを開けて四階層へと飛び降りた。


 四階層の地面は砂地。目の前には海原が広がっていた。ダンジョン内だから、きっと果てはあるのだろうけど見えはしない。

 振り返ると、こんもりとした森が生い茂る島があった。


 バキバキバキッ!


 家のように大きな岩が手足をつけて動いている。


「カニだ……」

 シェーンの言う通り、岩の手には鋏がついている。


「見て! 赤い!」

 雪夫が指さす方を見れば、砂浜が赤く染まっている。近づいてみると、無数の小さなカニが蠢いていた。


「カニの島?」


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