21話「理解するスピードと伝える力はまったく別物だ」
冒険者ギルドで指名依頼を出した2日後。俺たちは深い森とダンジョンが多い土地へ来ていた。今は確か、ダンレストとか言うんだったか。
ヘヴィー・ディーは、領地の境界線にある森の入り口で俺たちを待っていた。分厚い筋肉に脂肪を乗せた体には細かい傷がついている。
俺を見つけると、全身の毛穴が開いたんじゃないかと思えるほど、髭も髪も逆立てて、目をかっぴらいた。
「くっふ~!」
白い歯を見せて笑って、俺を抱きしめる。力が強く、何度タップしても離してはくれなかった。
「元気だったか? ドッジ」
「ん~」
太い腕を見せてくる。
「ようっ! ヘヴィー・ディー。随分久しぶりじゃないか? 同じ南部にいるなら連絡してくれればよかったのに!」
一回り大きいデイビットが、背の低いドッジの肩を叩いた。岩のように重いので、デイビットに叩かれてもびくとも動かない。
「久しぶりですね、ヘヴィー・ディー。こんなところじゃなんですから、近くにある村の酒場に行きませんか?」
シャルルが誘ったが、ドッジは俺の目を見て口を曲げた。
「なんだ? 酒を飲むより見せたいものでもあるのか?」
そう聞くと、ドッジは肩をすくめた。
「よし、そっちの方が面白そうだ」
ドッジの巨体が、森の藪の中を泳ぐように進んで道を作っていくので、俺たちはついていくだけでいい。
「相変わらず、2人にしかわからない意思疎通をしますね?」
「あのなぁ。もう少し、お前ら2人は相手の気持ちがわかる人間になれよ。隊にいた頃は散々、ドッジに尻を拭いてもらってたんだからな」
シャルルもデイビットも能力が高いだけに、人の気持ちを察せないところがある。
「え? 私、何もしてませんよ」
「何もしてないからだろ。酒樽の一つでも持ってこいって思ってるよ」
前を走っているドッジは肩を揺らして笑っている。
「そうなんですか?」
「ダメだ。シャルル。俺たちゃ、観察眼が足りねぇんだよ。あとでヘヴィー・ディーに奢ろう」
ドッジは親指を立てて返していた。
しばらく丘を登り続け、頂上まで来たところでドッジが大きな岩に上り振り返った。
「どうした? 休憩ならいらないぞ」
俺はそう言ったが、シャルルは少し疲れているようだ。森の賢者の名が廃る。
ドッジは北を指さした。見れば丘の下にはハナクマという背中に苔を覆い岩に擬態する魔物がいた。どうやら繁殖期のようで、オスがメスに求愛していて荒い鼻息が聞こえてきた。
耳を澄ますと、人の声が遠くでしている。
「はぁ~、ようやく頂上ですかい!? んぐっ」
デイビットの口をドッジが塞いだ。
耳を澄まし人の気配を探ると、ハナクマから東に500歩ほど行ったところに簡単な装備をした奴隷の集団が、教会の僧侶たちに絡まれている。
いや正しくは奴隷商が、僧侶の集団から襲撃を受けているところだ。手にメイスや錫杖を持ち、奴隷商を威圧している。
「奴隷解放軍か」
「あいつら……!」
デイビットが僧侶たちを見てこめかみに青筋を立てていた。
「どっちの味方をするんです?」
シャルルはすでに杖を取り出して、戦闘に気持ちを切り替えている。
これだから血の気の多い奴らはダメだ。
「助けるのはハナクマだよ」
俺とドッジが北にいる求愛中のハナクマを指さし、森の藪の中に飛び込んだ。
「ちょっと! 隊長、待ってください!」
「僧侶と奴隷たちはどうするんです!?」
シャルルとデイビットが遅れて追いかけてくる。
「なるようにしかならん。それよりも一頭でもハナクマを逃がすぞ」
「でも、それじゃあ……?」
デイビットが疑問を口にしたら、ドッジが手を上げて立ち止まった。
ハナクマが俺たちの臭いに気づいて、逃げ出していったようだ。後はなるべく、森の奥へと誘導していけばいい。
「僧侶も奴隷商も奴隷を傷つける対象ではないだろ? 今救い出しても働く場所も用意してないからな。どちらの勢力についていくにしろ、法があるから奴隷たちが食うに困るような扱いはしないはずだ。違うか?」
「そうですね……」
「ハナクマを助けるっていうのはなぜです?」
シャルルは、瞬時にハナクマを助ける判断をしたのか気になるらしい。
「あれだけ奴隷がいる理由は道を作るためじゃない。装備を見てもわかる通り魔物を狩るために森へ投入された部隊だろ? 何を狩るのかを考えればハナクマしかいない。ハナクマは背中に苔を宿し背の低い植物を育てることができるのは見ての通りだ。もし、その植物が例の『ジュース』の原料になる覚醒する薬草だったら乱獲が始まってるんじゃないかって……」
俺が説明すると、ドッジは親指と人差し指で丸を作って掲げた。
「その予想が正解だっていうの!?」
シャルルは目を丸くしていた。
「よく考えろ。ドッジがわざわざ森の外まで迎えに来てくれてるんだ。人手が足りないってことだよ。口下手で説明しきれなかった部分はあるだろう。あのハナクマはこの森における重要な種、例えば絶滅すると森自体が消えてしまうようなキーストーン種になる存在なんじゃないか」
俺の予想は当たっていたらしく、ドッジは腕で頭の上で大きな丸を作った。その後、大きく溜息を吐いて、俺の背中をトントン叩いていた。
「なんだよ、自分でやりたかったことだろ。説明しても理解してくれる人はいなかったのか。日記は?」
口下手なドッジに俺はいつも「日記を書け」と指示を出していた。
ドッジはおもむろに懐から、手帳サイズの分厚い日記を取り出して、俺に見せてきた。
最後のページには「明日、救世主の隊長が来るからどうにかしてもらおう!」と書いてあった。
「俺に丸投げするつもりだったな! 俺はお前の救世主じゃない! あー、でもダンジョンの位置を調べてくれたのは助かる。これでだいぶ楽になったな。あとは畑づくりと道づくりだ。あれ? この×印は?」
日記に描いてある地図を指した。
「……封鎖」
ドッジはほとんど単語しか喋らないが的確だ。
「はぁ? 人のダンジョンを勝手に封鎖しやがって。ダンジョンキーは王族、いや領主の一族が保管してるのか?」
俺の質問にドッジは大きく頷いていた。
「都市まで取りに行くのは面倒だな。作っちまうか。どうせ俺が作ったものだし……」
ドッジもデイビットもギョッとしていた。
「仮のキーだけ作って、後はダンジョンマスターに作らせよう。言うことを聞きそうなダンジョンは……、あ、封鎖されてるけど近いな」
現在地から、少し西に行ったところに×印があった。
「これ、なんで封鎖されてるんだ?」
「岩」
「人手がいるか?」
ドッジは頷いた。
「あそこからスカウトしてくるか」
俺は、未だに不毛な争いを続ける奴隷商と僧侶たちを見た。
「荒事ですかい?」
デイビットがずいっと前に出る。シャルルも自分の剣を研ぎ始めた。
「ああ、岩を動かしたい。力持ちが必要だ。あと木工職人がいると助かる」
「了解!」
「デイビットはまっすぐ走って! 道は私が作ります!」
ヒュン!
風切り音が鳴り、シャルルの剣が振り下ろされると、目の前にあった藪がきれいに分かれた。デイビットは風と同じスピードで駆け下りていく。
黒い影が戦っている僧侶の前に現れ、人が樹上へと飛ばされていた。
「あいつはつむじ風かなにかか?」
俺がそうつぶやく前に、シャルルが飛び出していた。
「奴隷たち、地面に伏せろ! 暴風が来るぞ!」
デイビットの喝を入れるような声が辺り一帯に響く。気絶している僧侶の頭を掴んでいる大きな獣人の言葉に、奴隷たちは反論することもなく倒れるように地面に伏せた。
戸惑う僧侶と奴隷商が振り返った時には、シャルルが剣を薙いでいた。
ボフッ!!
一瞬、音が消え、空気の塊が辺りを襲う。
木々が倒れ、藪と一緒に僧侶も奴隷商も彼方へと飛ばされた。
風というにはあまりにも暴力的だ。
「誰だよ。あいつに『暴風のシャルル』なんて名付けたのは」
ドッジは俺の肩を叩いていた。名付けた覚えはないんだけど、シャルルが持っている剣を渡したのは……。忘れたことにしよう。
ひとまずシャルルが作った道を通り、奴隷たちの下へと向かった。
「こんにちは。奴隷印を消す代わりに岩を動かすのを手伝ってくれないか? あと木工職人か石工職人がいたら名乗り出てくれ。どちらにせよ解放はする」
奴隷たちは、伏せたままの姿勢で顔だけ俺の方を向いていた。理解してくれたのは、デイビットが僧侶の荷物から軽食を拝借して配り終わってからだった。




