20話「起こることがわかっていれば、需要を作っておけばいいだけさ」(ライス)
「確かに、これは美味いな」
覚醒する薬草の入ったフルーツジュースを飲んでみると、売れる理由がわかる。
往来の激しい大通りには、屋台が軒を連ね、商人たちの呼び声がそこかしこから聞こえてくる。人種は、獣人族が多く、エルフもよく見かける。
町の中心にある緑の多い公園で、俺たちは肉弁当を食べていた。
「コロシアムには誰か行ったか?」
俺の質問に、シャルルとデイビットは首を横に振った。
昨夜は日が暮れた場所で馬車と共に野宿をし、町には明け方辿り着いた。そこから、3人バラバラに町の中を調査。昼飯時に集まったというわけだ。ただ、誰も名物のコロシアムは見ていない。それどころじゃないからだろう。
シャルルはエルフの権力者と刑務所ビジネス関係を調べ、デイビットは馬車道や流通関係を調べてきたはずだ。俺は土地関連。3万年も輪廻しているので、地図を確認するくらいだ。後は各地の領主が誰かなどの聞き込み調査だけ。山が吹き飛ぶようなことでもない限り地形はそれほど変わらない。
「刑務所はどうだった?」
「デイビットの言っていた通りでしたよ。毎日、犯罪奴隷が送り込まれているみたいです。ただ……」
「動けない者はいなかったか?」
「そうですね……」
腹が減っているだけなら飯を食わせればいいが、身体の一部が欠損した者や呪いのかかった者などは、労役ができないので刑務所も受け入れを拒否するらしい。
「戦争に行っていれば、ある程度、保障はされるだろうが。教会の受け入れは?」
「お金になりそうな人だけですね。それも少数です」
目に見える傷は同情を誘うし、力のない者でも軽作業はできる。だが、目に見えない呪いや力ない者はどうしてもあぶれる。
「あとは皆、スラムか?」
「そうです」
「長くいると心を取り戻せなくなりますぜ」
デイビットが真剣な眼差しで見てきた。呪いや怪我なら、対処の使用もあるが本人の心が折れてしまってはどうにもならないことがある。スラムの居心地がよくなるとなおさらだ。
「初めはスラムか。スラムからの抜け道をいくつか作っておかないといけない」
スラムから抜け出したい者たちもいるはずだ。ルートさえ作ってしまえば、人が流れてくる。
「デビの方はどうだった?」
「商会は出来上がっていますが、御者たちは契約しているだけの者が多いですぜ。期間と待遇の条件によって引き抜けます。俺が声をかけた連中は、古い知り合いなんですぐに飛びつくと思いますが、学校となると馬の手配から隠れ場所が肝ですが……?」
デイビットの言葉を受けて、俺は二人の目の前に南部の地図を広げた。戦前の物だが、さほど変わらない。
「西側は『ジュース』の生産地だから潤っているはずだ。コロシアムが盛んな中央が、ここ。東側は山岳地帯になるから、隠れ場所を作るには持ってこいだが、広い土地が確保できない」
「では、どこが狙い目です?」
「西側で『ジュース』の売れ行きを指くわえて見ているだけの貴族がいるはずだ。南西にある生産地から中央に向かう道を外していくと、忘れ去られた古い国が見えてくる」
地図に道を描き、大貴族の領地を区切っていくと、浮かび上がってくる土地がいくつか現れる。そのうちほとんどがここ100年の間にできた国で、先の戦争で統合された。各地の王たちは領主として治めているが、戦争での報奨金も少なく疲弊しているはず。
「最西端の土地を含め、4つほど候補がある。どこがいいと思う?」
「見つからないのは最西端のウェストエンドでしょうが、馬を運ぶとなると……」
「デイビット。馬だけじゃなくて奴隷だって運ぶのよ。近い方がいいんじゃありませんか?」
「俺もそう思ったんだよなぁ……」
俺の言葉を聞いて、地図を見ていた2人が顔を上げた。
「違うんですかい?」
「近い領地は肥沃で、農業が盛んなんだ。そして、王都から流れる緩やかな川がある。つまり、近場の土地は南部ではなく王都の食料庫のようなものだ。ここに落とし穴がある」
「……『寒冷期』ですか?」
額の汗を拭いながら、シャルルが聞いてきた。
「その通り。春先にこれほど気温が高くなるということは、夏には嵐がくるかもしれない。さらに『寒冷期』が来たら、それまで盤石だったはずの農業があっさり崩れる」
「隣の候補地はどうですかね?」
「森が深く、畑や馬場を作るとなると切り崩すことになる。魔物も多いから対処しないといけないだろ?」
「じゃあ、ダメですかぁ……」
「では、その隣の西の候補地はどうなんです?」
最西端の一歩手前の土地だ。
「ここは昔、呪いを研究していた呪術者がいてな。各地に毒沼や人が石になったり、身重の女が歩けなくなる呪いがかかっている。領主は小さい土地で目薬の薬草なんかを育てているはずだ」
「じゃあ、やっぱり最西端のここが最適だってことですね?」
デイビットが地図に描かれた最西端の土地を指さした。
「うん。馬場にするならなぁ。ただ流通の要が、こんな端でいいのか、という問題はある」
「確かに……、まいりましたねぇ」
「どこもダメじゃないですか……」
2人とも眉を寄せて、俺を見た。
「そうでもない。魔物が多いこの土地には、1000年以上前に妙なダンジョンマスターがいて、そこら中にダンジョンがあるはずだ。それから、呪いが多いこの土地は呪いをかけた張本人なら解ける。呪いを学ぶとはいえ、ちょっと残し過ぎたと反省はしているんだ」
「その張本人っていうのは隊長の知り合いなんですかい?」
「デイビット、違うわよ。隊長が張本人なのよ。何代か前の前世ということですよね?」
「そうとも言う」
デイビットとシャルルは呆れていた。
「デビ、最西端の土地にある商会が密輸船を取り扱ってないか、調べてみてくれないか? 奴隷や馬を運ぶのも、いくつかルートがあるといいと思うんだ」
「わかりました。それより隊長、そろそろ全貌を教えちゃくれませんか?」
「あれ? わかってて調べてたわけじゃないのか?」
「隊長は予想外のことをしますからね」
「そうか……。要するに奴隷にちゃんとした仕事先を作るってことはいいか?」
「ええ、農家と御者に仕立て上げるんですよね?」
「そうだ。『寒冷期』になれば食料と流通が滞って疫病が流行る可能性だってある。ちゃんと健康でいることが重要だろ」
「それはわかるんですがね……」
「どうやって奴隷を連れてくるんですか?」
「いや、仕事先がなくて奴隷になる者たちは、仕事を用意すれば勝手に来るだろ?」
「今いる刑務所の奴隷たちはどうします?」
「道を作っているじゃないか。まぁ、エルフも作っているから、いずれ仕事は奪われるだろうな」
「え? 奪われるんですか?」
「そりゃあ、奪われるだろう。役人がエルフなんだから」
「奪われたあと、どうなるんです?」
「仕事がなくなるよ。誰かが服役中の仕事とかを取ってこないといけなくなる」
「仕事というのは?」
「だから、畑作りと馬の世話だろ。起こることがわかっていれば、需要を作っておけばいいだけだ」
「あ~、なるほど……」
「凶悪な犯罪奴隷を野に放つことになりませんかい?」
「犯罪奴隷はコロシアム行きだ。魔物の餌として活躍してもらえばいい」
「先ほど言っていたスラムの抜け道というのは?」
「スラムしか居場所がないと思わせなければいい。スラムに住める人数にも限度はある。呪いなら俺が解いてやれるし、ほら呪いの多い土地じゃ解呪者も当たり前にいる。義手や義足は北部にいる技師を連れてこないといけないかもしれないけど、できないことじゃないだろ?」
「定期的に解呪者がスラムに訪れるってことですか?」
「そうなるだろうな」
「ただ、場所ができたとして脱走者はどうします? それこそこの前の義賊みたいな奴らが手助けしに来るかもしれません」
「奴隷が脱走して普通の生活ができるようになるのが一番だ。脱走してもいつでも戻ってこられる場所を作るのが、俺たちの仕事と思えばいい。気を付けないといけないのは義賊による強奪だよな。防衛に関しては魔物を使おうかと思ってるよ」
「魔物って……コカトリスを衛兵に仕立てるということですかい?」
「まぁ、そうだ。優秀な魔物使いに関しては心当たりがあるだろ?」
俺の部隊にはいろんな奴がいた。
「ヘヴィ・ディーを呼ぶつもりなんですかい?」
「人嫌いで無口な彼の居場所なんてわかるんですか? 今は繁殖期の魔物を追いかけているはずですが、どこにいるかわかりませんよ」
「だろうな。でも、冒険者ギルドなら、あいつの居場所がわかるんじゃないか。カードがあるんだから。それに魔物の巣窟にダンジョンが見つかったとなれば、来ないはずがない。教えておかないといけないこともある」
ヘヴィ・ディーことドッジは魔物への愛がありすぎるため、年中、魔物に傷つけられていた。片目は鳥の魔物に食べられてしまっているし、左半身の皮膚はスライムにやられて変色している。
生粋の魔物バカで人の話はほとんど聞いてなかったが、なぜか俺の話はよく聞いていた。魔物の解体を仕込んだのが俺だったからだろう。変人で偏食だったが、部隊にいる間になんでも食べるようになっていた。
「俺の計画はだいたいそんなところだ。さ、冒険者ギルドに行こう」
俺はとっとと町の冒険者ギルドへと向かった。
「散らばった部隊の連中が集まってきちまうな」
「想像通りに行けばいいけれど」
「予想外の事態は、うちの部隊の大好物じゃねぇか」
「それもそうね……」
2人も俺の後ろについてくる。大柄な獣人と犬猿の仲のエルフが笑いながら、人族の後を追いかける姿が珍しかったのか、衛兵やジュース売りがギョッとした顔で俺たちを見ていた。




