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19話「悪い奴に騙されている間に、もっと悪い奴らがやってくる」(ライス)


 俺たちは冒険者ギルドの裏通りに、カフェをオープンさせた。

 シャルルが従業員を選び、管理はテレサがすることになった。

「私はそれほど暇ではありません!」

 初めはそう言っていたテレサだったが、説得してどうにかやってもらえることに。


「なんて言ったんです?」

「ケガをして冒険を続けられなくなった冒険者に社会復帰のための店があってもいいんじゃないかってさ。カフェならそれほど重労働はないし、お客との関わりも作りやすい。それに、俺がオーナーだから、別に利益を出す必要もないだろ?」

「冒険者ギルドの裏方と店長の兼務ですかい?」

 隣に座っているデイビットが首を曲げて聞いてきた。

「そうだ。テレサは冒険者ギルドを辞めたがってるようだし、ちょうどいいだろ」

「隊長に掛かると収まるところに収まっちまうんですかね?」

 デイビットは窓を開けて、外の空気を入れた。

 現在、俺たちは南部へ向かう馬車に乗っているところ。未だ道は悪くガタガタの馬車を揺らしている。


 王都で粛清が始まったら、テレサが東へ航海に向かった冒険者の日誌を持ち出すよう指示を出して、俺たちは南部の現状を見に行くことにしたのだ。

「すみませんね。付き合わせちまって」

「まぁ、王都がどうなるかは予想できる。勇者が優秀だからな。教会の力が落ちると、南部にも影響が出るかもしれない。面倒事をそのままにしておくと、なぜか俺の呪いが発動して、東方行きが延期や中止になりかねないからな。潰せることは潰しておきたいんだ」

 握り飯の呪いは、運命を操ってくる強力な神の呪いだ。準備を怠り、小さな穴でも開いていたら、すぐに広げてくる。

「なんだかんだ優しいですよね。隊長は」

「シャルル、その優しさに頼るなよ。握り飯のためなら俺はお前たちを平気で裏切る男だ」

「わかってますよ」

 デイビットはそんな俺たちを笑っていた。

「デビも俺なんかに頼るなよ」

「そう言われても、隊長がいれば、なんとかなる気がしてきやすからねぇ」

 そう言って、デイビットは走る馬車の窓から、ひょいっと身体を捩り外に出ていった。

「なんかあったんですかね?」

「盗賊でも見つけたのかもな」

 馬車に並走して、デイビットは御者に何か指示を出していた。


 徐々に馬車は停まり、いつの間にかデイビットは森の中に消えた。耳を澄ませると、短い悲鳴がいくつも聞こえてくる。声を出した奴の喉を潰しているらしい。

「最近、暴れてなかったんでしょうか?」

「そうかもしれないな」

 馬車が停まったので一度下りて、俺は伸びをした。


「隊長! 義賊、捕まえちゃいました~!」

 デイビットはエルフの盗賊を小脇に抱えながら、手を振ってこちらに走ってきた。盗賊の顔はすでにパンパンに腫れあがり、元の顔はわからない。

「あらあら可哀そうに」

 シャルルが回復魔法で傷を治した。

「治療費は耳でよろしかったですか?」

 何の躊躇もなくシャルルが義賊の耳にナイフを押しあてた。

「待ってくれ。俺たちは、まだ誰も襲ってはいない!」

「そうか。で、誰を襲おうとしていたんだ?」

「そりゃ、もちろん獣人奴隷さ。不当に逮捕されて、酷い労働環境なんだ」

 刑務所の刑務作業のことを言っているらしい。

「その獣人奴隷たちは、お前と同じエルフたちが管理してるんじゃねぇのかい?」

 デイビットが義賊のエルフに聞いた。

「だからさ。俺は同じエルフとして恥ずかしい。金のために人の心を失った同族に目を覚ましてほしいんだ!」

 当たり前のことだが、エルフの中でも意見は違う。

 ただ、どうもこのエルフは若い気がする。

「それをお前に伝えたのは誰だ? もしかしたら騙されて、いいように使われているだけかもしれないぞ」

「いや、そんなことはない! 同郷の兄者が嘘をつくはずがないだろ! やめてくれ!」

「兄者の仕事はここ一年で変わってない?」

 シャルルが聞いた。

「いや、確かに変わったけれど、関係ないだろ」

「関係あるわ。森の賢者から魔法使いになったのだとしたら、獣人奴隷の仕事を奪うために義賊を結成させたのかもしれないから」

「そんな……!」

「戦争に行っていた優秀なエルフが里に帰ってくれば、魔力の少ない賢者は必要なくなるものね。魔法使いとして道づくりに参加したと思ったら、南部では刑務所の獣人奴隷たちに仕事を取られているんだから、行き場所がなくなる不安もわかるわ」

「デビ、解放してやれ」

 デイビットは義賊のエルフを離した。


「獣人の奴隷を襲うな。兄者も誘って王都の商会に行け。こんな場所で義賊をやるより、もっといい仕事が見つかるさ」

 デイビットはごしごしと義賊の頭を撫でながら言った。

「でも、不当に扱われている奴隷たちは……!?」

「大丈夫よ。私がそんなことさせないから」

「姉御、あんた何者だ?」

「ハイエルフの里を焼き尽くし、戦場に毒の花畑を作り、誰よりも先頭を駆け抜ける。人呼んで『暴風のシャルル』とはこのエルフのことだ」

 シャルルの代わりにデイビットが紹介していた。

実際、軍でも指折りのトラブルメーカーだった。指揮官よりも先に動いてしまうシャルルは、どこの部隊でも、その才能を持て余していた。

「あの今世紀最恐のエルフが……!?」

 義賊のエルフが怯え始めた。

「いいこと? あんまり悪い大人に騙されないようにね。私みたいなもっと悪い大人がやってくるから」

 そう言ってシャルルが凄むと、義賊のエルフは口を噤んで何度も頷いていた。


 デイビットはもう一度、野盗のようなことをするより真面目に働けと言って、回復薬を持たせた義賊のエルフを森に返した。


「あ、義賊の青年!」

 俺は森へと向かう義賊のエルフに声をかけた。

「はい?」

「解放した獣人奴隷はどこに運ぶ予定だった?」

「そりゃ北の町にある教会に行って、保護してもらうつもりでしたけど」

「そうか。ありがとう。もう行っていいよ」

 義賊のエルフは急いで森にいる傷だらけの仲間たちのもとへ走っていった。

 

「教会もグルってことですかい?」

 デイビットが俺に聞いた。

「おそらくな。国境線が消えたんだ。奴隷以外も狙ってるかもしれん。どちらにせよルールを作ることが苦手な獣人が搾取されてるんだよ」

「南部には鉱物も希少な魔物も多いですからね。あんな場所に義賊の拠点を作られたら、コカトリスが人間の味を覚えちまう」

「あら、デイビットはエルフをぶっ飛ばしたいだけかと思ったらちゃんと理由があったのね」

「皆、シャルルみたいに野蛮じゃねぇんだよ」

「野蛮なのはデイビットよ。私は狡猾なだけ」

「そっちの方がより悪いと思うけどな……」

 

 シャルルとデイビットが言い争いをしている間に、俺は停まっている馬車に戻り、御者の爺さんに声をかけた。


「すいませんね。ちょっと荒事に飢えているんです」

「ああ、知ってるよ。デイビットの知り合いなら、このくらいは覚悟していたさ」

 デイビットは国中の馬飼いや御者と繋がりがある。人の流れを読むのが上手いから、本当は荒事よりも商売をした方が稼げると思うのだが、何事も放っておけないからトラブルに巻き込まれ、いつの間にか本人が中心にいることが多い。


「つかぬことを伺いますが、御者になる訓練ってどのくらいかかります?」

「んん? 馬との相性にもよるが、2、3か月でなる奴もいれば、何年かかってもなれない奴もいるが、誰かを育てるつもりかい?」

「ええ。やっぱり学校を作った方がいいか……。そうなると、農地に使う土地もか……」


 俺はこの国の状況と、自分の計画に思いを巡らせた。


「隊長、何をやるんですかい? まだ、コロシアムも見えてませんぜ」

「まぁ、でもデビの話で状況は掴めてるからさ。シャルル、エルフの薬師連中の茶を育てる技法って盗めるか?」

「どうでしょう。あいつらは里の者以外は信用しませんからね。できないことはないでしょうけど、いつまでですか?」

「春の間には」

「難しいと思いますが……、隊長の計画を聞かせてもらえませんか?」

「ああ、さっきシャルルが言ってたじゃないか。『悪い奴に騙されている間に、もっと悪い奴らがやってくる』だろ?」

「え?」

「もっと悪い奴らってのは我々のことですね?」

 デイビットが俺の近くまで跳んできた。

「その通り。道づくりの利権争いに刑務所ビジネス。戦後の混乱が続いているが、次の混乱も迫ってきている。どさくさに紛れて、南部の奴隷を全員、搔っ攫おう」

「なんてことを考えてんだ!? 無理に決まってんだろう!」

 御者の爺さんがそう叫んだが、シャルルとデイビットは腕を組んで考え始めていた。

「おい……、お前ら本気でそんなこと考えてるのか?」

「ゴールドラッシュで一番儲けるのは、金を見つけた奴じゃないってことですよ」


 そう言って俺は馬車に乗り込んだ。シャルルとデイビットも俺に続いて乗り込む。

 俺は馬車の壁をコンコンと鳴らし、出発の合図を送る。


 御者の爺さんは「なんだってんだ」と悪態をつきながら馬を走らせ、俺たちをコロシアムのある港町へと運んだ。



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