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18話「二択は御託を並べて増やせばいい」(リズ)


 ダンジョンにいる半魚人の龍之介先輩に断りを入れてから、養魚地の沢にカニを放つ。

「本当にカニの養殖をするんだな」

「難しいみたいなんですけど、頑張ってみようかと」

「俺も甲殻類の同級生にいろいろ聞いてみるよ」

 龍之介先輩は養魚地に人数が少ないからか、いろいろと世話をしてくれる。養魚地の清掃は、週に一度あるので、それさえ守れば、環境が激変するようなことはないらしい。

「カニが餌を取るようになるまで、時間はかかるかもしれないから、毎日見に来た方がいいぞ」

「はい」

 カニの餌はイトミミズだ。大きな物より小さい物の方がいいという。校舎の地面を探す日々が始まりそうだ。


 外で下を向いてミミズを探していると、ガルーダの大蔵先生が話しかけてきた。

「どうしたい? もう上手くいかなくなったのかい?」

「ミミズ探し中です」

「なんだい、そうかい。それより獣魔と揉めてるのかい?」

 人狼たちのことを言ってるのだろう。説明してくれる雪夫は別の授業中だし、シェーンはフィットチーネと遠隔で会議をしているので、自分で説明しないといけない。

「いえ、校外でカニを捕りに行ったら、人狼たちが従士にしてくれって言ってきただけです」

「ほーう。そう。学校は清掃に物品管理、警備に夜間の宿直となんでも仕事はあって人手は足りないから、リズくんの従士になっても居場所はありそう」

「故郷に帰ると死ぬらしいのでよかったです」

「状況は複雑怪奇みたいだなぁ。何かあれば先生を頼るのも手だなぁ」

 大蔵先生は動きに無駄が多くてチャラいけど、意外に親身だ。

「従士たちのことって知っておいた方がいいですか? 獣魔とか古狼の谷とか知らないんですけど……」

「歴史に興味を持つことはいいことだ、よぅ! 歴史の先生に聞くか、司書のぞいぞいさんに聞いてみるのが確かだ、よぅ!」

「わかりました。ありがとうございます」

 ミミズを探しつつ、図書室へ向かう。

 歴史の先生は竜族だったはずで、話が長い。時々、「ほっ」と炎のブレスを吐いて、学生を驚かせているとか。

 話を聞くなら、司書のぞいぞいさんだ。


「私も獣魔だぞい。サテュロス族という」

 図書室でぞいぞいさんが答えてくれた。

「人狼について教えてもらいたいんですが……」

「ああ、噂になってるぞい。ちょっと外に出たら、従えてきたと聞いたぞい?」

「カニを捕りに行ったら、ついてきちゃって」

「そんな昔話じゃないんだから、普通は団子あげてもお供はついて来ないぞい……!」

 ぞいぞいさんは口を開けたまま私を見ていた。

「いろいろあるみたいなんですよ。故郷に帰ると死ぬとか。でも、私は人族だから、よくわからなくて……、教えてもらえませんか?」

「ふむ……、私は教師ではないから、正確なことはわからない。ただ、どこかの学閥に入っているわけでもないから、多くの魔族が理解している歴史なら、噂話も含めて聞かせられると思うけど、それでも?」

「構いません。よろしくお願いいたします」

 図書室に学生は他にいないのを確認して、ぞいぞいさんはカウンター近くの机に地図を広げた。

 魔族の国の南部を記した地図らしい。

 いろんな森や谷、砂漠、沼などが描かれているけど、もちろん見たことはない。

「長い間、獣魔っていうのは竜族と妖魔族との間に挟まれた上に、半獣魔族の世話をしないと行けなかったり、いろんな種族の派閥と関わりがあるんだぞい。しかも、元々、南部の中央に広がる大森林地帯に国があって、調整役になることが多かったんだぞい」

 間に入る人のことかな。だとしたら、仲間が多そうだ。

「ただ、権力がどこかの一族に傾くと不満も溜まるし、度々内戦にもなったんだぞい。そうして、国がいくつかに分裂していく……。酷い時代だぞい。森の大半が焼かれ、一族はバラバラになり、犬狼族の一派である人狼族も森から追われるように谷へと住処を移した……」

「それが古狼の谷?」

「その通り。森を中心に長い戦争状態が続いた後、突然現れた鬼族の一派が、たった2年で獣魔軍にまとめ上げて、焼けた森も回復させてしまった。それが後の初代統一魔王だぞい。そなたの親だ」

「ライスが!?」

 ぞいぞいさんは大きく頷いた。

「人狼たち犬狼族は軍に徴用され、統一戦争のときは大いに活躍した。ただ、戦争が終わった後は貴族という地位に胡坐をかき、活躍する機会も減ってしまった。誇りだけは高く、人族の国へ山を越えて攻め入り、大きな損害を被ることになるのだぞい」

「戦いしか知らなかったの?」

「そうとも言う。新しい魔族の統一国家というものに馴染みがなく混乱した時代でもあるんだぞい。結局、犬狼族は落ちぶれて、古狼の谷に篭ることになった。今一度、再興したいという思いが強い一族だ。半獣魔族の人狼たちは、その先鋒でもある」

「そんな人狼が私を狙ったと?」

「やっぱり襲われたのか?」

 真実は言ってはいけないんだった。

「いや、従士に……」

「ああ、うん。どうにか、そなたを通して中央に渡りをつけたいということだろう……。あまりに浅はかで、他の獣魔たちが怒っているのだぞい。願いさえすれば、魔族の有力者と繋がりができると思っているのか、と。そなたも、そう簡単に従士など作るものではないぞい」

「そうですよね……」

 ただ、断ると人狼たちは故郷で死んでしまう。一族には恨まれるかもしれない。かと言って、簡単に従士にしては他の獣魔の怒りを買うことになる。困ったことになった。

「他にも妖魔の者に狙われたとも聞いたぞい?」

「ああ、頭が蛇の……」

「そなたは、まだ若いのになかなか刺激的な学校生活を送っているのだぞい……」

 ちょっと前まではカニのことを考えていればいいだけだったのに。


「選択肢は二つ……、人狼を従士にするか、しないか……」

 私は、頭を抱えた。

「あれ? なんかおかしい。ぞいぞいさん、本当に二択しかない?」

「ん? どうしたぞい?」

「歴史上、過去に何があっても、ライスがどれだけ偉くても、今日起こったことの真実も言えない。一番の被害者は私じゃなくて雪夫なのに……。おかしくない?」

「そなたが仕方ない立場にいるからではないか?」

「ううん。私もライスも、特別扱いは望んでない」

 私は首を振って否定した。

「どうしたいのだ? それがきっと大事なことだぞい」

「私はあんまり世の中のことも、魔族のことも知らない。見てきたことだけしか考えられないけど、できるかどうか聞いてくれる?」

「いいぞい」


 私は自分の計画を話しながら、ぞいぞいさんに魔族の法律や暗黙の了解、地域のルールについて聞いた。


「ぞいぞいさん、私、間違ってますか?」

「いや、間違ってない。間違ってはいないが……、本当にやるのかい?」

「うん! 言ってくる!」

 私はぞいぞいさんのお墨付きをもらって、図書室を出た。ぞいぞいさんは戸惑っている様子だったけど、私を止めないでいてくれた。


 授業終わりの雪夫を捕まえて、計画と今後について簡単に説明した。

「雪夫が一番の被害者だから、ごめんね」

「いや、謝られても。僕も勝手について行っちゃっただけで、本当によくわからないまま解放されちゃったからなぁ……」

「これからも気軽に話せるクラスメイトでいてくれる?」

「うん、そういうのを友だちって言うんだぜ」

「うん!」

 私は雪夫と握手をして分かれ、シェーンのもとに向かった。


 シェーンは屋上にいて「電波がどうの……」などと言いながら、フィットチーネと遠隔で会話をしているらしい。


「シェーン」

「ああ、リズ。ちょうどフィットチーネが人狼たちの雇い主を自白させたところだ」

「よかった。まだ殺さないで」

「ん? どうかしたのか?」

「うん、獣魔と犬狼族の歴史をちょっとだけ教えてもらったの。それで考えたんだけど、聞いてくれる?」

「わかった。フィットチーネ、まだそいつを殺すな。リズの話を聞いてからでも遅くない」

『うむ』

 シェーンの鼻からフィットチーネの声がした。マシン族は不思議な身体を持っているみたい。

「犬狼族の歴史は置いといて、人狼たちがやったことは雪夫っていう骸骨剣士の誘拐と、私の誘拐未遂でしょ? その犯人を私とシェーンで捕まえたってことで間違ってないよね?」

「ああ、間違いない」

 シェーンは頷いた。

「じゃあ、法律通りにしようよ。私の従士なんかにしない。犯罪者は犯罪奴隷になるのが一般的だって聞いた」

『獣魔の者たちがそれを許さないのだ』

シェーンの鼻からフィットチーネの声が聞こえてきた。

「犯罪が明かされれば、獣魔の恥として、犬狼族を迫害するだろう。ヨネも身内のことだから、獣魔との取引に応じなくなる。どんどん歪が大きくなっていって、内戦になるかもしれない。従士にするのが人道的ではあるぞ」

 シェーンがやさしく教えてくれた。

「それも考えた。だからね、フィットチーネに頼みがあるの?」

『なんだ?』

「人狼たちを消してくれない?」

『んん? 穏やかじゃないな』

「言い方を間違えた。突然消えたように、遠くのコロシアムへ運んでくれない? 煙のように消えちゃうフィットチーネならできるんじゃないかと思って……」

『できるが……。獣魔には何と説明する?』

「消えた、とだけ。犬狼族には言いふらすことはないと思うから、真実を話してもいいけど。消えたら恥も何も、獣魔は何が起こったのかも追及できないでしょ」

『確かに。ヨネについてはどうする? すぐに真実を知ることになるぞ』

「それについては個人的なことなんだけど……」

「どうした?」

 シェーンが聞いてきた。

「私はもともと猿の獣人で、ライスと会った時に尻尾を切り落としたの。それから人族として通ってるけど、私の身体には獣の血が幾らか入っているわけ。だから、魔族の国では獣魔族として生きて行こうかと思って。ヨネさんは身内の種族とは取引しない魔族なの?」

『フフフ……』

 シェーンの鼻から、フィットチーネの笑い声が聞こえてくる。

『リズ、お前さんは間違いなくライスの娘だな。どうするよ、ヨネ?』

 ヨネも聞いているらしい。


『……プフッ! 独立独歩。間違いなくうちの家系だわ』

 シェーンの耳から女の人の声が聞こえてきた。

「悪いな、リズ。ヨネも聞いてたんだ」

『リズちゃん、姪のヨネです。不思議な関係だけど、よろしくね。獣魔族とはこれからも変わらない関係を続けていくわ。約束する』

 ヨネは太く優しい声だった。


「あ、ひとつだけ、身内の人たちに知っておいてほしいことがあるの」

 これだけは言っておかないと、と思ってシェーンに一歩近づいた。


 突然、煙が空中に立ち上り、屋上の地面に影が伸びた。

「なんだ、知っておいてほしいことって?」

 いつの間にかフィットチーネが現れていて、私を見下ろしていた。笑みを浮かべていて、やさしい目をしている。


「私もライスも、魔族の国にいる間、あんまり特別扱いしないでほしい。学校に通えているのはありがたいし、身内と思ってくれるのはとてもうれしいんだけど、誰かが傷つくのは見てられないから。雪夫にはしっかり対処したって言っておいた」

「うむ。若者に気を使わせてしまったな。王都にいる古豪にも伝えておく。ヨネもいいな?」

『わかったわ。ただ、本当に困ったときは言ってね。こっちは家族と思ってるから』

「わかりました」


 プツッ。


「通信が切れた。用が済んだからだな」

 シェーンはそう言って、立ち上がった。ほこりなど付いていないのに、尻を払っている。


「では、人狼どもを消そう。どこのコロシアムにするかなぁ……」

「校長やゴズには上手く言っておいてやるよ」

 フィットチーネとシェーンは頼もしいおじさんたちだ。


「ねぇ、ヨネさんってどんな顔?」

「俺に似てるかな」

 フィットチーネが言った。

「岩みたいな顔ってこと?」

「俺からすれば、お前たちの一族は皆似ているよ」

 シェーンがとんでもないことを言って、階段を下りていく。


「ちょっと……! え!?」

 私は自分の顔を触って、岩になってないか確かめた。



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