17話「足は凍るとすぐとれる」(リズ)
「誰に雇われたかは知らないが、早めに雪夫くんを返した方がいい」
静まり返った森でシェーンの機械の声はよく通った。
「君たちの雇い主は誰だ? リズ、先に言っとくけど俺の雇い主はフィットチーネだ。まぁ、フィットチーネに言われなくても、すぐ会いに来るつもりだったけど。俺がいるのに、ヨネ派が攻撃してくることはありえない。現・王家の者だとしたら浅はかすぎる」
人狼たちは口を噤んだまま、昏倒しているリーダーを見ていた。
「地方貴族が束の間のチャンスを掴んで、成り上がろうとしているなら、状況の規模が見えてなさすぎる」
人狼たちは自分たちのリーダーを掴もうと手を伸ばした。
「このまま尻尾を巻いて帰ろうとしているなら、自殺行為だから止めるが……、どうする?」
シェーンは淡々と話しているけど、息が徐々に白くなっていっている。周りの空気が冷えているらしい。
暑かった森が急に冬に変わったみたい。
「早急に雪夫くんを返した方が、君たちの一族のためでもあるし、現・王家のためにもなると思って、行動してくれたまえ」
シェーンの言葉をきっかけに、人狼の一人が犬笛を吹いた。
数秒後、子供ほどの小さな人狼が雪夫を抱えて、地面に降り立った。
「な、なにがなんだか……」
雪夫はガタガタと歯を鳴らしながら、地面に転がった。
「君たちには選択肢がいくつかあるけど、ほとんど死ぬと思っておいた方がいい。このまま、雇い主の元に帰ると、口封じのため全員殺される。ただ、現時点でフィットチーネが許さないから雇い主は処刑されるか消されるかのどちらかだ。君たちの死は無駄になる」
シェーンは人狼たちにやさしく説明した。ただし、人狼たちのリーダーの左膝を逆方向に曲げていた。
「ヨネ派に寝返ろうとしても無理だろう。日頃、温厚なヨネだが身内を攻撃された場合は容赦しない。一度、身内が誘拐されたときは、相手の領地から道という道が消えた。小川すら堰き止めていた。触れてはいけないのは魔族の常識だ。そして、この人族の娘・リズはヨネの祖父の娘だ。ヨネにとっては叔母にあたる。故郷にも帰らない方がいい。わかるか?」
シェーンはリーダーのくるぶしを砕きながら聞いた。もともとマシン族なので、感情が読みにくいが、さらに何の感情もないように見える。リーダーは痛みで起きたが、自分の足を見て泡を吹いて再び倒れた。
人狼たちは、口を開かず、シェーンの話に何度も頷いていた。
「一緒に学校に行き、リズの従士になることを願うくらいしか生き残る道はない。学校の警備主任のゴズは君たちと同じ獣魔で、穏健派の元軍人だ。何も言わないでくれるかもしれない。ただし真実を言えば、王家が黙っていない。学校にも王族はいる。生きていたいと思ううちは、死なない方がいいと思う。長く生きている者からの提案だ」
パキンッ!
シェーンは人狼のリーダーの左足を凍らせて、あっさり折り捨てた。
「今は凍らせているが、このまま溶けるとリーダーは出血多量で死ぬ。それまでに考えて決めておくことだ。さあ、リズ、カニを捕りに行こう。雪夫くんも災難だったな」
私と雪夫は森の中を歩いていくシェーンについていった。雪夫は未だになにが起こっているのかわからないと言いながら、森の中を見回している。
人狼たちと距離ができたところで、私はシェーンに聞いてみた。
「シェーン? ライスってそんなに偉いの?」
「偉いかどうか、と言われると、どうなんだろうな。ただ、歴史に名を刻んだ魔王ではある。いろんな事業の礎を作ってしまったし、法も整備した。内戦も集結させ、種族間の差別もなくしてしまったから、ライスと敵対する者を許さない種族は多いだろうね。だから今、王都が大変なことになっているんだ……」
遠くを見ながらシェーンが説明してくれた。
「そう……。あの人狼たちは私の従士になるの?」
「それは彼らが決めることさ。リズが断ると死ぬけどね」
「私、元は奴隷だよ」
「それは関係ない」
「あまり特別扱いされないようにって言われてるんだけど……」
「それも聞いてる。早いうちに一度王都へ説明しに行った方がいいかもしれない。ほら、沢が見えてきた」
「うん」
森の中にある沢では、鹿や狐が喉を潤していた。ライスと住んでいた頃なら、すぐに捕まえて皮を剥いでいたところだけど、今は食料にも寝具にも困っていない。
気にせず、靴を脱いで沢の中に入っていった。
水は冷たかったけど、そのうち慣れる。目を凝らして石を退けたり、岩の下に手を突っ込んだりしてカニを探す。
「リズ、そんな小さいカニを捕まえるのか?」
雪夫はじゃぶじゃぶと水の中に入って聞いてきた。
「そうだよ。大きさは飼いならして大きくすればいいだけ。でも、そもそもいないと飼えない」
「そうか……」
雪夫も手を水の中に突っ込んで探してくれた。種族的に骸骨剣士は温度には強い方らしく、それほど冷たさは感じないという。
「いいな」
「僕はカニの身を食べられる方が羨ましいよ」
1時間ほど探して、手のひらサイズの青いカニを4匹捕まえ、袋に入れて学校に戻ることに。
帰り際、人狼たちがいる森を通ると、やはり私の従士になりたいと言ってきた。リーダーもしっかり起きていて足の付け根を蔓で縛り血を止めて、仲間に担がれている。
「どうする?」
シェーンが聞いてきた。
「面倒なことはしたくないし、お金や生活はどうするの?」
「それは自分たちでどうにか……!」
人狼たちは真剣な目で言ってきた。
ただ、学生の私に倒されているくらいだから、自分たちで仕事ができるのかわからない。落とし穴は作れるようだから、狩りはしたことがあるのだろう。
「食料は自分たちで獲れる?」
「はい。森さえあれば寝床も確保できます」
人狼の一人が答えた。
「シェーン、この森は誰かの所有物?」
「たぶん、学校で管理はしているだろう。警備部と校長に事情をある程度説明すれば、少しはわがままを聞いてくれるかもしれない」
「わかった。とりあえず、ついてきて。足の治療もした方がいいと思うし……」
私たちは人狼たちを連れて、学校に帰る。
学校の門前では、門兵の他にガーゴイルとゴズが、すでに私たちを待ち構えていた。
「何かあったようだが、その者たちは?」
ゴズは低い声で人狼たちを威圧するように聞いてきた。
「全員、私の従士になりたいって。断ると死ぬらしいから連れてきた。足をけがしてる者もいるから放っておけなくて……」
「シェーン大佐の入れ知恵ですか?」
シェーンとゴズは顔見知りだったらしい。
「嘘は言っていない。ただ、獣魔の貴族は危うい立場になるだろうけどね。許可をもらっていた授業で使うカニも採取してきた。後はゴズくんの気持ち次第だよ」
シェーンは気軽にそう言った。
「こいつら人狼を敷地内に入れれば、王族が知ることになります」
「現時点で、王都にいるフィットチーネは知ってるよ。いずれヨネにも伝わる」
「ヨネズ製作所に手を引かれたら、ミノタウロスの迷宮運営はやっていけませんよ」
「だろうね」
ゴズはがっくりとうなだれていた。背中から湯気が立ち上っている。よほど怒りを溜めているのかもしれない。
「助けてくれ……」
片足をもがれた人狼のリーダーが仲間の肩の上でつぶやいた。意識が混濁し始めている。
「黙れ。獣魔の恥さらしども。今すぐ、お前らの頭をねじ切って古狼の谷に届けてもいいのだぞ」
ゴズは苦々しく、そう言うと人狼たちの入校を許可した。
「けが人を医務室に連れていけ」
ゴズは部下である鉄の鎧に指示を出して、人狼のリーダーを運ばせた。
「あれは誰が? まさか骸骨剣士の君がやったわけじゃあるまい?」
「ええ、僕ではないです」
ゴズの質問に、雪夫は両手を振って否定し、こちらを振り返った。
私はシェーンを指さして、シェーンは私を指さした。
「リズが、叩きのめした」
「シェーンが、足を取った」
隣で聞いていたガーゴイルは「ぷふっ」と噴き出していた。ゴズはガーゴイルの頭をゴツンと殴り、大きく溜め息を吐いた。
「どいつもこいつも人族の新入生にやられてる場合じゃない。人狼は俺がいいと言うまで、その場で腕立て伏せ。ガーゴイル、お前もだ。従士として認めるかどうか、校長とじっくり話してくる」
ゴズはそう言い捨てて、のっしのっしと校舎へと向かった。
ガーゴイルはすぐに腕立て伏せを始め、人狼たちを見た。
「頭割られたくなかったら、やったほうがいいぞ。ゴズさんに捕まったら、逃げられないから」
ガーゴイルの一言で、人狼たちも腕立て伏せを始めた。
私とシェーン、雪夫はカニを持ってダンジョンへと向かう。
「リズは大変だな」
雪夫が私を見て言った。
「そうでもないよ。大人たちは大変そうだけど……」
「言えてるな」
シェーンはそう言って笑っていた。




