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16話「獣は自分の臭いに鈍感なのか」(リズ)


「骨を使う?」

 私は学校にある道場と呼ばれる場所で、機械族のシェーンと立ち合っていた。

「そうだ。筋肉や魔力っていうのはコンディションに大きく左右されるだろ? だから、骨を正しい位置に置くことが大事だ」

 シェーンはレンガを割って見せた。

 意味があるのかどうかわからないけど、周りの学生たちは驚いていたので、すごいことなんだろう。

 武道の授業が始まったら、先生がシェーンを見て固まってしまった。

 どうやらシェーンは昔、軍の偉い人だったらしい。授業の邪魔だから、帰ってくれないかと頼んでみたが、シェーンはいいことを教えてやろうと骨の話を始めた。

「だから武道の型は大事なのだよ。では、ここからは先生に聞くといい」

 得意げにシェーンは語って、先生に渡した。

「はっ!」

 授業では武道の型と礼節を教えてもらった。ライスとの生活では触れてこなかった新しい価値観なので、面白い。体型が違う魔族も多いけど、攻撃を当てるという一点においてはどの種族も同じなのだとか。

意外にシェーンも授業中は空気を読んで、道場の隅からじっと学生たちを見ていた。


「皆、いい子だな」

 先生に挨拶をしてから廊下でシェーンが言った。

「うん」

「初めは怪しい奴だと疑っていた学生たちも、レンガを割れば、話を聞いて信じてしまう。印象操作の基本みたいだ」

「レンガにひびでも入れてたの?」

「いや、そうじゃない。物事にはなんでも順番があるのだなぁ」

「爺みたいなことを言うね」

「実際、爺だからな。今は学生も同じことをしているし、ほとんど才能も経験も大した差はない。それがいつの間にか時を経て、大樹の枝葉のように広がって、いろいろな者になっていく。どこで変わるのか不思議だと思ってさ」

 歩きながら、シェーンは天井を見上げた。もしかしたらシェーンにも同じように学生時代があったのかもしれない。


「ライスとはどこで知り合ったの?」

「聞きたいか? 長くなるぞ」

 シェーンはめんどくさそうに言った。ただ、話したくないわけじゃないらしい。いずれ、語ってくれるつもりだったようだ。

「うん。カニ探しながらでもいい?」

「リズ。自分が思っている以上にライスに似てるぞ」

「そうかな?」

「ああ。海までは遠いから、沢に行くか」

「うん」


 学校の門兵さんに、外出許可願を書いて渡し、シェーンと一緒に東の沢へと向かう。学校にカニがいないので捕まえてこないといけない。

 同じように骸骨剣士の雪夫が海のミルクを求めて学校の外に出るという。

「海にミルクなんてあるの?」

「あるって本に書いてあったから……」

「それは貝のことだぞ」

 シェーンが教えていた。

「あ、そうなんですか……。じゃあ、外出許可の意味なかったか。リズは?」

「カニ」

「せっかくだから付いて行ってもいいですか?」

「構わないけど。雪夫くんのお父さんは何をしてるんだい?」

 シェーンが聞いていた。クラスメイトには、そういうことを聞けばいいのか。

「すぐ死ぬ冒険者です」

「お父さんはよく死んじゃうの?」

「うちの家系は装備さえ外せば、骨だからね。なるべく死んだふりしてた方がなにかと都合がいいみたいなんだ」

「実践向きなのかもな」

「シェーンさんは軍でも偉かったと聞きましたけど……?」

 近くの森へ歩きながら、雪夫が聞いた。魔族の軍に行きたいのかもしれない。

「偉かったのかなぁ……。戦場において、やる気と能力の関係はちょっと町や学校とは違うんだ。誰が一番生き残ると思う?」

「能力のある者ですか?」

「その通りだ。やる気があろうとなかろうと能力のある奴は生き残る。やる気がなくても、戦術家として名を馳せる場合があるし、やる気がある者ほど戦場ではリーダーになりやすいだろう」

「能力がない者は?」

「やる気がなくて、能力がない奴ほど、偉くなる。後ろにいてふんぞり返っていればいいだけだからな。ただ、やる気があって能力がない者は、即時、首を刎ねられる」

「え……?」

 雪夫が固まった。

「単純な話だ。能力もないのに、ツッコむ奴は味方の位置を報せるし、作戦が遂行できなくて迷惑だからな。できるだけ早く殺しておいた方がいい」

 可哀そうだけど、きっとシェーンが言っていることは正しいのだろう。戦場は何度も失敗できるような場所じゃないから。


「だから、軍の偉い奴ってのは、戦場で役にも立たないしやる気もない奴なんだ。俺はやる気はなかったけど、兵を適切に配置する能力はあったから、100年くらいずっと前線の基地に配属されていた。偉くなったのは前線を外れてからだな」

 シェーンは遠くを見ながら話した。

「前線って?」

「南東。軍の中では地獄と呼ばれてたけど、居心地はよかったな。ライスと会ったのもそこだ」

「へぇ~」

「まずは能力を身につけないといけないのか……」

 雪夫はぶつぶつと言いながら、森に入っていった。大丈夫だろうか。



 目の前の森は鬱蒼とした緑に覆われ、魔物が出てきてもおかしくないくらい木の実が多いのに、まるで気配がない。誰かが狩りつくしたのか、魔物たちを黙らせているのか。

 私は立ち止まって、耳に集中した。

「隠しているのか、隠れているのか。まぁ、罠だろうな。リズ、どうするんだ? クラスメイトが入って行っちまうぞ」

「あ、雪夫! ちょっと待って!」

 大声で呼び留めた。

「え?」

 次の瞬間、雪夫の身体は蔓に巻き付かれて、樹上に消えた。


「森に入った途端大ピンチだな」

 シェーンはぼそっとリズに言った。

「これってもしかしてなにかの試験?」

「いや、それはないだろう。校舎の上でこちらを観察していたガーゴイルが慌てているからな」

「……困った」

「早く判断しないと雪夫くんがどんどん離れていくぞ」

「でも、見えないし音も聞こえない」

「空気中に微かな臭気はある」

「臭いか……」

 私は臭いを追い、森の中を走り始めた。


「なんの臭いかわかるか?」

 後ろを走りながら、シェーンが聞いてきた。

「たぶん、獣の汗とよだれ」

「種族的に雪夫くんは汗をかかないから、敵のものだろう。明確に雪夫くんだけを狙って、俺たちをおびき寄せているのはわかるな?」

「うん」

「どんな魔族かわかるか?」

「わからない。ゴースト系?」

「それなら、汗はかかない」

「そっか。枝から枝に飛び移ってるから軽いとは思う。羽が生えていたら飛ぶはずだから、猿の魔族かな?」

「獣魔だな。ただ、よだれまで出して体温管理しているところを考えると……」

 走り続けて、前方に落ちている枯れ葉の色が少しだけ違った。立ち止まって、周囲を警戒。うまく藪に隠れているが、影が伸びていて臭いもある。敵は音を隠すのが上手いが、暗殺が得意というわけではないみたいだ。

「シェーン。前方に落とし穴3つ。両側に気配あり」

 一気に報告して、棒を構えた。

「雪夫くんの追跡は諦めるか?」

「敵に落ち合う場所を聞いた方が早いと思って……」

「そうだな」

 シェーンも納得していた。

「獣魔についてなにか知っていることは?」

「ない」

「戦力については?」

「爪と牙には気を付けること。狙い目は体毛の薄いところ。目と舌は剥きだしの器官」

「それだけわかっていればいい。俺は見てようか?」

「うん」

 小石を集めて、気配のする方へ投げていく。当たっている音はするので、続けていればいずれ出てくるだろう。ここは長期戦で構わないはずだ。交渉するにも雪夫が生きてないと意味がないから、無暗に殺すことはない。


 ビシッ、ビシッ!


 藪の小枝が折れて、徐々に敵の姿が露わになってくる。


「うぉおおおお!! いい加減にしろぉお!」


 出てきたのは頭が狼のコボルトとか人狼とか呼ばれる種族だ。

 一人出てきてしまい、両側から一斉に8人が飛び出してきた。立ち位置が悪かったのか3人が自分たちの掘った落とし穴に落ちて、戦力は5人。足の運び方に気をつけながら、迎え撃つことにした。

 身体能力は人狼たちとそれほど変わらないので、スピードでかく乱はできない。

 よかったことは人狼たちがそれぞれ武器を持っていたこと。大きな刀やメイスを持っているので、爪や牙での攻撃はされない。

 武器による直線的な攻撃と、雄叫びのみだ。


 この戦いにおける勝利は、場を制すること。リーダー格を叩きのめさえすればいい。

 攻撃を躱しながら、足元の魔法陣を完成させていく。

 連携を取れたとしても、一斉に飛び掛かってくるわけではないので、3方向からの攻撃を躱せれば、だいたい対処できる。後ろにはシェーンがいるので、敵が回り込むこともない。

 後は隙を見せて……。


 リーダー格と思われる人狼が私の顎を狙ってメイスを振ってきた。頭を回転させて、避けるもメイスの先が頬を掠める。口の中を切った。


「ようやく当たったな。人数が多いということはそれだけ動けるということだ。一人で長期戦をするのは無謀だったな。小娘!」


 そう言って、雄叫びを上げる人狼を見ながら、私は口の中に溜まった血を地面に吐く。描いた魔法陣が起動し、地面から煙が立ち上る。


「なっ……!」


 かく乱成功。驚いているリーダー格の人狼の大きな口に棒を突っ込み、そのまま回転させて、地面に叩きつけた。


「なるほど、リズは実践向きだ」


 後ろから、シェーンの声が聞こえてきた。



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