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15話「ビジネスは見つけた奴から勝っていく」(ライス)



「俺にはどうすればいいのか、さっぱりわかりません。どこから話せばいいのかすら、ちょっと……。ただ、俺にはエルフの薬学も冒険者ギルドも関わっているように見える。だからお嬢さん方も聞いてくれますか?」

「構いませんよ」

 テレサは優雅にお茶を飲みながら答えた。聞き上手だから冒険者にも頼られるのだろう。

「どこも問題だらけ。問題はデイビットがいる南部の町だけじゃない」

 シャルルは元同僚に厳しい。

「だろうな。だけど、それを南部で、エルフが言うなよ。殺されるかもしれん」

「殺伐としてるわね」

「そうなるだけの理由がある。あまりに複雑で……。隊長くらいしか相談する相手がいないんです」

「わかった。当たり前のことでも何でも聞いてやるから、全部話せ」

「わかりやした」


 南部にはコロシアムが多く、かつては奴隷の交易が盛んだったが、今ではコロシアムに出場している剣闘士は立派な職業として知られスターも生まれている。審判制度やルールも設けられ、滅多なことがない限り死ぬようなこともなくなった。


 ただし、奴隷制がなくなったわけではない。剣闘士ではなく、農奴や船の荷運び、冒険者の盾役、娼館、掃除夫、ゴミ拾い、貴族宅の使用人など、他にも需要はある。

 供給はというと、戦争の戦利品としての奴隷や犯罪奴隷、貧困により自ら奴隷になることも珍しくない。しかし、この前まで戦っていた敵国の者や殺人を犯した者が、すぐに過去を忘れ、奴隷として労働力になれるわけもない。栄養不足で動けない者だっている。


「先の戦争での敗戦国の死者数を鑑みて、国も無暗に奴隷を死なせてはいけないと、法を作ってしまいましてね」

「奴隷が簡単に死ねなくなったか」

「ええ、町で足枷や手枷をつけた奴隷が歩いているのを、この一年でほとんど見なくなりやした。馬車に轢かれないようにだそうです」

「商売あがったりだな」

「はい」


 奴隷商は、売られてきた奴隷を訓練し、食事も用意しなくてはならなくなった。現在、奴隷商で売られているのは訓練済みの者たちだけ。経費が嵩めば販売価格は高くなり、南部では奴隷を豪農や大商人、役所などが買うだけとなっているらしい。

「ただ、ここで第一の問題が出来てきたんです」

 デイビットはお茶にも手を付けずに説明をつづけた。

「奴隷商が減っても、貧困が減るわけでもなし、窃盗や強盗がなくなることはありやせん」

「だろうな」

「窃盗の大部分は貧困でしょう? 例えば徒党を組んで大商人の倉庫から金品を奪い、貧民街に配ってみては?」

 テレサが提案したが、すぐにデイビットは首を横に振った。

「そんなことをすれば、貧民街の全員の首が文字通り飛んで、誰かの懐に入るだけです。王都とは比べ物にならないくらい命が軽い場所はあるんですぜ」

 南部では奴隷の命よりも貧民の命の方が軽くなってしまったようだ。

「しかし、犯罪者が野放しになっているわけではないしょう?」

 シャルルが聞いた。


「だからこそ牢がある。それも一か所に犯罪者を集める大規模な刑務所ができた。犯罪の度合いによって刑期が決まり、犯罪者の自由を奪う。それが第二の問題です」

「刑務所の中で暴動が起こったの?」

 テレサが聞いた。

「いえ、刑務官たちは優秀ですし、暴動が起こりそうになれば対処する方法も確立し始めている。そこは問題ではありやせん」

「刑務中の作業か」

「その通りです。軽犯罪のほとんどは社会復帰のための訓練や社会奉仕につながるようなことをしておりやす」

「まるで教会がやりそうなことですね」

 シャルルが横から口を出した。

「それは、またあとで説明する」

 デイビットに窘められた。宗教の問題は、先住民である南部の獣人にとっては根深い。

「つまり、社会のための労働力が増えたってことだろ? 刑務所を作ったのは国か? 領主か?」

「両方が金を出していやす。運営費も税金で賄われていやすしね」

「なるほど。初期費用だけで、あとは激安の労働力が手に入ったわけだ。それを獣人が多い南部に作った、と……。役人の中に天才がいるな」

「ですが隊長、大きな牢を作っただけですよね?」

 そう言って、シャルルが俺を見た。


「前は犯罪者が牢に入っている期間は長くてもせいぜい6ヵ月。流刑になるか、死刑になるか。軽い犯罪ならば、鞭打ちか、犯罪奴隷になる。牢に入っている間に殺されることもあるしな」

「公には病死とされていましたがね」

 デイビットが補足した。

「ところが、刑務所は刑期がある。6か月以上、刑務所に入れておくことができるし、囚人同士で殺させないようにすれば、ずっと労働力がある状態が続くわけだ。つまり、とんでもなくデカい奴隷商ができてしまったんだ」

「その労働力で何をさせているんです?」

 テレサがデイビットに聞いた。

「大規模農場での作業も、石畳の馬車道も、冒険者たちがやりたがらない魔物の退治も、なんでもやります」

「馬車道って、それエルフの仕事じゃ……!」

 シャルルが口を出した。

「エルフの競合は南部の奴隷ってことだ。エルフの土木作業員の賃金はさらに安くなるぞ。人類が統一されて、あらゆる問題を棚上げしてでも早急に道は作らねばならないんだ」

 俺の言葉にシャルルは、目を見開いて驚いていた。この国は、人類の国家として、他種族を混在させることにより、種族間の対立を防ごうとしている。

「必然だったのかもしれやせん。敗戦国も丸ごと併合してしまい、公共事業に充てる金も少ないなかで考えられたのが、激安の労働力を生み出す刑務所ビジネス。戦争で勝っても負けても、道がなければ、人は移動しませんから」

「でも、道が出来て人が動くと差別が生まれるんだよな」

 俺は、大まかにデイビットが言いたいことがわかり、暗澹たる気持ちになった。遠くの生活習慣も常識も文化も違う人間たちが集まれば、当然のように軋轢が生まれる。


「その差別が今、南部で一番大きな問題です」

「デビ、さっき言ってた冒険者ギルドが関わっているというのもそれか?」

「はい」

 デイビットがわざわざ南部から俺を訪ねてきた理由がわかった。

「どういうことです? なぜ冒険者ギルドが関わるんですか?」

 テレサが聞いてきた。

「なぜもなにも、冒険者ギルドは冒険者カードで誰がどこにいるのかわかるようになっただろ。たとえ全く関係なくても犯罪現場の近くにいれば、衛兵がしょっぴける。高圧的な態度で取り調べをすれば、暴力沙汰にもなるかもしれない。衛兵に暴行したら立派な犯罪者だ」

「衛兵と冒険者ギルドが手を組めば、犯罪者を作り出せてしまうってことです」

「そんなバカな……、ありえません」

 テレサは否定して、お茶をグイっと飲んだ。

「貧困街に住んでいるのはほとんどが獣人ですから、窃盗などで逮捕されるのも獣人が多いのは事実です。ですが、それだけじゃない」

「身体能力も高く、適応能力もある獣人に劣等感を持つ種族もいるだろう。それに宗教も違うし、元々口伝で歴史を伝えてきた種族だ。文字を持たないがためにバカにするような種族だっているよな?」

 俺はシャルルを見ると、苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。エルフの高慢さは知られている。

「でも、衛兵の中にも獣人はいるでしょう?」

 自分でポットのお茶を注ぎながらテレサが聞いた。

「いやすね。ただ、重要な役職についているのは、ほとんどいやせん。人族やエルフが多い。不思議なことです」

「国が種族を混在させようとしてるのに、衛兵の中にも冒険者ギルドの中にも差別がなくならないってのは、本当に不思議なことだよ」

「ですが、我々には自制心も理性もあります。差別なんかすれば、暴動が起きかねないということくらいは予測できます。高圧的な態度での取り調べというよりも、受け取り手の問題ではありませんか?」

 テレサが平静を装ってデイビットに聞いていたが、まさに差別的な言い方だ。大きい肉を食べたからか、話が長くなってきたせいか、興奮しているのかもしれない。お茶を飲む量も多くなっている。

「まるで獣人には自制心と理性がないような言い方ですが、もちろん獣人にもそれくらい備わっていやすよ。ただですね、これに関しては俺の推測でしかないですし、確たる証拠はないんですが……」

「どうせ喋るんだろ? エルフの薬学か?」

 デイビットは初めにエルフの薬学と冒険者ギルドが関係していると言っていた。

「エルフの!?」

 シャルルが眉を寄せてデイビットを睨んだ。

「いや、別にエルフを悪く言いたいんじゃないんだ。むしろ、発端は南西部にある獣人の集落だったと聞いているし……」

 デイビットはシャルルに言い訳でもするように言った。

「シャルルもテレサも一々興奮するなよ。少し、窓でも開けて頭を冷やそう」

「テラス席に移動しましょう。私も自分が冒険者ギルドにこれほど愛着があるとは思いませんでした」

「いつもは自分でバカにしてるんですが、エルフについて悪く言われると、つい頭に血が上ってしまって。私の悪い癖です」

 テレサもシャルルもデイビットに謝ってから、テラス席に移動し、お代わりのお茶を頼んだ。

 王都の夜は魔石灯の明かりが多く、外にはまだまだ人が行き交っている。空気は涼しく、興奮した俺たちの頭を冷やしてくれた。

 

「それで、南西部にある獣人の集落がどうしたって?」

 俺がデイビットに聞いた。

「もともとは漁師や狩人が多い集落で、夜間に狩りに行くことも多かったそうなんです。だから古くから覚醒するために薬効があるお茶を飲んでいたらしいんです。それが近年になって戦争もあり、お茶を甘くしてボトルで売るようになりやした」

「それとエルフが関係しているのか?」

「ええ、戦争が終わっていろんな人が南部にも来てくれるようになり、その覚醒するお茶が、あるエルフの薬師に見つかりやした。そのエルフの薬師は会社を立ち上げ、一気に生産するようになり、コロシアムの剣闘士たちの間で大人気になっています」

 覚醒し興奮状態で戦えばパフォーマンスは上がるしコロシアムが盛り上がるのは、容易に想像できた。

「剣闘士たちに流行れば、市井の人たちにも広まる、と?」

「ええ、すでに広まりやした。特にストレスを抱えているような職業の人たちには」

「つまり興奮状態の衛兵と冒険者が、今の南部の町には溢れているということですか?」

「その通りです」

 テレサの問いにデイビットが答えた。

「お茶だろ? そんなに早く収穫できるのか? 戦争が終わって一年だぞ」

「隊長、残念ながらエルフの薬師連中なら可能なんですよ」

 シャルルが諦めたように答えた。

「これが俺の考える南部の問題のすべてです」

「そうか……。出来上がっちまってるから、解決するのはかなり難しいぞ。奴隷商が戻ってきたとしても、どうしようもないんじゃないか」

「どこから手を付けていいやら……」

 テラス席で俺たち四人は頭を抱えた。



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