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13話「老獪と老練の狭間にいる司書」(ライス)



「金ならある!」

 シャルルにそう言うと、「はいはい」とあしらわれた。


 人族の国の王都である。

一昨日、王都にカフェを開くことを思いつき、北方にあるエルフの里から南西へ向けて一気に移動を開始。基本は乗合馬車だが、魔物が多くあらわれる森や谷は徒歩で進んだ。

 エルフの里にうんざりしていたシャルルもついてきている。たぶん、暇なのだろう。

「カフェを開くなら看板娘が必要ですよ」

 娘という年齢はとうに過ぎているはずのシャルルだったが、見た目は若い。種族の特性というやつだ。


 そんなシャルルと一緒に、物件を探しているのだが、都合のいい空き店舗がない。

「金ならあるのになぁ……」

「お金で買える環境には限界があるのですよ。どうせなら、空き家を改造しましょう」

 不動産屋を回ったが、良い店舗は立地もいい。

「流行ってしまうな」

「いいじゃないですか。カフェが流行れば儲かりますよ」

 シャルルは自分が着る服を選んでいた。王都だと、衣服の選択肢も多い。

「目的が違う」

「だったらどうしてカフェなんです?」

「人の出入りが激しくても変じゃないし、じっと通りを見ていても怪しまれないだろう。いいか? 俺は王都の情勢なんかどうでもいいが、冒険者ギルドの蔵書に用があるんだ」

「蔵書になにが書かれてるっていうんです?」

「冒険の記録だ。冒険者たちのな」

「誰かの冒険が役に立つっていうんですか? 冒険は自分でするから意味があるんですよ」

「シャルルはわかってないな。東方に行こうとしているのは俺だけじゃない。バカな冒険者たちがちゃんと失敗してくれてるんだ。わざわざ自分が失敗する必要はない」

「あいかわらず握り飯ですか」

「それが俺の呪いだからな」

結局、冒険者ギルドの裏通りにある空き家を買い取ることに。

表通りほど人も混んでいないので、流行りの店になることはないだろう。目的はカフェ経営ではなく、冒険者ギルドの情報を盗み見ることだ。勇者だった前世で蔵書はほとんど読んだが、今生での数十年で見つかった記録があるかもしれない。後任も雇っているので、会わないと。


「今どき王都に賃貸じゃなくて、家ごと買うなんて先見の明があるね」

 不動産屋は笑っていた。戦後、もう少ししたら王都の地価が上がるらしい。

「上がったら売るつもりだよ」

 契約をしてその場で家を買い取る。カフェを開きたいというと不動産屋はリフォーム業者の手配もしてくれた。

 翌日にはリフォーム業者がやってきて、作業を始めてくれていた。

「王都は、生き急いでいるな。なにごとものんびりいかないもんだ」

 リフォーム業者にはカウンターの位置だけ指示を出して、テーブルや椅子、調理器具はこちらで揃えることになった。

 シャルルが適当に好きな家具を買い、調理器具は俺が選んだ。

 

 一日に一度、冒険者ギルドの本部に行き、3つの大きな掲示板を見ておく。掲示板に張られた依頼を確認するためだ。

本部というだけあって依頼数が多いし、王都だけでなく周辺の町の依頼も張り出されている。高ランク、中ランク、低ランクと分かれており、見ていると、どこで誰が困っているのか、どういう業界が儲かっているのか、また争いの種はあるのか、町全体の動きが見えてくる。

「反物屋の羽振りがいいみたいだな」

「もうすぐ舞踏会でもあるんじゃないですか? ドレスの受注が多いんでしょう」

 掲示板を見ながらシャルルが答えた。

「農家からの依頼もある」

「害獣駆除でしょう」

「まだ種まきの時期だぞ? 作物が育ってないのに害獣が来るなんて変だ」

「確かにそうですね。冬眠明けに、腹をすかせた魔物が森から出てきてるのかもしれませんね」

「そうか。ま、王都だから誰かが対応するんだろう。春だから引っ越しも多いみたいだ」

「荷運びの依頼ですか。こっちは貴族の指輪探し。廃墟方面って何してたんでしょうね?」

「浮気だろう。旦那は領地にいて、王都で嫁が羽を伸ばす。舞踏会前に指輪が見つからなかったら、家を追い出されるんじゃないか? だんだん、値段を上げてる」

 依頼の報酬が何度も横線で消され、徐々に高くなっている。

「偽物を作ったほうが早い」

 他には強盗や逃亡奴隷の捕獲協力の依頼もあったが、特に気にならなかった。

 目的である図書室は二階にあり、高ランクにならないと入れない。知り合いがいるはずだが、夜中にならないと出てこないだろう。

 買った荷物を作業中のカフェに置いて、業者に挨拶し宿へと帰る。



「で、その冒険者ギルドの職員っていうのはどんな格好をしてるんですか?」

 宿の部屋から外を見て、シャルルが聞いてきた。宿は大通りと広場を挟んで冒険者ギルドの斜め向かいにある。正直、高級宿だが、金に糸目は付けない。

 夕飯は濃いめの野菜スープと牛肉のステーキ。シャルルが部屋で食べたいというので、部屋まで持ってきてもらった。食堂は口説かれたり、喧嘩をしたり、面倒なのだそうだ。

「どんなって、普通の小人族だよ。たぶん、男か女かわからない格好をしているはずだ。老婆になっているだろうけど」

「さっきから冒険者ギルドの方を見てますけど、そんな人は見ないですよ」

「だから、宵の内は出てこない。魔石灯の明かりが消えた頃に出てくるさ」

 黙って夕飯を平らげ、シャルルが外を見ながらカフェの献立を考え始めた頃、冒険者ギルドから白い玉ねぎ頭の小さい老婆が出てきた。

「老婆が出てきました! あれが荒くれ者を束ねる冒険者ギルドの職員ですか?」

老婆はゆっくりとした足取りで広場の噴水まで行き、縁に腰を下ろした。

「もし、眼鏡を取り出したら、ヤツだ」

「あ、出しましたよ」

 老婆は眼鏡をかけて夜空を見上げた。

「よし、じゃあ、俺たちも噴水に行くか」



「目ん玉、沸騰する前に外した方がいい。いくら魔力の調節が上手くなっても、手彫りの魔法陣は経年劣化するんだからな」

 噴水に近づきながら、老婆に話しかけた。

「誰だか知りませんがね、これは前の勇者様から頂いたれっきとした魔道具です。その辺のゴミ屑とは全く違う代物。心配無用に願います」

 上を向いた体勢のまま老婆が答えた。

「毎日、そうやって目を温めて眼精疲労を回復させてきたのか?」

「そうです。私は重要な任務の最中ですから」

「だったら、俺は任務を依頼した使いの者だ」

 そう言うと、老婆はようやく魔道具の眼鏡をはずして俺を見た。

「ふん、本当にあなたが使いの者ですか?」

 老婆は俺を値踏みするように靴から頭まで見てきた。

「使いの者というか生まれ変わりだな」

 隣にいたシャルルは「言ってもいいのか?」と俺を睨む。

「はっ、おとぎ話は嫌いじゃありませんけど。今生では何を?」

「商人だったが、途中で戦争に巻き込まれてね。少々軍人を齧っていた。東方への記録は取ってあるか?」

「依頼内容は知っているようですけど、目的は何です?」

「目的は握り飯。他に求めていない。長い間、任務ごくろう」

「随分、長く待たせましたね」

 老婆は肩を震わせて「くふふふ」と笑いながら立ち上がった。

「ちょっと遅いですよ。私もこんなに老けてしまって、東方への旅に同行できるかどうか」

「そう言うな、テレサ。ん? ちょっと待て、旅に付いてくるつもりか?」

「当たり前じゃないですか! 私だってその握り飯というものが食べてみたいんですから!」

 老婆ことテレサは人差し指を俺の胸に突き付けて声を荒げた。

「それで、今はなんという名前なんです?」

「ライスだ」

「ライス? ふざけた名前ですこと。そちらのエルフのお嬢さんは?」

「シャルルと申します。軍人時代の部下で、隊長には随分お世話になり、王都までついてきてしまいました」

「そうですか。この方のお世話は大変でしょう? 話半分に聞いておいた方がいいですよ」

「ええ、その辺はもう慣れました」

 シャルルの言葉にテレサは大きく頷いていた。

「ちょっとライスさん、夜食が食べたい気分なんですけどね」

「ああ、じゃ、その辺の屋台で食べるか? 俺たちはもう食べた」

「何を食べたんです? 私にも同じものをください」

 テレサは年老いて、図々しくなったようだ。

「乙女は卒業しました。老練になったと言ってくださいまし」

「心を読むなよ」

 シャルルは俺の腹を肘で小突いて「テレサさんは人の心が読めるんですか?」と小声で聞いてきた。

「王都にいる冒険者ギルドの職員は人見が得意になってしまうんですよ。お嬢さん」

 テレサはそう言って、「宿はあれですか?」と俺たちの宿に歩いて行ってしまった。



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