12話「父からのギフト」(リズ)
貝柱先輩はあまりカニの養殖について知らないらしく、図書室で調べるように言われた。それよりも今は池のヘドロを掃除して、水草を入れたいのだとか。
「がんばってください」
「お、おう」
応援してからダンジョンを出て図書室へ向かう。
「大蔵先生、図書室はどこにありますか!?」
ダンジョンの入り口で穴を掘っていた大蔵先生に聞いた。
「うわぁ! びっくりさせないでくれ。養魚地はどうしたんだい?」
「貝柱先輩はカニについてあまり見識がないそうです。だから図書室で調べようと思って」
「そうなのか。図書室は、森の反対側にあるんだ。結構遠いから、人に聞いた方が早いかもしれないよ」
「ありがとうございます。ところで、なにしてるんですか? 落とし穴ですか?」
大蔵先生はギクッと驚いて、首を横に振った。
「いや、ちょっと酒の肴にチーズの燻製でも作ろうかと思ったんだ。別に罠なんか仕掛けるつもりはないよ」
「そうですか。皆、それぞれ違うことをしてるんですね」
人族の剣術学校では、皆同じように素振りしてたけど、魔族の学校はバラバラの事をしている。
「サボると、どんどん同級生に追い抜かされるからちゃんと勉強するんだよ」
「はい」
大蔵先生に見送られて学校に戻り、反対側へと向かった。
ただ、学校の中庭はジャングルになっていたり、道場から先輩たちが吹っ飛んできたりして、自分がどこにいるのか迷う。人族が珍しいのかたくさん視線も感じる。
玄関ホールにある地図で何度も確認していたら、薬学の先生だという髪が蛇の魔族に話しかけられた。
「ミチマヨの人ですか?」
「ミチマヨ?」
「道に迷ってらっしゃる?」
「はい。図書館を探しています」
「なら、こっちよ」
ゴーゴン族だという魔族は、私の先を歩いてくれた。
この魔族の動きには嘘がある。顔は優しい笑顔を作っているのに、私を警戒しているみたいで隙がなさすぎる。後ろからも敵意ある視線を感じるから、どこかで私は襲われるんだろうな。
「ふふ」
思わず笑ってしまった。襲われたときに何をすればいいのか、どう動けばいいのかが明確にイメージできる。ライスはまるでこの時を予測して、私に戦闘の訓練をしてくれたみたい。
「どうかした?」
「いえ、やさしい魔族もいるんだなって思って……」
ほら、敵になら嘘もすらすらと出てくる。
廊下を進んだけど、なかなか襲ってこない。たぶん、私が後ろにも警戒しているからだ。なるほど、この場合は隙を作って襲わせればいいんだな。ライスの悪だくみしているときの顔が思い浮かぶ。
「そろそろ図書室ですか?」
「ええ、その角を曲がれば、見えてくるわ」
角を曲がった瞬間、ゴーゴン族は私の死角から、瓶に入った液体をかけようとした。
私は棒を回してゴーゴン族の手首を打ち、魔封じの杭を足の甲に突き刺した。同時に、後ろをつけていた誰かに向けて杭を投げる。柱の陰から「ウゲッ」という声が上がったので当たったらしい。
距離を取って、状況の確認。
ゴーゴン族の手から落ちた瓶の中身はやはり毒だったようで、絨毯が焼け焦げている。当の本人は目からなにかを私に向かって放とうとしていたが、魔法が封じられているので自爆して「目がぁ!」と騒いでいる。
柱の陰から蛇頭の男が苦しそうに、肩に刺さった杭を掴みながら倒れた。毒は塗っていないから、演技かもしれない。距離を詰めて、棒で顎を外しておいた。
「どういう状況だ!?」
たまたま廊下を歩いてきた骸骨剣士くんが、驚いていた。
「や、奇遇だね。悪漢に襲われたんだよ」
「襲われて叩きのめしたのかい?」
「そう。同じ授業を受けているよしみで、ロープか紐を貸してくれない?」
「え? ああ、ノートを閉じる紐ならあるよ」
骸骨剣士くんはポケットから紐を数本取り出した。私はその紐でゴーゴン族の手首と足首を縛り、蛇頭の男も同じように縛り上げた。2人とも危険なので杭は刺したままにしておく。
「図書館に調べ物をしにいく途中かな?」
骸骨剣士くんに聞いた。
「人族の君もそうなんじゃないの?」
「そうなんだけど、このままにしてはおけないでしょ?」
床に転がっている2人を見ながら骸骨剣士くんを見た。
「……わかった。手伝うよ」
「ありがとう」
私がゴーゴン族を担いで、骸骨剣士くんが蛇頭の男を背負ってくれた。
「私、リズ。よろしく」
「僕はカルシウム・雪夫。入学早々、大変だな」
「そうでもない。さっそく友達ができたから」
私たちはそのまま玄関ホールまで行き、鉄の鎧を着た魔族の前に置いた。学生ではないし、教師というわけでもなさそうなので、警備の仕事をしていると思ったからだ。
「お疲れ様です。暴漢2名、捕縛しました」
「……」
動けないのか、警備の魔族は黙ったままだ。
「おい、リズ。これは鎧の置物ではないのか?」
雪夫が聞いてきた。
「いや、これだけ魔力が出てるのに、置物ってことはないよ。あの、暴漢……」
「うむ。しばし、待て。いま警備主任が来る」
鎧の魔族が口を開いた。
言われるがまま待っていると、牛頭できっちりとした制服姿のミノタウロスがのっしのっしとゆっくり歩いてきた。近づくにつれその巨大さが際立つ。身の丈、3メートル超。角が二階の踊り場まで届いている。
「警備のゴズだ。監視烏がすっ飛んできた。状況の説明をしてくれるか?」
ゴズが聞いてきた。
「襲われたので捕縛しました」
「襲われた時の状況は?」
「ゴーゴン族が私を図書室に案内しようとして、蛇頭が後ろからつけてきました。襲われることが予測できたのでカウンターを……」
「なにか違和感があったと?」
「顔は笑っているのに、警戒した動きだったのであやしさしかありませんでした」
「うぅむ。人族のリズと言ったな。学校の敷地は広大だ。こういう部外者も入ってくることがある。これからも身を危険に晒すことがあるかもしれんが、学校生活は大丈夫か?」
ゴズは屈んで、リズと同じ目線になって聞いてきた。
「この程度の相手なら大丈夫です。ただ、私の武術は相手の動きを止めることしか教わっていません。殺し合いに来た相手への対処はまだ習得できていないと思います」
杭の投擲に棒術では相手の動きを止めることはできても殺傷能力は低い。止めたあと、どうするかは自分で決めろと教えられている。
「学生に向いている。暴漢については本来、こちらの警備が対処するはずだった。危険な目に遭わせて申し訳ない。時間を取らせたな。勉学に励んでくれ」
ゴズは頭を下げて、暴漢2人の首根っこを掴んで持ち上げ去っていった。
「殺されるかと思った」
鎧の魔族がそう言って大きく息を吐いた。
「図書室には私が案内する。2人ともついてこい」
鉄の鎧に連れられて、私と雪夫は図書室へと向かった。
図書室は前に泊まった町の宿と同じくらいの大きさで、本棚が並んでいる。ヤギ面の司書さんにカニの養殖についての本を尋ねると、本を4冊選んでくれた。
「窓際に椅子と机があるから使うといいぞい。ノートと鉛筆は忘れ物箱の中に入ってるからいくらでも持っていくといいぞい」
司書さんは「ぞいぞい」と言いながら、親切にしてくれる。ちょっと落書きされたノートと、「鉛筆」という筆記用具もくれた。ナイフで削って使うらしい。便利だ。
誰もいない窓際の机で、一人本を読む。そもそも人族の言葉も読めるかあやしいのに魔族の言葉を読めるのか不安だったが、フィットチーネのお陰で言葉が音声として耳に入ってくるので理解できた。
カニの養殖の歴史は失敗の連続で、天敵や共食いでうまくいった例が少ないという。個体別で保護しながら、環境を整えていくしかないらしく、土木系の魔法が有効とのこと。
「魔法は得意じゃないんだよなぁ、と顔に書いているな」
いつの間にか目の前に、機械の身体の魔族が座っていた。目が赤く光っていて、口は大きい。全体的にこげ茶色だが、さび付いているわけではないようだ。
「誰?」
「シェーンと呼ばれている。マシン族だ」
「リズ。人族」
「知っている。あの、今はなんて名前だったかな……」
シェーンは目を点滅させながら考えているようだ。
「ライス?」
「そう! ライスの古い部下というか友人だ。遅れてすまない。ヨネが来るまでの間、リズの護衛をしろと言われている」
「護衛!? 私に?」
「ああ、さっき襲われたって聞いたぞ」
「うん、あれくらいなら大丈夫だけど……。私って狙われてるの?」
「まぁ、人族だからな。しかもライスの娘だ。ライスを恨んでいる奴は多い」
「そう、なんだ……」
ライスが魔族だったのはすごい昔なのに、恨みが時代を超えるなんて不思議だ。
「腑に落ちないって顔だな。本当のことを言おう。リズを狙っているのはヨネの支持者たちさ。いろいろと説明は難しいが、ヨネは魔王の継承権を捨ててる。だが、それでもヨネを推す声は後を絶たない。そんな時に、ライスの娘という人族が現れた」
「私、魔王になる気なんてないよ」
「わかっている。ただ、勝手に不安になる魔族たちがいるってことだ」
「ふ~ん」
なんか私の知らないところで、いろいろ起こっているみたいだ。関係ないのに。
「大丈夫、俺が守る」
「どうでもいいけどカニってどこで捕まえられるの?」
「カニ? あの海とか川とかにいるカニか?」
「そう! この辺りだとどこにいるかな? カニクリームコロッケを一から作りたいんだ」
「リズ、ライスに似てるな」
シェーンは体中から煙をシューっと吐き出していた。




