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10話「最高戦力は突然に!」(ライス)


 シャルルは顎に手を当てて、身を乗り出した。

「毒を持って毒を制すってことですか? もしくはとんでもない回復薬を作り出すと?」

「いや、そんな大層なものじゃなくていいよ。ほら、そこの井戸水で十分」

「水!? 水源の買占めですか? そんなことしたら……軍が動いてきますよ」

「シャルルは騙す発想が大げさなんだよ。液体なら、なんでもいいんだ。どうせバレるのは時間の問題なんだから。そうじゃなくて、騙している間にどういう情報を取れるかって話だろ?」

「さっぱり話が見えませんけど?」

「つまりだ。井戸の水の名称を変えればいい」

「井戸水じゃなくて、透明な水とかですか?」

「今のエルフの状況を見ると、そうだなぁ、『魔法が定着する薬』を開発したとか?」

「そんなの全く嘘じゃないですか!」

 シャルルは呆れたように、寝ている俺の足を叩いた。

「詐欺なんだから当たり前だろ。ほら、エルフの薬学も流出したんだから、違う発想をする種族もいるかもしれない。今ならこの詐欺は行けるぞ!」

「いや、いけたらまずいじゃないですか!? エルフの今の仕事が全部なくなっちゃいますよ」

「だろうな」

「だろうなって……」

 魔法が定着したら、舗装した道もトンネルも修理する必要がなくなるし、魔力の補充もいらなくなる。

「賃金が安くなったのに、さらにその仕事まで奪ったら暴動が起こりますよ」

「暴動が起こる前に検証しろと騒ぎ立てるはずだ。自分たちの長年信じ続けた薬学が負けたと思いたくないからな」

「心理を突きますね」

「プライドの高い連中の行動は予想しやすい。しかも検証には時間がかかる。騒いでいる間に自分たちの仕事がなくなれば、嫌でもバカを見るさ」

「エルフたちには、いい薬になりますかねぇ」

 疑り深いシャルルがそう言って腕を組んだ時、強い風が部屋の中に吹きこんだ。その風に乗って微かに魔力も感じる。誰かの探知魔法か。

「嫌な風ですね」

 シャルルは裏口の扉を閉めた。

「『魔法が定着する薬』に注目するのはエルフだけじゃないぞ」

 俺は風を無視して、話をつづけた。もし誰かが、こちらを探っているのだとしたら、会話を続けた方がいい。警戒していることが相手にバレて逃げられたら、正体がわからなくなってしまう。

「権力者たちもだ。精神魔法を定着させたら洗脳し放題だからな」

「でも、権力者に頭の悪い人は少ないですよ。信じますかね?」

 ドア近くの壁にシャルルは移動しながら、俺に聞いた。

「可能性が少なくても、あるかもしれないと思わせれば勝ちだ。相応の価格をつければ、信用もついてくる。それに検証している間に、早い者勝ちで売りさばけばいい。ライバルや邪魔な上司を蹴落としたいと思う奴はいくらでもいるし、権力闘争をしている奴らほどそれをよく理解している」

「でも、結局は嘘なんですよね?」

「もちろん、嘘だ。なんども言うように、この詐欺はある程度売れたらバレてもいいんだよ」

「どういうことですか?」

「誰かを洗脳させようと思っている顧客のリストが入れば、揺すりにたかり、なんでもできる。特に冒険者ギルドには金も野望も集まってるんだろう?」

 顔がニヤついてしまう。

「人の弱みに付け込んだ立派な詐欺ですね? 隊長が牢に入ったら、差し入れは持っていきます」

「だけどこういうことを考えてるのは俺だけじゃない」

「他にそんな変なこと考えている人なんていませんよ」

「いや、『悪い奴の気持ちと行動を考えよ』と叩き込んだ弟子がいる。どういうルートで来るかはわからないが、俺に邪魔されないように一言断りに来るさ」

「それがさっきの風を放った正体ですか?」

 シャルルは小声で聞いてきた。

「ああ、もう正体を隠す気はないようだな。魔力がビンビン伝わってくるだろ?」


 コンコン、ガチャ。


 ドアのノックが聞こえ、こちらの返事も聞かずにドアが開いた。


「こちらに馬泥棒がいるはずなんですが……?」

 1年前とまったく変わらない勇者が立っていた。

「あの馬はちょっと借りたんだ。新しいのを返すはずだ」

「そうですか。座っても?」

 勇者は勝手に丸椅子に座った。

「シャルル、悪いけど茶を出してやってくれるか?」

「ここには毒消しのお茶しかないですよ」

「ああ、味なんかこの勇者にわかるわけない。なんでもいい」

 俺が軽口を叩いても、勇者は嬉しそうに笑ってるだけだ。

「それで、何しに来た?」

「山に籠ってた影武者が動いたと聞いて、飛んできました」

「回りくどい! 俺が動いたくらいで、国の最大戦力が動くわけないだろ。要件を言え」

「師匠に相談しに来たんです。精霊たちから聞きました。先ほど話していた『魔力が定着する薬』の件について、僕も似たようなことを考えていたので」

 勇者は精霊の声を聞ける。そして精霊はどこにでもいる。勇者に隠し事をしてもあまり意味がない。

「精霊も碌な話を聞いてないな。どこまで聞いた?」

「ほぼ聞いていました」

 シャルルが勇者にお茶を出し、壁際で待機。争うつもりはない。

「あんな与太話を信用するのか?」

「僕も詐欺をするなら、同じようなことをすると思ったので、信用できるかと」

「俺はシャルルから、冒険者ギルドとエルフの現状を聞いただけだぞ」

「平和になった王都では今、婦女暴行や誘拐が広まってます。頭のおかしな変態が増えてしまった。ただ、その変態は教会の権力者だったりして、なかなか逮捕できない」

「だから、悪いことをしそうな権力者のリストが欲しい?」

「その通り!」

 勇者は俺に指をさしながら、お茶を飲んだ。

「嘘つけ! そういう仕事は衛兵たちとやればいい。そんなことのために、ここまで相談しに来たんじゃないだろう? もっとデカいなにかが動いてるはずだ」

「うわっ、このお茶、苦いですね」

 勇者はとぼけるのが下手だ。

「言いたくなきゃ帰れよ。俺だって暇じゃないんだぞ」

「予知スキル保持者、国王お抱えの占い師、農家、漁師、遊牧民の長、皆同じことを言います。『気候が変わってる』と」

「そうだろうな。国民全員が思ってるんじゃないか?」

「おそらく、最も信用できる予想では大陸全土で近い将来『寒冷期』が来ます」

 寒冷期が来ると、作物が育たなくなる。

「せっかく統一したのに飢饉が発生すれば、内戦が起こりかねない。内戦の相手は、民がすがる宗教か。アホに権力が集中したり、宗教が強権を持つと、文明が衰退することがあるんだぞ」

「歴史家たちもそう言ってます」

「今のうちに、宗教家のお偉方に手綱つけて、国と宗教の力関係を示しておきたいってことか」

「そういうことです。僕らが戦って統一した意味がなくなりますから」

 俺は呆れて、ベッドの上で胡坐をかいた。

「くだらねぇなぁ! お前が踏破したダンジョンで作物育てられるようにした方がいいんじゃないか? 家畜も魚も養殖できるようにすればいいんだ。そうすりゃ飢饉も起こらない」

「だったら師匠がダンジョンマスターをやってくださいよ。魔力が枯渇しちゃって、なんにも育ちませんから」

「ずいぶん簡単に揺らいでくれるじゃねぇか。どうなってんだこの国の屋台骨は!」

 結局のところ、王族や貴族の領地経営に自信がないのだ。統一して領土が広くなった。知識も広がって、慌てているのだろう。

「グズグズで崩壊しかけてます」

 それを聞いて、黙って聞いていたシャルルは自分でお茶を淹れて、何杯も飲んでいた。本当は酒を飲みたい気分なんだろう。俺も同じ気分だ。

「師匠、『魔力が定着する薬』の件、うちでやらせてもらえませんか?」

「公式で国民を騙そうと?」

「軍にも特殊情報部隊が出来ました。犯罪の抑止にも繋がります」

「偉そうなことを言ったって、やってることは優秀な人材の排除だぞ?」

「わかってます」

「じゃあ、勝手にやってくれ。俺は見てる。ただし、冒険者ギルドにガサ入れするときは必ず行くからな」

 冒険者の履歴を見て、東方への道を探るためだ。


「勇者引退したっていいんだからな! とっとと後任見つけろ!」

 帰り際の勇者に胃薬だけ投げて渡しておいた。

勇者は手を上げて返していたが、苦難は続きそうだ。

「隊長、本当になにもしないで見てるつもりですか?」

 シャルルが聞いてきた。

「ああ、冒険者ギルドの本部って王都にあるんだろ? 近くにカフェでも作ろう。最前席で見てようぜ」

「この人は本当に……!」

 


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