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1話「呪われた隊長」

 数年前まで商人だったはずの俺が、なぜ戦場にいるのか。

 この戦争を終わらせるためだ。



 3万年前、俺は神に捧げる握り飯を盗み、食べた。あれほど美味いものを俺はまだ知らない。今生の目的も、腹いっぱいのにぎり飯。ただ、それをきっかけに東方の神が俺を嫌ったらしい。死んだらいつも転生先は砂漠や島、極地など。寿命を迎えることなく、疫病や戦争で死に続けた。

 俺は3万年もの間、米を主食にしていた東方での転生に失敗している。


 もう一度、あのにぎり飯を腹いっぱい食いたい。そう何度思っても、目の前には麦の固いパンだけ。いや、パンだって美味しくないとは言わない。でも、何度転生しても、あの味を忘れることができないでいる。

 それが俺の呪い。

 神に左右されるような人生なんてまっぴらごめんだ。そう思って船で東方を目指したこともある。高波に阻まれて、陸地にたどり着くことはなかった。

 賢者になって魔法で東方へ旅立とうとしたこともあるが、弟子を優秀に育てすぎて殺された。

 他人とは違う欲望があるというのは、共感が得られないもので、大商人になったときは、店ごと乗っ取られたりもした。

 魂に刻まれた呪いは強力だ。

 前々世は魔王になった。魔王として配下の魔族たちに米を探させたが、東方で栽培しているという情報だけで、魔境の向こうにある東方に行かせた配下は帰ってこなかった。

 前世は勇者だった。東方に行こうにも魔族の国との戦争に明け暮れて、停戦条約を結ぶので精一杯だった。

「今生こそは」と商人になって東方への船へ乗り込もうとしたら、人間同士の戦争に巻き込まれ、あっさり勇者の影武者として徴兵された。前世が勇者だったこともあるし、今の勇者は俺の弟子なので、考えを読みやすい。できる限り、最短で戦争を終わらせるために、俺は影武者の職務を全うしていた。


「隊長! 騎兵隊がついてきています!」

 馬上の部下が前を走る俺に叫ぶ。

「ああ、このまま森の中を駆け抜けるぞ! どこかに立てこもれそうな場所はなかったか?」

「森の南に神殿があったはずです!」

「そこまで敵を引っ張るぞ! 足跡を残しながら進め!」

「了解です!!」

 森の中を、騎馬隊が駆ける。

 追っているのは敵国の勇者討伐を命じられた精鋭部隊。森の中といえども、馬が走れる道は限られている。少しでも道をそれれば断崖絶壁や、凶悪な魔獣が待ち受けているのが音と匂いでわかった。

 生まれ変わり続けていた3万年の間に、森での生活も熟知している。

「後ろの敵を少し減らしておくぞ。多少道なき道を行くが、案ずるな! すぐに違う道に出る。5秒後に右に展開しろ!」


 正確に秒数を計り、先頭の馬が右に進路を変え、藪の中に突っ込んだ。俺たちはそれに続く。

 数十秒後、後方で落下していく敵の悲鳴が聞こえてきた。断崖絶壁から3頭落ちたようだ。


「反響する音に注意を払え! 崖があるのか滝があるのかくらいはわかるようになる!」

 俺は部下たちにもわかるように教えた。

「そんな音を聞き分けられるのは隊長だけですよ!」

「バカを言うな! 死ぬ気で自分の身体に叩きこめ!」

「「「はっ!」」」


 部下たちは苦笑しながらも俺についてきてくれる変わり者ばかり。何度も生まれ変わったが、誰かの命令だけに従う者たちでなく、自分の考えで動いている変人たちは死にざまがきれいだし、上官としても楽だ。


 戦争にきれいごとは要らないが、こういう者たちと一緒にいると、どんな残虐な光景が広がっていても、自分を見失わない。


「隊長! この先急斜面の丘があるはずです! 上ったところに神殿が!」

 記憶力のいい部下が叫ぶ。

「よし、もう一息だ!」

 丘まで一気に走り、駆け上がる。

 神殿は豊穣の女神を祀っており、平時であれば神官たちが祈りをささげているが、今は逃げだしているはずだ。

 馬から飛び降り、神殿の扉を開けた。

 窓ガラスは割れ、ベンチがひっくり返っている。布切れや蝋などのゴミが隅に溜まり、砂ぼこりが漂っている。

 そんな中、一人だけ残っていた。


「逃げ遅れた獣人の娘か」


 年齢は10歳ほど。怯えていて、女神像の陰に隠れながらこちらを見ている。見れば手が真っ赤だ。床に血だまりが出きている。

「一人だけか?」

 問いただしても、こちらを見てくるだけで何も答えない。

「怪我をしているのか? それとも誰か殺したか?」

 血だまりの中に猿の尻尾のようなものが落ちている。殺したのだとしたら、死体の部位が足りない。血が渇いていないから、やはり自らの尻尾を切り落とした獣人の娘だろう。なんのために? 奴隷として売られたときに人族に紛れるためか?

 一瞬、3万年前に握り飯を捧げていた神が猿の顔をしていたことを思い出した。


「隊長、誰もいませんぜ!」

 神殿内を見回っていた部下が報告しに来た。他の部下たちは素早く扉に閂をかけて、割れた窓をベンチで封鎖し始めている。

 今は獣人の娘について考える時間はない。

「いや、一人だけいる。シャルル! 女神像の裏に幼い娘がいる。手当して拘束しておけ!」

 エルフの女性隊員・シャルルに指示を出しておいた。

「追手は!?」

 窓の外を窺っている隊員に聞いた。

「丘にはまだ上がってきていないです!」

「窓は封鎖し終えました。武器と怪我の確認に入ります!」

「籠城するなら3日が限界です!」

「隊長! 雲が……」

 続々と報告が入ってくる。

「雲がどうした!?」

「いえ、雲じゃないです! 変なのが空から来ます!」

 ワイバーンくらいなら倒せるし、竜種にも遭遇したことがある隊員だ。それが「変なの」というのだから、よほど奇怪なものが飛んできているらしい。

「上に出れるか?」

「鐘がぶら下がってますが、いけます!」

 隊員の一人が屋根の上に続く、梯子を教えてくれた。梯子が崩れていたが、壁に鉄製の杭を打って足場を作り、鐘撞場まで上がった。

 ひやりと冷たい風が頬を撫でていく。その風には腐臭が混ざっていて、鼻がもげそうになった。

 北東の空から、腐肉と腐臭をまき散らしながら、竜の形をした巨大な「変なの」が飛んできている。敵も味方も関係なく殺す、戦場にあってはならない異物だ。敵国の最後のあがき。

「ああ、とんでもなく変だな……」

 まっすぐこの神殿に向かってきているので、なにか術で操られているのだろう。おそらく呪いだ。呪いなら、俺の領分。

「ドラゴンゾンビだ! 全員マスクしろ! 呪いを落とすぞ!」

 階下に向かって叫んだ。

「「「はっ!」」」

 俺は部下たちの返事を聞いて、鐘に解呪の魔法陣を隠密用のドーランで描いていく。3万年も呪いを解く方法を求め、研究し続けてきた俺にとっては秒で終わる作業だ。

「ドラゴンゾンビ、森を腐食させながら通過! 丘の麓です!」

「了解! 鳴らすぞー!!」

 森の木々を枯れさせ、腐らせていたドラゴンゾンビが丘を低空で飛行してきた。腐敗する毒霧と大蛇のような腐肉が辺りを毒の沼に変えていく。

 俺は、鐘を思いきり鳴らす。


 ガラーーン!!!!

 

 ドラゴンゾンビの勢いが止まった。


 ガラーーン!!!!


 鐘の音が振動となってドラゴンゾンビにかかった呪いを上書きする。


 ガラーーン!!!!


 音が鳴るたびに、ドラゴンゾンビの腐肉が地面にぼたぼたと落ちて、毒の沼を作っていく。


 ガラーーン!!!!


 骨が見え始め、咆哮を上げるドラゴンゾンビが地面に落ち、そのまま毒沼に埋まっていく。


 ガラーーン、ガラーーン、ガラーーン!!!!


 豊穣の女神を祀る神殿の目の前に毒の沼ができた。


「終わったか」

 


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