秘密の保健室
あの、決していやらしい感じの話じゃないと思いますんで、素通りしないで読んでやってください。
感想待ってます!!
ある日の学校の放課後で、保健室で私と先生のふたりきり。窓から差し込む夕陽が先生の顔を照らしていた。時々メガネの縁に反射してちらっと光る。私は高鳴る胸の鼓動を抑え、平静を装いながら先生の横顔を見つめた。
「あの、先生?」
「ん?」
「優しく入れてくださいね」
「分かってるよ。こう見えて俺は経験者だ」
「私初めてなんですからね。あまり痛くしないでくださいよ」
「俺はうまいから痛くしないよ。でも痛かった場合、そのときは…」
先生は作業していた手を止め、私に向き直って言った。
「我慢して」
「えー」
「おまえ病院の先生に1回入れてもらったんじゃないのか?練習とかもするし」
「それがその医者入れるのが下手ですんごい痛かったんですよ」
「それはとんだヤブ医者にかかったな。……おいどこ行くんだよ碧」
「ぬはっ」
保健室からこっそり逃げようとした私を先生の大きな手が逃がさなかった。私は先生に手を引かれてそのままベッドに座らされた。先生が歩くと風で先生の真っ白な白衣がふわっとなびく。
「君がやってくれって言ったんだろう。さ、ヘンに緊張しないで。リラァックス」
先生は私の肩を両手でつかんだ。
「リ、リラァックス…」
先生はにっこり笑っておもむろにカーテンを閉め始めた。
「別にカーテン閉める必要もないでしょう?この時間帯人あんまり来ないし」
「誰にも邪魔されたくないからね」
先生はいたずらっぽく笑った。
「もし誰か来たらどうするんです?」
「いないふり」
「その人が怪我人だったら?」
「少しの怪我だったら絆創膏でも貼って帰るさ」
「じゃあものすごい重傷者だったら?」
先生は宙を見上げて、少し考えてから言った。
「それは保健の先生としての義務だ。診てやるしかない。さあ時間稼ぎはやめて、おとなしくしなさい」
「うっ…」
先生は私の心を見透かしているように不敵な笑みを浮かべている。
「力を抜いて…じっとしてて…」
「あ…」
保健室の前を何人かの女子たちがキャーキャー言いながらバタバタと走っていくのが聞こえた。すぐ傍で先生の息遣いが聞こえる。
「目が泳いでちゃ入れられないな。まっすぐ前を見ないと」
「前って言っても…」
「俺を見て」
ドクン…と心臓が跳ね上がって私の身体の体温が急上昇し始めた。先生の甘い声が私の脳を支配する。先生に伝わってしまうんじゃないかと思うくらいに、胸の鼓動が私の身体を響かせる。意を決して先生の顔を見上げた。
「いい顔だ」
先生は満足したような顔をして、私の顎に軽く触れた。右手の人差し指の腹に乗せたコンタクトをゆっくりと私の眼の中に入れた。
「…入っ…た?」
「痛いか?」
「いや、痛くないです」
「はい次は左目」
「えぇ!いやちょっと待ってくださいよ。そう焦らず騒がずゆっくりと…」
「焦って騒いでるほうは君のほうだけど。右目はうまく入れられたんだから、左目もすんなりいくさ。俺を誰だと思ってる」
「え、藤崎先生でしょ?」
先生は眉を下げて呆れたみたいに笑った。
「はははは…ごもっとも。はい、もう1度こっち向いて」
途端に先生は真顔に戻る。私はその先生の言葉に促されるまま、再び先生の顔を見上げた。右目のときと同じ要領で、先生の言葉通りに左目もすんなりとコンタクトは入った。
「はい、よくできました。気分はどうですか?」
「あぁ…はい。お上手ですね」
「そりゃどうも。今度からは自分で入れられるようになれ。コンタクトの1つや2つくらいどうってことないだろ?」
先生はカーテンを勢いよく開けながら言った。
「無理ですって。怖くてとてもひとりじゃ入れられませんよ。しばらくは先生が入れてくれると嬉しいなぁ、なんつて」
「甘ったれるな 人に頼るな 自分でできるようになれ」
背中で語る先生の口調はちょっときつめ。ポケットに手を突っ込んで「ふー」と鼻でため息をついた先生は、私に向き直って言った。
「おまえ眼鏡のほうが合ってるんじゃないのか?」
「嫌です。ほら、私卓球部でしょ?やってると眼鏡のフレームが邪魔になって球を追いづらいんですよ」
私はちょっと俯いて言った。
「でも君が眼鏡をかけているところは見たことがないな」
「ぶっちゃけた話、私眼鏡あまり似合わないんです。先生にはあまり見られたくないから…」
「……そう」
ポケットに手を入れたまま、先生は私に近づいてきた。私の顔を見ながら「うーん」と少し考えて再び口を開いた。
「そのままの君でもいいけど…」
ポケットに入れていた右手を出し、自分の眼鏡を外して私にその眼鏡をかけさせた。
「こういう君も見てみたい。悪くないと思うよ」
先生は私を包み込むような優しい微笑みを浮かべた。思わず息を止めて先生の目を見つめてしまった。私はうろたえながらもなんとか口を開いた。
「な、何カッコつけてんですか。バッカじゃないですか。てか度ぉキツッ」
「あぁコンタクトしてたんだった」
慌てて眼鏡を外して先生の胸に突きつけた。また体温が急上昇していく。動揺した顔を見られたくなくて片腕で顔を覆ってみたけど、きっと先生は気づいてる。
先生は眼鏡を受け取ると私の頭を軽くなでて私から離れた。それから先生は椅子に座り、机の引出しのファイルを取り出して何か作業を始めた。
「そろそろ部活に行きなさい。コンタクトにしたんだからもう大丈夫だろう?」
「……はーい」
少しの間先生の背中見つめていたけど、まだ何かに期待している自分に気づいて空しくなったのでやめた。しかたなく重い腰を上げて部活に行くことにした。それでも先生と同じ空間にとどまっていたくて、思いつくものを口に出しながらゆっくりゆっくりドアへと近寄る。
「先生さっき経験者だとか言ってましたけど、先生ってコンタクトするときあるんですか?」
「ああ大学のとき一時期してたけど金がかかるからやめたよ」
「ふーん。でも先生は眼鏡かけてないほうがかっこいいと思うんだけどなぁ」
「ふん、そりゃどうも」
まったく、先生はつくづくつれない男だよね。もうちょっと嬉しそうにしてもいいのに。
ドアに手をかけてちょっとため息をついてみた。何か言ってくれないかなぁ、なんてまだそんな期待をしている自分はまだまだ子どもだ。
「あぁそうだ」
私の気持ちを察したのかどうかは知らないけど、先生が声を掛けてきた。
「目に何か異常を感じたときはまた保健室に来なさい。診てやるから」
自然と口元がほころびて顔がにやけてくる。
「はいっ。失礼しました」
ドアを閉めるとき、先生がでひらひらと手を振っているのが見えた。