八話
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「駄目だ!」
「ええー、なんで!?」
「危ないからに決まってるだろうが」
アンの放った魔弾によって跳ねあげられた池の水をたっぷり頭からかぶったアンは、同じく水浸しになった父にすぐさま魔道弓を没収された。
「いつ暴発するかわからねえもん持たせてられるか。これは祭りが終わるまでお預けだ」
「次はもっと上手く使える気がするんだよ」
「だから、その練習を村が落ち着いてから始めろって言ってるんだ」
「でもー」
「次文句言ったら二度と使わせてやらん」
「けちー」
「なんか言ったか?」
「ハイワカリマシター」
どう足掻いても祭りが終わるまでは使わせてはくれなさそうだ。
ーーーマリーお姉ちゃんにいいところ見せられると思ったのになぁ。
濡れた髪も乾かぬうちに門にたどり着くと、そこには村長ともう一人。
「あ!カヴァン先生だ」
二人の姿を見たアンは手を振りながら駆け寄った。
「おお、二人とも無事だったか。村の何人かが池の方で轟音がしたと言ってきてな。それに、池に向かうお前たちを見かけたという者もいて心配していたのだ」
村長と村医者という村の重役二人が門の外まで来ている理由をろくに考えていなかったアンも、カヴァンの言葉を聞きその原因に思い至ると足を止めた。そしてあの爆発の後、すぐさま村に帰ると言った父の言葉の意味も。
「えっと、そのぅ……それはですね……」
「ん?どうした、アン。そんな所で立ち止まって、怪我でもしたのか?」
「いやあ、あれは多分いたたまれなくなったんだろうぜ」
「ローヤン、それはどういう事だ?」
「つまり、お前の言うどでかい音の原因があいつらなんだろうよ」
そう言うとローヤンは父が背負っていた弓を指差す。
「いやあ、すまん。明日の予行演習にと試し打ちしたら力み過ぎたみたいだわ」
「嘘つけ」
「お前がそんなミスするわけが無い」
「おいおい、信用ねえなぁ」
「信用してるんだよ、お前の腕前を」
父は「あ、そう」と短く返すとアンの横に並ぶ。そのまま強引に片手でアンの頭を押さえつけると二人分まとめてお辞儀する。
「すまん!」
「ご、ごめんなさい」
アンも慌てて一緒に謝罪する。
「いや、まあ無事ならいいんだけどよ。何があったんだ?」
「ああ、耳が良い者などかなりの怯えようだったぞ」
アンの思った以上にあの爆発音は村に届いていたらしい。アンはこの村に危険が迫っているわけでは無いことを二人に伝えなければいけない。
「私が魔導弓を使って、思った以上に威力が……」
「まぁそうだわな」
「なんと、アンがこれを使ったのか!ん?ローヤン、お前はわかっていたのか?」
「なんとなくな。アンが纏ってる魔素が普通じゃねえ。お前立ちくらみとかしなかったか?」
ローヤンはアンの目の前に立つと両手でアンのこめかみをグリグリと押してくる。
「えっと、弓を持ったとき少しだけ」
「だろうなぁ、そいつは魔素酔いだ。急に大量の魔素に囲まれて頭が疲れちまったのさ」
「おいおいなんだそりゃ?俺は聞いたことがねえぞ」
「土人のお前や耳長の俺には縁のない話だろうがな、カヴァン、お前なったことあるか?」
「子供の頃に何度かした覚えがあるな。成人してからはどうだったか」
どうやら二人は特に怒ったりはしていないらしい。少し安心したアンは今度はローヤンの手が気になり始めた。
「えっと、せんせ……ローヤン先生。さっきからグリグリしてるのはなに?」
「お前さんの頭ん中でぐちゃぐちゃになってる魔素を整えてやってるのさ。もうちょいこのままで辛抱してな。そういや、初めて魔素を感じてどうだった?」
「すっごく綺麗だったよ!」
「んん?」
「綺麗……だと?」
「これはこれは、アンは魔素が“見えた”のか」
「うん!こう、ピカピカ光ってて、ふわふわって。集まったり、グルグル回ったりしてたよ」
「何色だった?」
「えっと色々あったなぁ。青とか緑とか白でしょ、後ピンクとか水色も見えたけど……」
見える色を答えるたびに三人の顔が険しくなる。どうしてだろう?ローヤンと目が合うと彼の顔がぱっといつもの優しい顔に戻る。
「そうかそうか、それはさぞ綺麗に見えただろうな。ほれ、だいぶ楽になったろう」
「え、うん」
言われてみると確かにさっきまで感じていた倦怠感が抜けている気がする。アンは軽く首を振ったり跳んでみたりするがやはり随分楽になっている。
「すごく楽になったよ。ありがとうローヤン先生」
「ああ、今日はもう家に帰ってさっさと飯食って寝な。明日も早えし、魔素酔いってのは寝るのが一番治るんだ」
ローヤンはそう言ってアンの頭を撫でる。ちらりと父の方を見ると父はひとつ頷いてアンの背を押す。
「今晩はローヤンの屋敷に泊まるからお前一人で帰ってくれ」
「ん、わかった。それじゃあ、ローヤン先生カヴァン先生さようなら、おやすみなさい」
「気をつけて帰るのだぞ」
ペコリと下げたアンの頭にカヴァンの手が覆いかぶさる。半分は獣の姿をしたカヴァンの手は二人とは違い毛深くてふかふかしている。アンはカヴァンに頭を撫でられるのが昔から好きで事あるごとにねだっていたら、別れ際には毎回こうして撫でてくれるようになった。
「えへへ、ありがとうカヴァン先生」
それじゃあ、と別れを告げてアンは家路に着く。
今日は本当に色々いなことがあった。マリーに振り回され、マリーにからかわれ。
ーーーあれ?なんか今日大変だったのって大体マリーお姉ちゃんのせいなんじゃ……いやいや、まさかそんなはずは……
アンは一瞬頭をよぎった危険な考えを首を振って追い払い、さっき見た景色に想いを馳せる。
ーーー綺麗だったなぁ。
まるで宝石のように景色が眩く輝いていた。しかし今は不思議といつもと変わらない景色しか見えない。おそらくあの魔導弓を手に持っていたから見えた景色なのだろう。
ーーー早くもう一度見たいな。
焦ることはない。あの弓はもうアンの物なのだから祭りが終わればいつでも好きな時に持ち出せるのだ。それでもはやる気持ちが抑えられない。とはいえ今はあの弓は父が持っているし考えてもどうしようも無いのも確かだ。
仕方ないのでアンはローヤンに言われた通り最低限の家事を済ますとさっさとベッドに潜り込んだ。
瞳を閉じると池で見た景色が蘇る。今日はきっと良い夢を見るだろう。たくさんの光に囲まれて獣たちと森でダンスを踊ろう。そんなことを考えていると、あっという間にアンの意識は夢の中へと旅立って行った。