三話
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「お帰りなさい」
「ただいま、マリーお姉ちゃん。なんか大変なことになってるね」
アンがマリーの元に戻るとそこには大きな人だかりが出来ていた。正しくは婚姻を申し出る男達の行列、つまるところ今回の捕物競争の参加者受付会場となっていた。しかしよく見ると何かおかしい。
「なんで妻子持ちのおじさん達まで並んでるの?」
「せっかくのお祭りでしょ?盛り上げなきゃつまらないじゃない!」
「またそんな適当言って、お父さんに怒られても知らないよ?」
「その心配は必要ないわぁ。だってこれ、お頭のお墨付きだもの」
「お父さんの?」
どう言うことだろう?さっきまでの父はこの騒動を収めようとしていたふうに見えたのだが。
「最初のうちはね。私に告白してくる男達だけだったんだけどね、ある子が言ったのよ“俺が一番大きな獲物を仕留めて見せる”ってね。自分でも無理だってわかってるでしょうに見栄張っちゃってバカよねぇ、でもそこが可愛くていいわ満点よ」
「もしかしてそれって……」
「そうよぉ、それを聞いた年配連中が黙ってなくてねぇ。小僧が生意気だ!俺の獲物の方がでかいに決まってる!ってね」
くすくすと思い出し笑いするマリーの顔はとても穏やかで優しさに溢れている。
「男ってほんとバカよねぇ。歳なんて関係なし、みんな子供みたいに張り合って比べ合うの。だから私言ってやったわ。今年一番の獲物を仕留めた男は私が絶対幸せにしてやるってね!」
「ええ?そんなこと簡単に約束していいの?」
「いいのよぅ。だって一番になった時点で男って幸せだもの。あとは女がそれを認めてあげれば良いだけよ」
そんなものなのかなぁ?アンにはいまいちピンとこなかったがマリーがそう言うならきっとそうなのだろう。マリーにはそう思わせてくれる何かがあった。
「でもなんでそれでお父さんが納得したの?」
「あの人にも負けたくない相手の一人や二人、いるって事よ」
「やる気、出しちゃったんだ……」
「アレは相当燃えてたわよ〜」
「大丈夫かなぁ……」
「少なくとも最初の何日かは私たちはサポートに回った方がいいわね。あと、婦人会に詫びも入れないと絞め殺されるわ」
「だ、大丈夫なのそれ?」
「私の予想だと多分大丈夫よ。奥さんってね自分の夫を自慢したいものなのよ、どうだ家の旦那は凄いだろうってね。なんだかんだ言ってみんなやる気になると思うわぁ。それに長い冬で退屈してるのはみんな一緒だもの、良い案があるの協力してくれるでしょ?」
「協力しないとどうなるの?」
「一緒に縛り首ね!」
「手伝いますぅ!是非手伝わせてくださぁい!だから私の首をしめるのはやめ…で……」
アンとの会話の最中も次々と男達がマリーの前に立ち自分こそが一番の獲物を獲ってくると宣言していく。マリーもそれに答えて「期待しているわ」とか「頑張りなさい」と声を掛けていた。その中に混じって時折愛の告白を告げる者もおりその度に周囲から囃し立てる様に歓声が飛び交う。
恐らく今日集まった狩人衆の全員がマリーの前で宣誓を終えるとようやく騒ぎが落ち着いた。するとそれを見計らった様に、と言うか実際に窓からずっと見ていたのだろう、村長が姿を現した。
ローヤンの姿を見ると騒いでいた者達もすぐに静かになる。普段のだらしない姿からは想像し難いが、こう言った場での立ち振る舞いを見るとやはりローヤンはこの村の村長なのだと実感する。貫禄と言うのだろうか、物静かに立つ姿にも口を挟ませない長の厳格さが備わっている。
皆が静まったのを確認するとローヤンはゆっくりと口を開いた。
「俺をのけ者にして随分と楽しそうにしている様だが、祭りの本質を忘れちゃいけねぇ」
ローヤンの口調は浮き足立つみんなを鎮めるような、嗜めるような強い語気を含んでいた。
「キール村は森の中にある村だ。石垣で囲まれてるとはいえ一歩外に出れば物騒な森の中。とくに多くの獣が冬眠から目を覚ますこの時期は危険な魔獣も活発になる。だから村に被害が出る前にあいつらに教えてやらなきゃなぁ。ここにはニンゲン様が住んでるんだ、近くと危ねえぞってな。それが出来なきゃ、明日には村の中に魔獣どもが流れ込んでくるかも知れねえ」
今、浮ついた心でここに立っているものはいないだろう。みんなが心に思い浮かべているのは家族の姿。そして彼らを守りたいと思う力を勇気に変えて魔獣に立ち向かう己の姿だ。
ーーーやっぱり競争とか結婚のためとか浮ついたのはよくないよね。この話が終わったら全部なかったことにする様にマリーお姉ちゃんを説得しよう。それが良い、そうしよう。
「だからな、宣言しよう。いいかお前ら、耳かっぽじってよーく聞け?明日からの一週間、俺達は森の魔獣を狩って狩って狩り尽くす!奴らがキール村に二度と近寄らないようにだ、それが村長である俺の責務だ!」
ーーーわぁ、先生がちょっとかっこいい。これで普段からもう少し張りがあると良いんだけどなぁ。
「つまり、村長である俺が一番活躍しなきゃいけないわけだ、だったら当然俺が一番厄介な魔物もやっつけるよなぁ?」
ーーーなるほど、確かにそうかもしれない。そうか?いや待って!この流れはアレだ。違う!私が考えてたのと違う!
「それってつまりよぉ、一番でかい獲物を狩るのも当然俺だよなぁ!」
「なんでそうなるのぉ!」
アンの淡い悲鳴は周囲の歓声とそれに混じった「ふざけるな!」とか「ジジイは引っ込んでろ!」といった野次に紛れて掻き消されてしまった。アンの隣ではマリーが相変わらず笑いこけている。
「ほーんと、男ってバカよねぇ」
やっぱりマリーの言う通りだ!男なんてみんな馬鹿ばっかりなのだ。少しでもローヤンのことをかっこいいと思ってしまった自分を恥じるあまり、アンの瞳は涙で潤んでいた。