第4の刺客
店に入ってから勇者は実に手早く購入を済ませる。
なにせ彼はこれから今来た道を帰らなけれべならないのだ。
家に帰るまでがミッションです。
のんびりしている暇はない。
「ポン・デ・リング2つとオールドファッションのチョコ1つとハニーチュロ1つ。あと、エンゼルクリームとエンゼルカスタードも1つずつ。袋は2重にしてください。」
こんな日でも客来るのかよという店員の若干めんどくさいという雰囲気を感じながら勇者は会計を済ませる。
勇者にとってそんなことはどうでもいいのだ。
店を出ようと外を見れば先程よりも幾分か風が強くなっているように感じた。
勇者は思わず唾を嚥下する。
今からの最優先事項はドーナツを死守する事だ。
その為にエンゼルと名のつくドーナツも買ったのだ。
無事に帰れたら神棚にお供えするために。
神様、仏様、天使様である。
勇者は覚悟を決めて外へ出た。
次の瞬間早速風の刺客が襲いかかる。
「くっ、速い!」
視界の遠くに捉えたものは大きな看板。
咄嗟に身を引いて避けるが頬を掠めた。
「ふぅー、この俺じゃ無ければ確実に大怪我だっただろうな。」
自分に酔いしれる勇者をミスタードーナツの店員が一歩引いてみていたことには気付かずに彼は帰路につくのであった。
来た道ということは当然先程の帽子で石キャッチの競技が始まるわけで相手も成長している。
さっきより数段強い威力に勇者は苦戦を強いられた。
ましてやこちらはドーナツを死守するというハンデ付き。
やっとの事で民家への道に入る地点へ到着したのだが問題はここからだった。
風の壁である。
先程向かい風だったということは今度は追い風なのだ。
前に気をつければいい向かい風と違い追い風は制御が利かない。
勇者は本当は少し期待していた。
さっき吹っ飛ばしたお巡りさんが戻ってきていて今度こそパトカーで送ってくれることを。
だがしかし現実はそう甘くなかった。
もうとっくにパトカーの姿は無くせめてあの心優しかったであろうお巡りさんの無事を案じた。
追い風にためらっているうちに思ったより時間が過ぎていたらしい。
ガゴンッ!と近くで何かがぶつかりながら近付いてくる音が聞こえた。
「まじかよ。」
巨大な看板がもう眼前に迫っているではないか。
勇者は覚悟を決めた。
流されるままに足を最高速度で動かした。
しかしその速度を上回るほどの風圧に勇者の体は半分飛ばされているようなものである。
看板と勇者、一定の距離で一緒に飛ばされる様は側から見ればさぞ滑稽であろう。
勇者本人といえば行きに拾ったゴーグルを元の家の柵に引っ掛けておいた。
風でいい感じに絡まっていたから取るのは大変かもしれないがまた飛ばされる心配は無いだろう。
勇者たるものやはり借りたままにするわけにはいかなかった。
さあこれで追い風の100メートルもあと少しだ。
相変わらず巨大な看板に追いかけられながら勇者は懸命に走っていた。