第六幕
「徹夜して模索したが、いい方法が見つからなかった……」
今日は、非番。
俺も毎日のようにクレープ屋で働いているわけではない。ちゃんと休みもある。俺が働いているクレープ屋は、元々俺の親父の知り合いがやっている店だったんだ。
あの日以来、俺はお世話になっている。
クリスタルのことは当然知っており、協力してくれているのだ。
「今までと違う方法、なのか?」
そもそもどうして、あんな方法で回収をするのか。それは、俺が持っていたクリスタルの欠片。そいつに宿っていた意思みたいなのが、教えてくれたのだ。
砕けたクリスタルは膨大な魔力を溜め込むことができる代物で、そこには親父を操った魔神の魔力を封じ込められていた。
なら、砕いた瞬間から魔神が復活するのでは? と思ったが、そうだとしたら魔神自身あんなことを言うのはおかしい。
どうやらただ魔力を解放しただけでは、復活はできない。
魔力を解放し、砕けたクリスタルの欠片に更に魔力を溜め込むことで、復活ができる。で、その魔神の意思は今もどこかで今か今かと復活の時を待っている。
だったら、わざわざ正体を隠くす必要はないんじゃないか? と言ってやったんだが、魔神が復活を目論んでいるということは、その部下達も動き出している可能性があるとのこと。
あの事件以来、封印の一族は俺一人だけになってしまった。
だからこそ、俺が欠片を回収しているとばれないようにしないといけないんだとか。
だが、欠片が埋め込まれた魔法少女ばかりを狙っていたらバレてしまうのでは? と、欠片に宿った意思に問いかけたところ、その心配はない。
今もお前は、ただ魔法少女達の唇を奪っているだけの変態魔法少女だとさ。ニュースでも、有栖ちゃんの証言からそういうことになっているし……作戦成功と言えば成功なんだろうけど、なんだかなぁ。
欠片には封印の術式がまだ刻み込まれていて、魔神でも、その部下でも容易に見つけることはできないんだけど。封印の一族である俺だからこそ、わかることなんだ。
まあ、俺は親父から全てを襲われなかったから、まだまだ未熟。親父だったらもっとうまくやっていたのかな……。
「ど、泥棒ー!!」
「ん?」
これからどうしようかと、考えていた時だった。こんな白昼堂々引ったくりをする輩が出たようだ。
「待てー!!」
どうやら偶然学校帰りだった有栖ちゃんが、泥棒を追いかけているようだ。……よし、ちょっと危険かもしれないが、やってみるか。
俺も、引ったくりを追いかけることにした。
有栖ちゃんよりも、先に引ったくりを捕まえるために、俺は引ったくりが逃げそうなルートを考え、そこへ先回りできる最短のルートを通っていく。
「見つけた」
そして、まだ有栖ちゃんが捕まえていないのを確認して、近づいてく。
もちろん、逆柄清護としてではなく。
「な、なんだてめぇ!!」
「初めまして。引ったくり犯さん……私は、トルミ。魔法少女怪盗トルミと言います」
変身した姿で、俺は引ったくり犯を見事に捕らえる。魔法を使おうとしたが、どうやら素人のようだ。発動する前に、近づきちょっと強めの【弱体化魔法】で、身動きを封じる。
「さて、そろそろ―――きましたね」
ここは人目のつかないような路地。
ちょっとした騒ぎがあろうとも、迷惑にはならない。そんな路地へと、不釣合いなほどに明るく元気な少女が姿を現す。
「そこまでだよ! 引ったくりは、犯罪! この〈紅炎〉が……あれ?」
どうやら、移動中に魔法少女へ変身していたようだ。
まあこちらとしても、そのほうが好都合というもの。最初は、自分が追いかけていた引ったくり犯がすでに倒れているので、不思議そうにしていたが、俺のことを見て、何かを思い出したかのように顔を真っ赤にする。
「お元気にしていましたか? 麗しの君……〈紅炎〉」
「なななななんでここに!?」
「偶然通り掛りましたので、悪者を退治したんです」
「わ、悪者は君じゃんか!!」
「おっと、誤解をしないでください。私は、ただ魔法少女の唇を奪うだけ。物を盗んだりはしておりませんよ?」
わざとらしく、自分の口元に指を添えて、くすっと笑みを浮かべる。案の定、有栖ちゃんは、更に恥ずかしくなったのか、動揺している。
「おやおや? 可愛い反応ですね。もしかして、あの時がファーストキスだったとか?」
「にゃ、にゃにを!?」
恥ずかしさのあまり、武器を構える有栖ちゃん。が、俺は争う気はないとばかりに、引ったくり犯から取り戻した荷物を有栖ちゃんへと投げる。
それを受け取った有栖ちゃんは、どういうこと? とばかりに首を傾げる。
「私は、別に争う気はないんです。今日は、あなたひとつ質問したいことがあり、参上しました」
「質問?」
「ええ。最近、なにかあなたの体に異変が起こった、などはありますか?」
有栖ちゃんの体に埋め込まれているクリスタルの欠片は、魔神の魔力が込められている。そのため、体に悪影響を及ぼしている可能性がある。
欠片が魔法少女達の体に埋め込まれたと知るまで、半年もかかった。今のところは、何の影響もないようだが……。
「異変って……なんで君に答えなくちゃいけないの?」
「あなたのことが心配だからですよ」
「し、心配?」
これは本心だ。あの欠片には魔神の魔力が封じ込められているため、体にどんな悪影響を及ぼすかどうか、まだ未知数。
「それで、どうなのでしょうか?」
「……そういえば、最近、炎が暴走するような気が」
「炎の暴走、ですか」
彼女のとって炎は最大の武器。それが暴走するということは、魔法少女として致命的な痛手だ。俺と最初に戦った時のように、武器と純粋な身体能力で戦わなくちゃならない。
魔法を封じられては、戦闘力は半減。
「そ、それがどうしたっていうの!? もしかして、最近力が暴走気味なのは君が原因なの!?」
「いえいえ。そんなことは。それで、ちゃんと身体検査はしたのですか? 魔法少女ならば、最近医療機関で検査をできるはずですが」
「ちゃんとしたよ! でも、体にはどこにも異常はないって! というか、それ二つ目の質問だよ!」
今の最近医療器械でも感知できないか。それほどあの欠片は、巧妙に隠れているということだろう。
けど、俺の目には見えている。
欠片は、心臓部分にある。……なるほど、確かに最初見た時と違って、黒ずんでいるみたいだな。
「これは失礼しました。では、最後に私から一言」
すっと、有栖ちゃんの顔に急接近。
キスをしてしまうんじゃないかという距離で、俺は小さく呟く。
「いずれ、あなたの炎を犯す、漆黒を盗んで見せましょう。―――その柔らかな唇と共に」
「ひうっ!?」
「では、失礼」
有栖ちゃんが、硬直している間に、俺は溶ける様に姿を消す。その後、誰にも見えないところで変身を解いて、有栖ちゃんのところへ何食わぬ顔で合流する。
「有栖ちゃん!」
「ほえ? に、兄ちゃん!?」
惚けていた有栖ちゃんは、慌てて立ち上がると変身を解き、俺と向き合う。
「引ったくり犯は?」
「え? あ、えっと……あそこだよ」
「じゃあ、その手にあるのが?」
「う、うん!」
「さすが、有栖ちゃんだな。それにしても、どうしたんだ? なんだか顔が赤いけど」
まあ、原因は俺にあるんだけど。どうしてもトルミになると、キザっぽくなっちゃうんだよな。そのほうが正体がばれずに済むからいいんだけど。
「な、なんでもないよ! ちょっと走り疲れちゃっただけだから! それよりも日曜日楽しみにしてるよ!! そ、それじゃあ警察にこのことを知らせるからちょっと待っててね!」
慌てた様子でスマホから警察に電話をかけている姿を、俺は再びめがねの機能で有栖ちゃんのことを見詰める。
……やっぱり欠片が黒ずんでいる。早く、有栖ちゃんから欠片を取り除かないとけいない。
何かが起きる前に。