第四幕
「むっ! やっぱり、一連の襲撃犯は君だったんだね!!」
「それはどうでしょうか?」
「隠すって言うんだね……そういうことなら、捕まえて色々と聞くから!!」
紅の刃が特徴的な【紅炎魔刀】を構え、駆け出す。
対して、トルミはその場からステッキを構えたまま動かずにいた。
「噂通りの正面突破。性格がよく出ていますね」
「せいやぁ!!」
振り下ろされた【紅炎魔刀】を回避し、トルミはステッキで軽く腹部を突く。
「しまっ!? ……なにも起こってない?」
ただのステッキのように見えるが、相手は魔法少女。普通のステッキではないのは、有栖にはわかる。何かをされたと思ったが、体に異常はない。
本当にただ軽く突かれただけ、なのか?
「ふふっ、さあどうしたんですか? 私を捕らえるのではないのですか?」
戦う気があるのか。完全に、有栖を煽りながら、攻撃を待っている。
「言われなくても!!」
何も起こっていないが、何かがあるはずだ。有栖は【紅炎魔刀】を収納空間へと仕舞いこみ、違う武器を取り出す。
柄の部分が非常に長い槍。有栖は、複数の武器を所持しており、他にも弓、鉄扇、小刀など。
長めの袖が引っかからないように、袖の部分を消し、くるくるっとその場で回す。
「なるほど。私のステッキに当たらないように長めの武器を選んだわけですか」
「そういうこと!!」
有栖は取り出した【紅炎魔槍】を余裕の笑みを浮かべているトルミへと突き出す。
「おっと」
が、攻撃が真っ直ぐなために回避は余裕だった。その後、懐へと飛び込みまたステッキを構える。
「させない!」
ステッキが当たる前に、有栖は無理矢理に【紅炎魔槍】をトルミへと振り下ろす。
ぶつかりそうになるが、トルミは跳躍し、回避する。
「むぅ」
「ふふ。次は右足、ですね」
間合いに入られないようにステッキよりも長い槍を選択したが、それでも攻撃を受けてしまった。
トルミは思った以上に身軽で、捉え難い。
攻撃を回避し、攻撃を加えたら距離を取る。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
その言葉を体言しているかのようだ。
「……戦い難そうですね」
「な、なに突然」
「〈紅炎〉という魔法少女ネームは、あなたのその姿と紅色の炎を操ることでつけられたもの。多彩な武器と、尋常じゃない高密度の炎。それが合わさってあなたは本来の力を出せる。ですが、今のあなたは炎を封じられている」
それは、周りを見渡せば誰だった理解できる。周囲は草木が生い茂っている。こんなところで、炎などを使えば簡単に山火事になりかねない。
だからこそ、有栖は炎を使わず武器だけで戦っているのだ。
「あなたに炎を使われたら厄介ですからね。まずは、それを封じるための作戦を考えたんです」
その言葉に、有栖は先ほど倒した〈ザルフ〉を思い出す。
「もしかして、さっきの〈ザルフ〉って」
「ええ。使い魔召喚魔法で呼び出した、私の使い魔ですよ」
使い魔召喚魔法とは、己の魔力で魔物を構成させ、呼び出す魔法。かなり高度な魔法なために扱える魔法使いはもちろんのこと魔法少女だって少ない。
「さあ、種明かしも終わりましたし……そろそろ決着をつけましょう」
「決着?」
「ええ。そろそろ……効いてきた頃なので」
いったい何のことだ? と首を傾げた有栖。
すると、突然体に脱力感が襲う。
「な、なに……体が……」
体が重い。右足が思うように動かない。何かの魔法? だが、トルミが魔力を練り上げたようには見えなかった。
となると、考えられるのはたったひとつ。
脱力感があるのは、ステッキで突かれた部分。
「もしかして、君は……【弱体化魔法】の使い手?」
「ご名答」
多くの魔法系統の中で、もっとも使い手が少ないとされているのが【弱体化魔法】だ。現在確認されている使い手は、全世界で三人。
一人は、凶悪な犯罪者組織のリーダー。もう一人は、日本の特殊警備隊の副隊長。そして、三人目は有名な音楽家である。つまり、トルミは四人目の【弱体化魔法】の使い手ということだ。
そもそもが、魔法というものは攻撃、防御の二つが多く【弱体化魔法】などの系統は特殊系と言われている。特殊系は、トルミが使った【召喚魔法】や、相手を惑わす【幻惑魔法】がその系統となる。
つまり、トルミは特殊系統を得意とする魔法少女となる。
「怪盗、らしい、ね……」
しかも、少ししか触れていないというのにかなりの効力だ。右足など、がくがくと震えて足腰が立たない状態だ。
「この!」
近づいてくるトルミに、槍を突きつけるが、ステッキで軽くとんっと弾かれてしまう。そのまま右手、左手と連続で突かれ、急に槍の重みを感じる。
どうやら筋力を落とされてしまったようだ。重みに耐えられず、落としてしまった。
「ついでにここも」
「あうっ!?」
その後、頭を突かれてしまい、思考までも弱まってしまう。
(なに……頭がぼうっとして……)
反撃しないとやられる。だが、手や足、体、思考までもが弱まってしまい、わかっていても体が動かない。
そんな有栖の顎をトルミはくいっと上げる。
「にゃにを」
「では、奪わせて頂きます。あなたの唇を」
「ほえ? ―――むっ!?」
いったい何をされているんだ? 思考の弱まった有栖は、トルミに何をされているのか一瞬だが理解できなかった。
が、息苦しい。甘い匂いがする。唇に柔らかいものが……重なっている。
「むう!? むむむっ!?」
キスをされている。それに気づき、トルミを退かそうとするが、まだ【弱体化魔法】の効力が続いているせいか、力が入らない。
しかも、キスをされながら更に【弱体化魔法】をかけられているのか。
力がどんどん抜けていく。
「……」
「ふにゃぁ……」
十五秒ほどのキスだったが、有栖にはそれ以上に思えた。まだ思考が弱まっているせいか、有栖は、口元から涎を垂らしたまま、離れていくトルミを見詰める。
「とても柔らかい唇でした。〈紅炎〉さん。弱体化は、今から十秒後に解けます」
「ま、まてぇ……」
追いかけようとするが、体が思うように動かない。
有栖が最後に見たのは、月下に消える怪盗の姿だった。