第三幕
「ふんふんふーん。今週の日曜日は、兄ちゃんと一緒にゲーム大会~」
茜屋有栖は、上機嫌だ。
その理由は、今週の日曜日に友達と、それに加えて仲良くしているクレープ屋で働いている逆柄清護とゲーム大会をする予定が入っている。
魔法少女という普通の魔法使いとは違い、頭一つ抜けた能力と魔力を持ち、若干十歳ながらもいくつもの犯罪者を捕らえ、魔物をも倒す超人だが、まだまだ子供。
友達と仲のいい兄的な存在とゲームをするのが楽しみでしょうがないのだ。
まだ三日はあるが、今か今かと自分が持っているゲームを選んでいる。
そんな中、スマートフォンが鳴る。
画面に表示されたのは、緊急召集の文字だった。
「お仕事!」
それを見た瞬間に、有栖はスマートフォンを手に取り、耳に当てる。
《〈紅炎〉さん。今は、ご自宅ですね?》
スマートフォンから聞こえる女性の声。彼女は、魔法少女達に事件のことを知らせるスタッフの一人だ。ちなみに〈紅炎〉というのは、有栖の魔法少女ネーム。
魔法少女はその強大な力ゆえに、政府が作った【魔法少女警備隊】に配属される。事件が起これば、周囲に危険な魔物が出現すれば、緊急の連絡が入り、出動する。
仕事を終えれば、報酬も出るし、色々と配慮してくれるのだ。
「うん。もしかして、私の家の近くで事件が起こったの?」
《いえ、魔物です。ご自宅から二キロ先にある公園です。そこに魔物が現れました。被害はまだありませんが、至急討伐に向かっていただけますか?》
「わかった!」
《魔物のデータを送ります。では、お気をつけて》
「はーい!」
通話が切れると、スマートフォンに出現した魔物のデータが送られてきた。そのデータを開くと、画面に表示されたのは、狼のような魔物。
魔物中では定番の魔物で、名前は〈ザルフ〉だ。
刃のような牙で噛み付き、夜などに現れることが多い。
「なるほどなるほど。この魔物なら」
たたたたっと階段を下りていき、リビングへと突撃していく。
「わっ!? あ、有栖? どうしたのいったい」
乱暴にドアを開けたため、リビングで食器などを片付けていた母親の静菜が驚く。有栖と同じく朱色の髪の毛で、すらっとしたモデル体型。
エプロン姿が良く似合う主婦だ。
「ねえ、ママ! ハム残ってるよね!!」
「え? うん、残ってるけど。まさか、食べるの? 夕食食べたばかりでしょ?」
「ううん! お仕事のために使うの!」
「あら? もしかして魔法少女の?」
「そー」
冷蔵庫から取り出したのは、極太のハムだった。それを手に有栖は笑顔で、リビングから出て行く。
「気をつけてね。魔法少女だからって、調子に乗らないように」
「はーい!!」
静菜はもう慣れてしまったかのように、有栖を普通に見送る。まるで、友達の家にでも行く時かのように。
家からハムを持って出た有栖は、公園方向へと走り出す。その途中、魔力を高め解放の呪文を唱える。
「燃え上がれ! 魔を焼き尽くす紅色の炎!!」
刹那。
有栖の体に紅色の炎が絡みつき、一瞬にして弾ける。可愛い犬の絵が刺繍された服とミニスカート、黒いニーソだった服装は、フリルが多く、スカートと改造した和服へと変化した。
有栖の朱色の髪の毛は、オレンジ色が混じり、燃え盛る炎のようだ。
「よっしゃあ!! いっくぞー!!」
と、叫ぶが、今は夜だということに気づき、口を塞ぐ。
周囲を見渡し、魔物が出現したという公園方向へと電柱から電柱へと跳び、移動していく。
「ふふふ。ここにしようかな」
そして、公園近くまで来ると、家から持って来た丸いハムを魔力の膜の上に置き、物陰に隠れる。
「……」
どうやら、餌で魔物を誘き寄せようという作戦らしい。魔物は、大気中の魔力が人々の憎悪が混じり合い生まれるとされる生命体。
その多くは、動物に似たものばかりで、兎だと思って近づいたら魔物だったということは現代ではざらにあるのだ。食べ物の好みも、その動物と同じ部分があることから、有栖は肉で誘き寄せようと考えたのだろう。
(前も、これで誘き寄せられたからなぁ。今度も絶対来るはず!)
以前もこんなことがあったため、自信満々で〈ザルフ〉が来るのを待つ。
……が、五分経っても現れない。
魔物が出たことで、警告が出ているため、今は誰も出歩いていない。なにか生物が近づけば、高い確率で魔物か、犯罪者の類だろう。
「来ないなぁ……えっと」
送られてきたデータから、現在地を検索する。〈ザルフ〉は夜目が利くうえに、動きが素早い。この住宅地で追いかけるよりも、誘き寄せたほうが早いと思ったが……。
「あれ? 止まってる?」
現在地を検索したところ、あるところで止まっていた。そこは、よく知ってる森林地帯だ。訓練にもなるうえに、魔物討伐をすればそれだけで報酬も入る。
だが、どうして入り口付近で止まっているのだろう?
「いや、考えてる場合じゃない!」
考えているうちに、魔物が誰かを襲うかもしれない。今のところ通報はない。家には、簡易的にだが魔力障壁が張られており、家に使われいる素材は魔法にも耐性があるものだ。
物理的にも耐久度があり、家にいれば〈ザルフ〉ならば教われる心配はない。
「いた!」
ハムを回収して、魔物が居る場所まで赴くと、待っていましたと言わんばかりに森へと入っていく。
「待て!!」
有栖もそのまま〈ザルフ〉を追いかけていく。木の枝から枝へと渡り、一気に距離を詰める。
「てやぁ!!」
そして、収納空間から武器を取り出し、一刀両断。
紅色の刃にて、両断された〈ザルフ〉は魔力となって四散していく。
「これでよし。……〈紅炎〉だよ。今さっき〈ザルフ〉を倒したから、もう警告を解いてもいいよ」
《わかりました。夜遅くお疲れ様です。〈紅炎〉さん》
「別にいいよ。そこまで苦労しなかったから」
《では、討伐した〈ザルフ〉の一体分の報酬を口座に振り込んでおきますので、今はごゆっくりお休みください》
「うん。じゃあねぇ」
連絡を終え、さあ家に戻って日曜日の準備をしようと思った刹那。
「―――誰!?」
何者かの気配を感じ、武器を構える。
周囲には誰もいない。
いや、気配は……上から。
「初めまして。魔法少女……〈紅炎〉さん。今日は、月がとても綺麗ですね」
「そ、そうだね」
一番高い木の天辺に素顔がわからない少女が立っていた。
月光に照らされ、美しく輝く銀色の髪の毛を一本に纏め、頭には黒いハット帽子。顔は特徴的な黒いめがねをかけており、その格好もかなり特徴的だ。
まるでマジシャンのような服装で、不敵な笑みを浮かべている。
「申し送れました。私は、トルミ。魔法少女怪盗トルミと言います」
迷い無く木の天辺から飛び降り、有栖の目の前に着地。ふわっとマントが動く姿を見て、有栖は目を輝かせた。
「か、かっこいい……!」
「お褒めに預かり光栄です。魔法少女の中でも、五本の指に入る人気者にそう言っていただけるとは」
「それで、私になにか用事なの? 怪盗って言ってたけど……」
「はい。私は怪盗。ゆえに、盗むのです。あなたの大事なものを」
その言葉を聞いた有栖は、身を引き締める。
「もしかして、最近魔法少女ばかりを襲っているっていう犯人って……君なの?」
「さあ? どうでしょうか? ですが、これだけは言えます」
「なに?」
トルミは、おもむろに収納空間へと手を突っ込み、ステッキを取り出す。
「今から、あなたを襲います」