日常の変化
「…それでは撃ってください!」
静かな訓練場に赤い髪をした女性の声が響く。指示された少年は手を前に出し、目を閉じるとやがて的に狙いを定めた。
「はあー!《ファイア》!」
少年の声と共に手から放たれた炎は、的に正確に当たり白い煙を上げた。
最初の授業から数週間が経ち、僕の魔法も安定し始めていた。早朝と授業後の自由時間に練習していた甲斐もあって、魔法は先生と同じ域 に近づきつつあった。
離れた場所からの魔法は、半径30センチ程の範囲内なら狙った場所に行使出来るようになった。戦うのには半径1メートルは欲しいところだ。
もう一つの成果としては、手数が増えた事だ。同じ属性の魔法なら六つ、別々の魔法なら各属性ごとに一つずつといった感じに出来る事が色々と増えた。
「アイト君、流石ですね。こんなにも速く正確に魔法を放てるなんて」
先生は嬉しそうに笑い、僕の方を見ていた。
「いえ、先生の指導が分かりやすいからですよ」
先生も数週間前に比べると、親しみを持って接してくれるようになった。驚く事に先生は、僕のことを自分自身のことのように感じているらしく、まるで父さんのように何かと僕を褒めたり、慰めたりするようになってしまった。
いきなり始まったこの奇妙な関係に、初めは戸惑いを隠せなかったが、今ではこの関係を破綻させるのを諦めていた。
嬉しそうな先生を見ていると、何だか申し訳なくなってしまったからだ。父さん、と間違えて呼ばないように気を付けたい。
「今日の授業はこれで終わりですが、アイト君はこの後に予定はありますか?」
「魔法の練習をしようと思っていますけど…」
先生に授業後の予定を聞かれ、思わず背筋を正す。先生からの話は人生相談的なものが多く、出来るなら遠慮したい。だが、表情から察するに今回は少し違うようだ。
「…街で噂の魔道具ですか?」
「その通りだよ!マナを必要とせずに【高等魔法】並の光を出せる優れ物だそうだ。…それでは仕度が終わり次第、石像の前に集合にしよう!」
目を輝かせてさっさと待ち合わせの場を指定した先生は、教師用の寮へと《風魔法》を使い、走って行ってしまった。
こうして話を聞いた手前、すっぽかせる訳もなく僕は先生の用事に付き合う事となった。