勉強熱心な女の子と魔法
村についてまず驚いたのは、見るからに貧しい身なりをしている人たちが多いことだった。アンナの身なりから想像してはいたが、やはりここの村の人たちは裕福ではないらしい。かなり古い時代の日本の光景と同じような感じだ。村人が僕らを意識しているのはなんとなくわかったが、僕は気にしないことにした。こういう視線は昔から慣れているのだ。
「た、ただいま~。まだお母さんは帰ってない・・・みたいね」
恐る恐るといった感じでアンナは自分の家の扉を開けて、僕を中へ招き入れた。家に入る玄関のそばに、体の大きな犬がいたが、僕の存在を視界に入れても、大人しく座っていた。どこかに家畜か何かがいて、それの誘導でもさせるのだろうか?穏やかに僕を見つめる瞳はまるで、僕のことを歓迎してくれているようだった。名前はなんていうんだろう。あとでアンナに聞いてみよう。
アンナの部屋に入るとき、そういえば女の子の部屋に入るのって生まれて初めてだなぁ、なんて感慨深い感傷に浸りつつ中に入ると、想像していたよりもずっと質素な空間が広がっていた。もしかすると、自分の部屋があるというだけでこの村では十分裕福な家庭なのかもしれない。
「じゃあ、傷口を見せて」
アンナは座布団のようなものを下に敷いてそこに座るよう促した。僕は言われたとおりそこに膝を抱える形で座って傷を見せると、アンナもすぐ隣に座る。
「今から魔法を使って治すね。まだ簡単なものしか使えないから、全部治せるか自信はないのだけれど・・・」
「お、お願いします」
マホウ?おとぎ話とか伝説に出てくるあの魔法のことかな?確かに彼女はそういったけど、それって自分が知る限りリアルで発動するのは、去年行った某遊園地の中だけで、実際は存在しない特別な力のはず・・・なんだけどな。もっともそれがインチキだということくらい僕は幼稚園で見ぬいていたけれど。きっと、キャストの人たちも冷めた目で見つめる僕の視線が痛かったにちがいない。ノリが悪くてごめんなさい。
「eriuvaeiuriea iugioigair hiarigohiriwe!」
彼女は僕の脚に向けて両手を開くと、僕が理解できない呪文のようなものを唱え出した。すると、突然僕の脚が輝きを放ち始め、みるみるうちに傷口が塞がれていった。まるでもとのきれいな脚に時間を巻き戻しているような・・・。
!!!!!
そこで、なぜか不思議な力が体中に溢れてくるのを感じた。体の中のある回路が不意に作動し出したような、そんな感覚だった。これも魔法の効果なのだろうか?
「・・・・すごい!!」
僕が素直に感嘆の声をもらすと、彼女は、まあざっとこんなものよ、とでも言いたげな満足そうな笑顔で僕を見ていた。僕が喜んだのが嬉しかったのかもしれない。アンナはかなり汗をかいていたので、少し無理をしたのかもしれないと思った。
「魔法ってこの村の人たちは誰でも使えるの?」
「教科書である古文書なんかで勉強すれば誰でも使えるようになるわ。ただ、うちはたまたま両親が教師をしているから余った教科書を読ませてもらってるけど・・・普通の貧しい家庭は学校にも行けないことが多いから」
「そうなんだ・・・。僕の住んでるせか・・・村はほとんどの人が学校に行けるけど、魔法なんて誰も使えないよ?」
「きっとみんな裕福な家庭なのね。でも、魔法が使えないっていうのはおかしいわ。あなただって学校に行ってるなら使えるはずだもの」
「いや、僕には無理だよ。・・・いやそれ以前に、きっと才能もないと思う」
そう、僕には恐らく才能はない。小学校に入学する前から入っていたサッカークラブだって、入学後に入ってきた素人にすぐぬかされてしまった。もちろん、学校の勉強だってからっきし。まだ始まったばかりだというのに、全然ついていけていないのは自分でもよく分かっている。できるのはせいぜい冷めた目で世の中を見つめることくらいだ。
「そんなこと言ってないでやってみなさいよ!努力って、ある日突然報われたりするものじゃない?たとえば今日みたいに・・・・・・あっ」
「・・・・え、えっと・・・・今のは聞かなかったことにするよ。」
どうやらさっきの魔法は今日初めて成功したものらしい。自分で墓穴を掘ったアンナは赤面しつつ、気まずそうにこちらを見ている。ていうか僕の身体を実験台にしないでもらいたいな・・・。魔力が暴走とかするか知らないけれど、もしそうなったらきっと僕はもちろんアンナもやばかっただろうに。
「ま、まあ!そんなことはいいのよ!それよりあなたも何か魔法を見せてくれない?得意な魔法でいいから。最近わたし、魔法の勉強がしたくて仕方ないの」
アンナはどうしても、他の人が自分の知らない魔法を使うところが見てみたいようだ。勉強熱心なのはどの世界でもよいことだと思うけれど、得意な魔法って言ってもなあ・・・。魔法自体さっきアンナが使った治癒魔法をみるのが初めてだったし。
「だ、だめ?わたしのような下賤の者には見せる価値もないと思ってるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」
どうやら彼女は自分の住む貧しい村が相当コンプレックスのようだった。運よく魔法の勉強が独学できる環境はあったものの、実際に学校に通っている僕のような人たちに気後れを感じてしまうのも無理はない。もっとも、僕の学校は魔法を扱ってはいないけど。ただ、彼女の魔法に対する熱意は本物だと感じた。
「うーん、しょうがないな~。できなくても文句はなしだからね」
初めからできるとは思っていなかったけど、せめてやるふりでもしないと彼女は引き下がらないと思った。実はこことは違う世界から来た宇宙人なんです~なんて言ったら話が余計ややこしくなりそうだったし、できなかったら、やっぱりだめでした~で済む。
「それじゃあ始めるけど、何か直してほしい物とかない?壊れたものとか」
「そうね・・・。この間、台所のある居間に野犬が入り込んでね、その時に窓ガラスが割れちゃって。まだそのままになってたはずだからそれを直してもらおうかな」
「わかった。やってみるよ」
ずいぶん物騒なことが起こる村だと思ったけど、顔には出さないでおいた。この村では珍しいことでもないのかもしれない。壊れたものをもと通りにするくらいなら、傷を癒すことよりも簡単そうだし、僕くらいの歳でこっちの学校に通ってる子どもならみんなできるのだろう。アンナも、それくらいならできるでしょという顔をしている。