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空き教室にも生徒用の机と椅子が並べられていた。
机を挟んで、正面の椅子にジェラルドは少女を座らせた。
「リーサの関係者、なんだな。
もしかしなくても、血縁者か?」
「……姉です。あまり、似ていませんが」
リーサと目の前の少女は確かに似ていなかった。
最後の魔女リーサ。
今では様々な国の王家にのみに伝わる秘術の、元になった魔法を使うことの出来た女性だ。
今から十年前、当時十五歳だった彼女はその人生に早すぎる幕を下ろした。
目の前の少女は、一年生だろうか。
年の離れた姉妹だったのだろう。
「なるほど。
……魔女、というか魔法使いの家系なのか?」
「わかりません。両親は早くに亡くなって姉が家を支えていました。
いえ、それは、兄も同じなのですが、十年前のことがあるまで収入は姉の方が多かったと聞いています」
「なるほど」
「あの、私も聞いて良いでしょうか?」
「なんだ?」
「貴族様と姉は、どのような関係が?」
「……リーサの仕事について、聞いたことはあるか?」
「お城勤めをしていた、とは聞いたことがありますが、詳しくは知りません」
「そうか。俺は、リーサの生徒だった。
それと、貴族様とか言うな、ジェラルドだ。
そう呼べ、お前の名前は?」
「ジェラルドさん、ですか。
私はチハヤと言います。
チハヤ・ローレライです」
「チハヤな、覚えた。
それで、チハヤ。お前は何故魔法を使えることを隠してる?」
「……姉のことを知っているなら、察してください」
聞かないでくれ、ということだろう。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が続いたあと、ジェラルドの視線に耐えきれなくなって、チハヤは口を開いた。
「……姉が死んだあと、お城から王様が直々に謝罪に来ました。
そして、たくさんのお金を置いていきました。
命の価値が、姉の価値が可視化されました。
そのことは、別に良いんです。姉は、きっと誇らしく散ったのでしょうから。
姉がいきなり、小さな箱に入って、骨になって帰ってきたのは、今でもおぼえています。
悲しくて、寂しかったことも。
……お金はいまこうして私が学校に通ったり、ご飯を食べたりするために使われています。
それは、別に良いのです。姉の大事な置き土産ですから。大切に使わせていただいています。
ただ、あの時、姉が死んだあとやってきた王様に聞かされた姉の、というよりは魔法使いの価値を聞いて、兄は恐ろしくなったようでした。
私たち兄妹にとって、魔法はとても身近なものなので、そこまでの価値があるとは、いいえ、本来ならお金では測れないほどの価値があるなんて知らなかったんです。
だから、隠すことにしました。
正確には、元々隠してはいたんですけど、徹底的に隠すことにしました。
姉が死ぬまで、私たちは西の森の奥に住んでいました。
この春、私がこの学校に進学することになって、それで森を出たんです」
「……なんで、わざわざここに進学しようと思ったんだ?」
「やはり、森の中でだけ生活するのは色々不便だったのと、学歴の有無で就職先や進学先も変わってくるので。
今後の人生の選択肢を多くするために、兄に提案されたんです。
この学校は、まぁ、エリート校じゃないですか。
卒業すれば、大学進学もできるので」
「なるほど」
「もう、いいですか?」
他に聞きたいことはないか?
無いなら、ここから逃げたい、帰りたいと訴えるようにチハヤは言った。
「お前、いい声だよな」
「…………はい?」
「昨日の魔法もそうだけど、ほら歌いながらだったじゃん?
なんつーの?
すごく幻想的だったって言うか。
声もそうだけど、歌も上手かったし」
「はあ、ありがとうございます?」
「また、聞きたいなって思ったんだ。
と、大事なこと聞いてなかった。
なんで隠してたのに、昨日は魔法使ったんだ?」
「それは、その」
物凄く言いにくそうに、チハヤが語ったのはこんな内容だった。
入学早々、チハヤはイジメの標的にされてしまった。
理由は、生徒の中にある選民意識だと思われる。
この王都にある学校は貴族も通い、一般の生徒も受け入れている懐の広い学校だが、その歴史は古い。
そして、チハヤが言ったように基本成績が優秀な者ばかりのエリート学校である。
学校の勉強についていくプレッシャーからより弱い者をいじめたり、違法な薬物に手を出す者もいるらしい、というのはジェラルドも知っていた。
「さっきみたいなのは、珍しいんです。
普段は専ら昨日みたいな感じで雑用を押し付けられるばかりで。
それも、本来なら4、5人でやることを一人でしなければならないので、どうしても手が足りなくて」
「こっそり使ってた、と」
「まさかジェラルドさんに見られていたなんて。
注意はしていたんですけど」
入学から二ヶ月。
なんというか、遅かれ早かれバレていたと思う。
「それで、その、そういうわけなんで、秘密にして貰えるんですよね?」
ビクビクと、ジェラルドの反応を見ながらチハヤが言ってくる。
「条件がある」
真剣な表情で、ジェラルドが返してくる。
チハヤの顔が一層青くなる。
都会の貴族の不良、というだけであること無いこと想像しているのかもしれない。
「……お、美味しくないですよ、食べてもまずいですって!
お腹壊しちゃいますよ!!」
「…………。
お前、何を想像した?」
「だって、お兄ちゃんが。
『都会の貴族の男は、いや、都会も田舎も関係なく男って生き物は女の子を食べる生き物だ。
二人っきりになったら人狼になって食べられるから、気をつけろ』って言ってて。
『若い人間の女の子の肉はステーキにしてたべるからな!』って口を酸っぱくして言われました」
「その理論で行くと、お前の兄貴も狼ってことになるだろ」
「お兄ちゃんは、魔法使いのお母さん達に、生まれた時に狼にならないようにおまじないを掛けてもらったから、人間の女の子は食べないって言ってました」
「…………わかった。とりあえず、お前を食べたりしないから、いや、これから条件を提示する。
その条件を拒んだら、このことをバラして、お前を食べる」
「……その、条件ってなんですか?」
選択の余地はなかったが、それでもチハヤは訊ねた。
「難しい事じゃない。
どーせ、お前友達いないだろ?」
「はあ、まあ、いじめられてますから」
「なら、昼休みは暇だよな?」
「いや、お弁当食べないとなんで」
「それ以外になにかやることあるか?」
「基本、ないですね」
「なら、これから俺のとこに来て魔法を見せろ」
「はい?」
「いいだろ、別に」
「見せるほど、レパートリー無いですけど」
「良いんだよ、俺の暇つぶしになれば。
チハヤ、お前だって一人なんだろ?
なら、俺の暇つぶしに付き合え」
「……わかりました。
そんな事で、良いのなら」
渋々、といった感じでチハヤはそう返事をした。