プロローグ
階段を駆け上がる。
つい先日、彼女と一緒に通った場所だ。
早く、早くと気ばかりが焦る。
足は早くなってくれない。
息も絶え絶えに、彼は屋上に続く階段をのぼりきって、外へと続く扉へと触れた。
走ったため、心臓が痛い。
勢いよく、扉を開ける。
数人の女子生徒が、彼女を煽っていた。
屋上の端に立って、下を見下ろしている彼女に向かって、飛べとはやし立てている。
朝から怪しかった空からぽつぽつと滴が降ってきた。
「おい! 何やってんだ!!」
彼が怒鳴るのと、彼女がまるで歩き出すように落ちるのと、そして、煽っていた女子生徒の声が止まるのは同時だった。
「チハヤ!!」
泣きそうな声で、彼はたった今屋上から落ちた彼女の名前を叫んだ。
彼は、ついさっきまで彼女ーーチハヤが立っていた場所まで走って、自分も落ちないように、下を確認する。
そこに、チハヤはいた。
人形のように動かずに、真っ赤に染まって倒れていた。
思考が停止する。
「クソっ!」
吐き捨てて、すぐに彼は、来た道を戻った。
上がってきた階段を降りて、生徒玄関から外に出る。
そして、チハヤが落ちた場所へ向かう。
雨は、土砂降りになってきた。
「チハヤ、チハヤ、なんで、どうしてだよ」
動かない彼女のすぐ脇に、力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「なぁ、起きろよ。
なぁっ!?」
叫んで、彼は、動かない彼女に触れて、抱き寄せる。
ただ、強く抱いた。
激しい雨が二人に降り注ぐ。
ほんの数時間前、今日はクッキーを焼いてきたのだと彼女は言った。
お弁当を食べた後、今日は甘い物があるから一緒に食べようと。
いつものように、そう言ったのだ。
こんなことになるのなら、もっと早く伝えておけば良かった。
想いだけでも、伝えておけばよかった。
後悔しても、もう遅い。
それを伝える相手に、きっと聴こえていないだろうから。
「ごめん、悪かった」
違う、そうじゃない、いいたいのは、それじゃない。
「チハヤ、愛してる。
守れなくて、ごめん」