タピオカロイヤルミルクティ × ぶりっ子系男子
※○○系男子とカフェのシリーズ2作目ですが、独立しておりどの作品からお読みいただいても大丈夫です。
嫌い。嫌い。嫌い。
放課後の教室。あたし、辻村若菜は1人で大量のプリントを前に、ホッチキスをきらめかした。
王様の耳はロバの耳。
「椎名鈴太郎のぶりっ子め~~~!」
だけどその声は誰にも届かない。
***
1年B組 椎名鈴太郎。身長161センチ。男子唯一の家庭科部員であり、うちのクラスの委員長でもある。
学ランはアレンジして着る、とばかりにパーカーやらおしゃれTシャツやらを惜しみなくさらけ出すように着て、腕と指にはシルバーアクセサリー。髪の一部は赤かったり、黄色かったり。
教室に入ると、いつも騒いでいるのは彼だった。黒板の下。ちょっとの段差に腰掛けて女子たちと戯れている。「見てみてー! ”Coquillage”の新作ピアス買った!」「あれ? 化粧水かえた? 肌ちょーしっとりだね?」「ツイッター見たよー! なにお弁当忘れちゃったのー?」などなど、言っている内容も漏れなく女子で、グループの中に1人男子が混じっている状況でも、違和感なく溶け込んでいく。
馬鹿なんじゃないの、って思うけど。あれで女子には評判がいい。
「もうさー、鈴くん、ちょーかわいいよねー」
「毎日あの笑顔みるだけで癒されるわー」
「私、こないだ飴もらった!」
「ささくれにバンドエイドくれた!かわいいやつ!」
きゃあ、きゃあと言い合う女子は、楽しそうだ。
いや、いいんだ。別にあたしはそれをどうこうしようと思ってはいない。
あたしのクラスのポジションは「まじめ」とか「根暗」とか「めがね」とか、そんなだ。
それで別に満足してるし、本当ならきっとクラスでもそういうイケイケなグループとは疎遠だったんじゃないかなって思う。
もし、彼とペアで委員長などやっていなかったら。
***
クラス委員に推薦された時、あたしは別になんの抵抗もなく受け入れた。中学は生徒会をやっていたし、クラスや先生の雑用を引き受けるのはお手の物だ。もし頼まれたら、高校でも生徒会をやってもいいなーなんて、思ってたくらいだ。
だけど、奴。椎名鈴太郎がクラス委員に立候補したのには驚いた。全然絶対、そういうキャラじゃない。むしろ提出物や、決まりを守らずにクラス委員を困らせるキャラだ。
奴は、壇上で申し訳なさそうにパン、って手を打って頭を下げてきた。
『オレ、委員やるの初めてだし、辻村さんが1緒だと心強いんだ。1緒にやてくれない?』
そう言って奴は「私も鈴くんと1緒に委員やりたーい」って女子たちの声を封じ込めた。
そう言われて誰がそれを断れただろう。
でも、もしタイムマシーンがあったら、あたしは「4月のあたし」のところに戻って「止めなさーい!」って言うだろう。
まんまとクラス委員長におさまった奴にはとんでもない狙いがあった。
「制服ファッションショーを提案します!」
それが判明したのは、クラスの副委員長になって、最初の全体会議だった。生徒会の役員らが、衣替えの時期「制服を正しく着ましょう」という呼びかけ運動をしましょう、と提案があった日。
別に生徒会だって、それほど熱心な主張があるわけじゃない。単に毎年やっているから、やろう、とそれだけのことだった。おとなしくしていればいいのに、彼はその時、手を上げて発言した。
規則を守るよりも、工夫をしてかわいく、おしゃれに着飾ろう、というファッションショーのイベントをしましょう、と。
寝耳に水状態のあたしが、ぎょっとして思わずとめようとしたら、
「っせえ黙ってろ」
押し殺したような小声で制された。
クラスではお花が飛んでいるような、かわいい、癒し系、といわれる彼の、こんな1面を誰が想像できようか。
「乗った!」
めがねでまじめそうな生徒会長さんが、意外にもすすんで賛成した結果、あれよあれよという間に話は進んでいった。
第1回、夏服ファッションショー。運営はもちろん、発案者の1年B組あたしたちだ。
「よろしくな、副委員長」
にやり、と悪魔のようにこちらに笑いかけたその顔を見て、あたしは奴の狙いを悟った。
彼は相棒を求めていた。おとなしく、雑用をしてくれる、まじめで働き者の女子を。
***
学校行事になれていないあたしたちを生徒会は全面的にバックアップしてくれたけど、面倒くさいイベントは目白押しだった。
生徒会長さんと一緒に、先生方に許可をとり、「きちんとすべき学校行事や学年集会は、髪黒くしても制服もちゃんと着こなす」っていう約束事を取り付けたり。巻き込んでしまったほかのクラス委員たち(まじめな子が多いんだよ)に、頭を下げながら、細かい役割を振っていったり。
LINEグループを作って細かい情報伝達したり。他の生徒たちへ拡散するために、ツイッターで広報したり。
そして最終的にパンフレット作りから、当日の会場設営、苦情対応などなど、走り回ったのは、あたしだった。
奴は何をしたかといえば、「ライブもやる!」と前イベントの提案してきたり。「かっこいいデザインがいいんだよ!」って、適当にワードでつくったパンフレットを却下して、美術部を巻き込んだり。最後には、自ら進んで、「三浦にゃんこ」こと、三浦蛍くんと女装して参加し、話題をさらい、賞金をもらっていった。
奴の手元には名声と賞金が手に入ったけど。あたしには疲労とストレスと、あんまりいらない人のLINEアドレスが増えただけだ。
やたら、洋服や小物の新作情報や古着の発見情報。バンドのライブ情報だとか。ダンスのテクニックやら動画やらが流れてきて、困惑する。
定期的に「またなんかイベントやろーよ」って声が上がっててびびる。
イベントが終わった後も、テスト前とか、ノートを貸してとか、ヤマはどこだとか、いらんやりとりが増えて迷惑した。
それもこれもみんな、あいつのせいだった。
***
放課後。つーか、完全下校時刻。夜8時。
「……おわった……」
出来上がった120部の学年分の体育祭のしおりを眺め、あたしはぺったん、と自分の机に突っ伏した。
高校生活始まって3ヶ月。あたしはずっと、彼の尻拭いをしているような気がする。
「お、いたいた」
がらっていう音がして、振り返ると憎き奴、椎名鈴太郎がそこに立っていた。
(相変わらず、ちっちゃい)
中学生が迷い込んできたんじゃないかと思うくらい、一見すると幼い風貌。
白い開襟シャツの胸元には、シルバーアクセサリ。一筋だけ赤い髪の毛。涼やかな目元。
扉に寄りかかり、ちゅーって何やらすすっている。
黒いタピオカが入っているその飲み物は、この辺りじゃ売っていないから。駅前まで行ってきたんだろう。
「おおー、終わってんなー。さっすがー」
本当は、このしおりづくりはクラス委員がまわりに呼びかけて、クラス全体でやる仕事だ。
だけれども、「あたしも手伝うー」「ちょっと、鈴くんの隣はわたしー!」「やだ、私よねー、鈴くん」と、女子らが仕事そっちのけで席争いをはじめ。それを見て他の男子がなんとなーく、「俺部活だわ」とか「ごめん、用事が」とか引いていき、「ねーねー、遊びに行こうよー、、鈴くん」と言い出した女子らに誘われたタイミングで、あたしは思わず言ったんだ。
『こっちは任せて、行ってきたらいいよ』
それまで、彼と女子らのやりとりを無視して黙々としおり作りに取り組んでいたあたしだったけど。邪魔されるくらいなら、いないほうがましだった。「あ、そう? じゃ」ってあっさりいなくなるとは思わなかったけどね!
「お前、本当にこういう作業好きな」
できあがったしおりを1枚取って、ぺらぺらと振りながら言われる。
そりゃあ、中学からこういうことしてたし、こういう作業はもちろん嫌いじゃないけど。
(あえて1人でやりたいほど好きっていうわけでもないよ!)
こいつは本当に、クラスの女子とあたしとでは、態度が違いすぎる。
『お前、これやっといて』『オレ、今日会議サボるわ』『先生にうまく言っといて』
呼び方、「お前」だし。他の女子と違って「かわいい」とか言われたことないし、平気で雑用押し付けるし、「ありがとう」すら言わないし。
なにがかわいいだ。なにが癒し系だ。
なんだか、無性に腹が立ってきた。
奴は、あたしの机になにやら湿った紙袋(たぶん飲み物が入ってたやつだ)を置いて、こっちをのぞき込む。
黙り込んだあたしの様子をうかがっている。この量のしおりを作らせたこと、ちょっとは申し訳ないとか、思ってくれてるのかしら。
(今日という今日は言ってやる)
俄然、あたしのやる気があがる。
迷惑だし、仕事を押し付けるのをやめてって言おう。
あと、やる気ないなら、もうクラス委員やめてって言うんだ。
「椎名君、あのさ」
勇気を持って声をかけたあたしを、奴はさらにじーっと見つめてきた。
あたしのテレパシーが伝わったんだろうか。こんなに真剣なまなざしを向けられたことなんてなかったかもしれない。
まじめに聞いてくれるんだと、勇気が出る。
(よし、言うぞ)
と、息を吸い込んだ瞬間、奴のほうが口を開き、とんでもないことを言ってきた。
女の子を殺す、最大級の攻撃力を持つ一言を。
「つーか、お前。最近太った?」
あたしは思わず、体育祭のしおりを数部つかみ、投げつけた。
「死ね、馬鹿!」
***
あたしは廊下をダッシュした。
目に涙が浮かんでいるのがわかる。
(太ったってなに。太ったって)
いや、実際太ったんだ。あのイベントのストレスで、夜にお菓子とか食べまくって。
あいつのせいだ。
あたりはすっかり暗くって、廊下の蛍光灯が妙に明るく感じる。たったったっていうあたしの足音が妙に響いた。
早く帰らなきゃ先生に怒られる。だけど、かばんを教室に忘れたから1度戻らなきゃ定期がない。でも今、あいつになんて会いたくない。
なるべく1年の教室から離れたくて、3年の教室へ続く渡り廊下へ向かう。
いつもは下駄箱とグラウンドが見えるこの窓も、今は外がほとんど見えない。
窓に映る自分の顔がよく見える。
確かに。ちょっとだけちょっとだけ、あごのラインがゆるいような。
いや。いやいやいやいや。気のせい。気のせい。
思わずぶんぶん、と首を振ると、自分の足音以外に、スリッパの擦れるような音が耳に入った。
(あれ)
誰かがいる、と認識した瞬間に。
「うわあ!」
向こうから来た人にぶつかって、受身がとれずに廊下にびたって転んでしまった。
「あ、ちょっと君。大丈夫? 怪我しなかった?」
差し伸べてくれた腕に付いていた、太い革の時計がまず目に入る。革には植物のような刺繍の縁取り。中身の歯車が透けて見えるような造りの、カラクリめいた遊び心のある時計。
白い開襟シャツとスラックスは規定の制服だけど、細身のベルトとチラリと見せている紺色のTシャツはこの人の趣味だろう。アッシュブラウンに染めた髪。首筋が見えるように余計なところが剃り上げられていて、清潔そうだ。
奴、椎名鈴太郎と違い「さり気ない大人オシャレ」がにじみ出ている。
あたしはこの人のことを知っている。
「甲斐、亜門先輩」
この3年の先輩は例の制服ファッションショーの時も、男子の部で話題をさらった人だった。
「あ、俺のこと覚えててくれたんだ? うれしいな」
叔父さんが有名デザイナーさんで、現役でファッション誌のモデルをやっている学校の有名人だった。制服ファッションショーでは、本格モデルウォークと、ちょっとだけ見せた黒いTシャツとシルバーアクセサリーが本当に格好良かった。
何より、ファンの女子にもやさしいって有名で。奴と違って本格的な王子様だ。
「俺も君のこと知ってるよ。鈴太郎の同じクラスの辻村さん、でしょ?」
鈴太郎、と親しく呼んで先輩は「ちょうど、あいつの教室に行くところだったんだ」と言った。
「まだあいつ、教室にいた?」
あたしは、その名前を聞いただけで、思い出してしまう。
太った、って言われたことを。
先輩は黙ってしまったあたしに気を使うように苦笑する。
「あいつと同じクラスは苦労するでしょ? 迷惑かけてない?」
やさしく言われて、すとん、と心のささくれ立ったところに薬を塗られたような気分になる。思わず口からぼろっと本音が出た。
「かかってますうう……!」
目のふちから、涙の帯がだんだん上がっていく。
いっそ、この人の前で泣いてしまおうか、と思った時。
「何やってんだよ!」
後ろから、声がかかった。
うわー、追っかけて来てる、やだー。
「何かしたのは、お前だろ。俺は女の子は泣かせません」
きっぱり言われて、奴は言葉にちょっと詰まって、ぷいっとそっぽ向いて言った。
「……世話かけました。オレのクラス委員の相方なんで、預かります」
「はいはい」
両手を上げて「何もしてません」って示すみたいに、甲斐先輩が離れる。
(え、やだ。引き渡さないでほしい)
あたしの必死の訴えが目に入ったのか、甲斐先輩は苦笑した。
奴に聞こえないように、身を乗り出して、こっそりあたしにささやく。
「あいつ、子どもなんだ。だから君と仲良くしてるつもりなんだよ」
そんなん知らないよ。
***
教室に座って、「ほら、目を冷やせ」って言われてタオルに包まれた氷をもらう。
べつにそこまで腫れてるわけじゃないけどな、と思ったけど、なんか殊勝な顔をしてたから、もらっておく。
薄いビニール袋に入った氷はまだ他にも余っていた。彼は机に置きっぱなしの紙袋の中から、中身の入ったカップを出す。それはさっき彼が飲んでいたのと同じ、黒いタピオカが入ってた飲み物だった。
彼はそれのふたを開けて氷を入れ、2、3回振ってから、あたしに差し出した。きょとん、とそのカップを見ていると「タピオカ・ロイヤルミルクティ」と一言だけ言われる。
両手で受け取る。タピオカがカップの底に2、3段重なるほど、たくさん入っている。
氷なしで注文して、わざわざもって来てくれたんだ、ってぼんやり理解した。
向こうが何も言わないから、こっちも何も言わない。
ただ、間がもたないから、1口飲んだ。
トゥルトゥルトゥルって、タピオカが1口に5つくらい一気に入ってくる。
(そんなに甘くない)
見かけと違って、このミルクティはそんな甘くはなかった。甘さより、濃く抽出された茶葉の強い味がする。ミルクで中和されていて、えぐみや苦みはないけど、あくまで「紅茶のうま味」がメインのようだ。
「好きなの?」
って聞くと、びっくりするくらい赤くなって、気まずそうにこっちを見て来た。
(そんなに好きなのか、このロイヤルミルクティ)
おいしいし、そんな恥ずかしがることじゃないのにな。って思いながら、あたしは小首をかしげた。
「オレは、さ。高校でやりたいことがたくさんあるんだ」
少し経って、気まずそうに彼が切り出した。
「うん」
そうだろうね。あたしは適当にうなづく。
(このミルクティ、結構うまい)
「服が好きだし。服のことすげー勉強したいし、イベントとかもしたいし」
「へえ」
「ファッションのことは、女子の間で何が流行ってるかとかも気になるし。話とかもしたいし。だから、クラスではああいうキャラをつくってるけど」
あのぶりっ子はやはり自覚的にやってたのか。
だけど、そんなしっかりした目的があるとは知らなかった。
(ただのチャライ奴とばっかり)
あたしはちょっとだけ、彼のことを見直した。
「で?」
なんか、カミングアウトみたいになってるけど、結局何が言いたいのか、よくわからない。
「オレは……」
下を向いて、何か言いよどむように溜めている。
あたしは気まずいので、タピオカを口の中でくにゅりと噛んだ。
しばらく待つと、彼はこらえ切れないように一気に言った。
「好きなことをする時は、好きな奴とやりたいし。好きな奴にはうそつきたくないし。好きなものはいろいろ共有したいんだよ」
「ふーん?」
あたしは太いストローでタピオカを探しながら、相槌を打った。
タピオカが最後余ってしまうのは、この手の飲み物を飲む時の宿命だろうが、なるべく、残さず飲みたかった。
あたしの反応が悪かったのか、少し離れた窓際にいたあいつが、こっちに近づいてきた。
「お前わかってねえだろ!」
「わかってるよ」
失礼だなって思ってむっとする。
「好きなことを、好きな人としたいし、共有したいんでしょ? いいじゃん?」
「わかってねえじゃん!」
「あ」
さっきまで飲んでいたタピオカロイヤルミルクティを取り上げられる。残り3分の1ほど残っていたのを、一気に飲み干された。
あー、ほら。そんな風に飲むからタピオカが余っちゃったじゃん。
「なんなのよ、もー」
よくわからなくって突っ伏すと、彼は窓のほうを見ながら、ちっちゃな声で言った。
「だから、好きなんだよ」
「ロイヤルミルクティが?」
「ちがう」
「じゃあ、タピオカ?」
「あほ」
「ねえ、とりあえず、今日のこと謝ろうか」
「……やだ」
そんなことを話しているうちに、先生に怒られて、教室を出されて。今日も一緒に帰ることになった。
駅までの道を歩きながら、こいつが心配して、駅まで行ったのに、わざわざ戻ってくれたんだな、とか。
ちょっとは悪いって思ったから、差し入れを買ってきたんだよな、とか。つらつら考えた。
だから駅に着くころには、なんだかんだ言って、入学してからこっち、1番長く過ごしているのが、彼で。なんだかんだ、ケンカするくらい仲良くなっているんだなって気づいたけど。
結局その日。彼が何を好きなのか。
あたしは正解を見つけることができなかった。
タピオカロイヤルミルクティ × ぶりっ子系男子 おわり
次回、「チャイミルクティ × モデル系男子」
甲斐亜門くん、登場です。