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5 こんな音にはノレねえ

――日が沈み、迎えた晩餐会。


大きなテーブルに所狭しと並ぶ、色とりどりの料理や飲み物は、さすが大国といったところか。

見慣れない料理が多いけれど、食欲をそそる匂いに、フリージアも思わず頬が緩む。

けれど。


「フリージア、どうしたんです?」


「飲み物、お酒しかないの?」


「そうですね。お酒は苦手ですか?」


「うーん。苦手と言うか……」


フリージアは今までお酒を口にしたことがなかった。

なんとなく20歳になるまでは控えた方がいい気がするのだ。

この国では、お酒は15歳から飲めるので、みんながぶがぶ飲んでいるけれど。


「今まで飲んだことがないんだよね。でもべつに飲んでもなんの問題もないしなー」


いや、逆にここでアルコールデビューしちゃってパリピの仲間入りを果たすのも良いかもしれない。


「よっしゃ、酒でもなんでもバッチコ……え」


隣から伸びて来たシルフの腕に、フリージアのグラスはかすめ取られていた。


「ちょっと、王子いー」


「今までお酒を飲んだことがないなら、控えた方がいい気がします」


「なんで!せっかくアルコールデビューしようと思ったのに」


「悪酔いして事が起こってからではまずいですからね」


言うが早いか、シルフはワインを一気に煽った。

フリージアの手に戻されたのは、空になったグラスである。


「うわマジさげぽよ」


「すみません、この人にお水を」


「水かよテンションダダ下がり地獄……」


とはいいつつ、たくさんの料理やデザートで、フリージアの機嫌はたちまち良くなった。

今度から、フリージア関連で面倒が怒ったときは食べ物を与えておこう、とシルフは頭の中のメモに記録した。


「2人とも、楽しんでいるか?」


昼間とは違う服装に身を包んだアズハル王が、2人の元にやってきた。

先ほどはラフな格好だったが、舞踏会ではさすがに着飾るようで、黒の軍服らしきものに身を包んでいる。

身長も高く男性的な魅力にあふれるその姿は、令嬢たちの頬を染めていた。


「はい。こちらの国の料理はとてもおいしいですね」


「貴殿の口にあったようで何よりだ。フリージア嬢も退屈はしていないか?」


「食べ物おいしすぎて無限の胃袋が欲しいレベル」


「そうか、どうだ、腹ごなしに一曲俺と踊らないか?」


「へ?」


にこやかな顔でフリージアをダンスに誘うアズハル王をシルフは怪訝な顔で見つめた。

どこぞの伯爵とか子爵とかならまだしも、国王陛下なんかの高貴な人間がホールに下りてダンスを踊るのはあまり聞かない。

こちらの国では普通なのだろうかと、そっと周囲に視線をずらすと、みんな驚いたようにこちらに注目していた。


やはり、これは前代未聞のことらしい。


「晩餐会なのに、ダンスもあるの?」


「俺は身体を動かすのが好きだからな。この下は、ダンスホールになっている」


「へー。って言ってるけど、王子、行ってきて大丈夫?」


一応確認を取るフリージアに、シルフは少しだけ安心する。

フリージアは問題児だ。やめておけと言いたい。

しかし、隣国の王の誘いを無下にするわけにはいかないだろう。


「……どうぞ」


「じゃあいいけど……アタシダンス下手だよ?」


「俺がリードする、構わない」


「えー、じゃあこれ食べ終わるまで待っててくれる?」


「食べ物なんて後でも食えるだろう。そんなにうまいか、これ」


「あー!ちょっとなんで勝手に取るの!」


「いいだろう、一口くらい」


「よくないし!」


……なんだか、シルフは目の前の2人の様子が面白くない。


大体、新婚のシルフとフリージアを祝うという名目で呼び出されたはずだ。

新婚夫婦の夫であるシルフを差し置いて、妻をダンスに誘うなんてありえない。

相手が国王でなければ無礼極まりないと切り捨てているところだ。

シルフだって、まだ彼女と踊ったことはないのだから。

つーか晩餐会なんだからおとなしく食事するべきだ。


(……フリージア嬢も、僕に聞く前にさっさと断ればいいものを)


しかし許可したのはシルフ本人である。


「……」


2人をじっと見つめていると、視線に気づいたアズハル王がこちらに視線を向け――ニタリと笑った。


(……こ、こいつ)


明らかにシルフを挑発しているとしか思えない笑みだった。

腹の底から苛立ちが込み上げてくる。

らしくもなく、シルフは思い切りアズハル王を睨み返した。


「……ぶっ」


「うん?アズハル王、どうかしたの?」


「いや、つまらないと思っていたおもちゃが、つついてみたら面白い反応を見せたものでな」


「は?マジ意味わかんない」


「それより、飯はもういいだろ、曲が始まる。いくぞ」


「ええ~。じゃあ王子、ちょっと行ってくんね」


半ば連行されるように、フリージアはアズハル王と腕を組みダンスホールへ降りて行った。

その後ろ姿を、釈然としない気持ちで見送る。


(あの男、彼女の扱いがどれだけ大変かも知らないで、あとで困ればいい)


なにか問題が起きたって知るもんか。

シルフは傍にあったワインを一気に煽る。

あまりお行儀が良くないが、でもまだ、むしゃくしゃした気持ちは消えない。

その苛立ちがどこから来るのか、シルフはまだ気付いていない。


もっとも、周囲から見ればそれは一目瞭然であり、大国の王に新妻を攫われて荒れる夫に、気の毒そうな視線が集まっていた。



***


――ところ変わって、ダンスホール。


ゆったりとしたワルツの音楽が流れていた。

今日はダンスホールを開放しているらしく、この国の貴族らしき人々が身を寄せて踊っている。

そんな中で一際目立っているのは、この国の王と隣国の王子妃の組み合わせだった。


「ねえ、ダンスってなんでどこもこんなスローテンポの曲なの?」


体を揺らしながら、フリージアは少し不満げに目の前の男を見上げる。


「もう少し早い曲が好きか?」


「なんていうか……こんな音にはノレねえって魂が言ってんだよねえ」


「ははは、なんだそれは。いいだろう、次は楽しい曲にしてやるよ」


眠ってしまいそうなワルツの曲が終わった後、流れて来たのはかなりハイテンポな曲だった。

今までゆったりと踊っていたカップルたちは当然戸惑う。

これは、恋人たちが甘い言葉をささやきながら踊るような音楽ではない。

クラシックと言うよりはもっと身近で、思わず体が動いちゃうような――


「ロックだ!」


きらーん!とフリージアは目を光らせる。


「この曲は、俺が昔世界を旅していた時に聞知ったものなんだが、なんだ、お前知ってるのか?」


「知らない!けど知ってる気がする!ああ、この体の芯にガンガン来る感じ、最高!」


「おお、お前、なかなかやるな。この音の良さが分かるとは!」


「イエス!ロック!最高!ねえ、歌は?歌詞はないの?」


「良かろう、特別に俺が歌ってやる!」


意気揚々と宣言したアズハル王は、舞台になっている部分に上がると、マイクを手に取った。

途端、その歌声が会場中に大音量で響き渡る。


他の参加者はぎょっとしたようにそちらを見た。

何事かと思ったのだ。

するとこの国の王が歌っているのだから、唖然とするしかない。

音は外れていないし、上手いことは上手いのだが、いきなりのことで理解が追いつかず、メデューサでも見てしまったかのごとく固まっている。


「ちょっと、みんな、なにやってるの、こんなノリノリのリズム!」


その中で、一人はしゃいでいるのはフリージアだけだった。

重低音を響かせるアズハル王の前で、ぴょんぴょん飛び跳ねている。


「みんな、初めてだからノリ方が分かんないんだね、教えてあげる。さあ、人差し指を天に掲げて!」


見ていたカップルたちは、理解が追いつかないながらも、フリージアが隣国の客人だと気付くと、渋々言われた通り人差し指を持ち上げた。


「そう、そのまま、あとはリズムに乗ってジャンプして!ほら、こんな風に!」


ぴょんぴょんと、一定の間隔で飛び跳ねて見せる。

しかし彼らも貴族だ。

さすがにそんな風にはしたない真似はできない――と戸惑いの空気が流れたところで。


「おお、なんだこれ、楽しいぞ!」


一人の若者が、フリージアを真似てジャンプしてみせた。

しかもその表情はいやに楽しげである。


「君達もしてみなよ!こう、音楽と一体になっている気がするんだ!」


じわじわと、まるで水の波動が広がるように、彼らは音の世界に取り込まれてゆき――


「そう、ここまで来たら、アホになった奴が勝ちだよー!」


会場は完全にアズハル王のライブ会場と化していた。

リズムに合わせて波打つ観客。シルクのハンカチを振り回している人もいた。

髪が乱れることも気にせず、高いヒールは脱ぎ捨てて、皆それぞれが思うままに音に揺られている。


しかし、一番気持ちいいのは前で歌っているアズハル王である。

だんだんと自分の歌声にノッて騒ぐ観衆に、彼の興奮は最高潮だった。


「お前たち、最高だぜー!」


終演後、リボンやら髪飾りやらチーフやらが舞い散り、会場は散々な状態だった。

しかしみんな、満足げな表情を湛えている。


「楽しいわ、こんなに楽しいの、私生まれて初めて!」

「私は……いや俺は、なにか大切なものを思い出したような気がする」

「日頃のうっぷんなんて消え去ったわ!」


笑顔の連鎖に、フリージアも口角を上げる。


「みんな、そういう時、なんて言えばいいか教えてあげる――アンコールよ!」


アンコール!アンコール!会場中が一つになってアズハル王の歌を求めた。


いつもは仲の悪い人も、身分も性別も関係なく、その時会場はまさに一体となっていた。


「お前たち、暴れる準備はできてるかー!」


「イエーイ!」


――それは、夜明け近くまで続いたという。


「最高のライブだったよ」


何度目かも分からないアンコールを歌いきって、誰もいなくなった会場に倒れ込んだアズハル王へ、フリージアはそっと水を差しだした。


「悪いな」


「ううん。ちょー楽しかった!」


「ああ、俺も最高だったよ」


アズハル王はおもむろに片手を上げる。

フリージアは迷うことなくパン!と手と手を合わせた。

仲間同士のハイタッチだった。


「なあ、フリージア」


「なに?」


言いながら、フリージアはアズハル王の隣に腰掛け、自分も水を飲む。

叫び続けて、喉はカラカラだった。


「お前、いい女だな」


「当然でしょ?」


「美しい上に、俺の心をここまで満たせる女はいない」


「褒めてもなにも出ないっつーの」


「フリージア。お前、俺の妃になれ」


「……」


空耳かと思い、フリージアはアズハル王のほうを見る。

真剣なまなざしが、彼女を見つめていた。


「……マジで言ってる?」


「マジだ」


「えーと、無理、ごめんね」


「だろうな」


アズハル王はなんとも簡単に引き下がった。

そして遠くを眺めるように、目を細める。


「お前は好き勝手しているようで、あのシルフ王子の言うことには従うもんな」


「まあ、一応」


「ずるいよなあ、お前たち、水と油みたいに全く真逆に見えるのに」


「そう?」


「あの真面目が服を着たみたいな王子と、野生の動物みたいなお前じゃあ、違わないところを探すほうが難しい」


「ちょっと野生の動物ってマジ失礼じゃない? レディに対して無礼じゃない?」


「本当のことだ」


ははは、と王は爽やかに笑って見せた。

多くの令嬢が見惚れるような笑顔なのに、フリージアの心に広がるのは兄に感じるのと似た信頼感だった。


「もう……あれ?」


フリージアはいきなり、自らの足元をごそごそと探り出した。


「お前、何をやっているんだ?」


アズハル王が怪訝な顔をすると。


「やだーカブちゃん!」


フリージアはててーん!とカブトムシを取り出した。


「……なんでお前のドレスからカブトムシが出て来るんだ」


「カブちゃん。ペットなの。着いてきてたの? 天才!」


「虫をペットにするなんて……お前はつくづく変わった奴だな」


アズハル方が呆れたような視線をフリージアに送る。

しかしフリージアはそれをものともせず、ふふん、と得意げに笑って見せた。


「それより――そろそろ構ってやらなくていいのか」


「え?」


「お前の大事な夫だよ」


「ああ、そうだね、ちょっと待たせ過ぎちゃった」


空はもう明るくなりかけている。


「ちょっと待たせたってレベルじゃねえなあ。まあ、誠心誠意、謝りな。お前なら、きっと許してくれるよ」


「どうかなー。王子はアタシを怒るのが好きだから」


「俺はもう少し休んでから行くから、先に戻れ」


「じゃあ、お先に。歌最高だったよ。また聞かせて」


「ああ、いつでも聞かせてやるさ」


余韻と、程よい疲労感に包まれて、彼らはやけに素直な気持ちになっていた。

まるで少年漫画の和解したライバル同士のように、2人とも穏やかな気持ちで別れたのだった。





次回シルフぷんすこの予定

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