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4 アゲてこーよ



最近、シルフは忙しい。


「シルフ様、こちらの決済をお願いいたします」


「……これは、兄上の案件です」


「ジェームズ殿下はリリアンヌ嬢に振られてから何も手に付かないようで……」


「……チッ」


キャラに合わない舌打ちが出てしまうくらいには仕事に追われていた。


溜まり切った書類に、ボンボンと王家の紋章が彫られた印鑑を押す。

こう毎日押していると、王家の紋章がすごく安っぽい物に思えてくるから不思議だ。


「シルフ殿下、国境の兵より、調査結果が報告されました」


「見せてください」


シルフがこんなに忙しいのは、兄王子のジェームズが全く仕事に手を付けてくれないのと――隣国との関係が悪化しているからだ。


「……国境にまたがる鉱山にの3万軍……面倒ですね」


「こちらも、我が国の境については兵を固めていますが……」


「そうですか」


「ただこのまま状況が悪化すれば、最悪戦争にもなりかねないかと……」


シルフの元には、次々と仕事が舞い込んでくる。

息を吐く間もなく、寝る間も惜しんで当たっているが、状況が状況だけに隣国の件が解決しない限り落ち着けないだろう。


「はあ……」


書類を手にしてため息をつくのももう何度目だろうか。


「シルフ殿下!」


「……今度はなんですか?」


「隣国から書状が来ました!」


「書状?」


隣国の王家の紋章が刻印された書状を、シルフはそっと開いた。


「これは……」




*****


シルフは現在、フリージアと共に馬車に揺られている。

砂利道を行く馬車はガタガタと荒い音を立てた。

いくら王家の上等なものであろうと多少の揺れはある。

しかし彼にはそんなことを気にする余裕もなかった。


「はあ、非常に不安です」


「まあまあ、アゲてこーよ王子い」


「誰のせいだと……」


書状は、シルフを国へ招待するという内容だった。

これだけならば別にいいのだが、問題はその続き。


『第二王子におかれましては、ご成婚されたとのことで、お祝い申し上げます。つきましては、わが国でおもてなしをさせていただきたく、ぜひ奥様とご一緒にお越しください』


「フリージア嬢、隣国に知り合いはいないのですよね?」


「親戚も友達もみんな国内でーす」


「じゃあ狙いはアレキサンダーか……」


「兄上?ああ、バクダンね、なるほど、だからアタシも一緒なんだね」


「……」


「なに?」


「いえ……」


シルフは少しだけ驚いた。


フリージアには申し訳ないが、この状況が理解できるとは思わなかった。

なるほど、彼女は特段悪いわけではないらしい、と彼女の認識を改める。


隣国の狙いはおそらく――フリージアの兄、アレキサンダーがたまに作ってしまう爆薬にある。

薬の開発で、なぜ爆薬ができるのか理解に苦しむが――天才となんとやらは紙一重といったところか。


妹であるフリージアを取り込んで、それを盾に兄のアレキサンダーも、という考えなのだろう。

だからこそ、国王陛下でも兄殿下でもなく、フリージアを妻に持つシルフが招待された。


なにしろ、アレキサンダーは優秀な研究員だ。

優秀がゆえに、作り出してしまう爆弾の威力も強い。


隣国は文化的な面においても軍事力においてもこの国より発展している。

その隣国に爆弾が渡ってしまえば、太刀打ちできなくなってしまうだろう。


「夫婦で」と書いてあるのをシルフ一人で向かうのも角が立つ。

だから、彼女も連れて隣国へ出向くことになったのだが――それゆえに、なんとしてもシルフは今回フリージアから目を離すわけにはいかないのだ。


「いいですか、フリージア嬢。僕がいいと言うまで、絶対に喋らないでください」


「ええ?また?」


「機嫌を損ねれば今度こそ本当に処刑ですよ」


「マジか」


「マジです」


下手な言動を慎むよう、フリージアに言い聞かせるのを忘れてはならない。



「到着いたしました」


しばらく揺られていると馬車が止まり、外から従者の声が聞こえた。


「フリージア嬢、着きましたよ」


シルフは目の前で暢気に眠るフリージアに声を掛ける。


「……んん」


「……」


フリージアは、黙っていれば美しいのだ。

喋ると壊滅的に残念だけれど。


「……起きてください」


「んー……?」


「……」


長い睫毛が揺れる。

少しだけ開いた桃色の唇からは、微かに吐息が漏れた。


ごくりと、生唾を飲み込む。

いけない。ここは他国。今から戦いに行くようなものなのだ。

気を引き締めなければいけない。


「お、起きてくださいフリージア嬢」


なんだかんだでシルフも健全な男の子であった。


「あれ、着いたの?」


「降りますよ。先ほど言ったこと、くれぐれも忘れないでくださいね」



馬車から降り立つと、目の前にあるのは荘厳な雰囲気の、巨大で飾り気のないお城。


中に入ると一番奥の間に案内される。


言われるがままに着いて行くと、そこにはこれまた豪勢な椅子に腰かけ、なんとも気だるげな様子でシルフとフリージアを迎える男がいた。

大柄の、精悍な顔立ちをした人物――この人こそ、大国の皇帝陛下、アズハル王だ。



「よお、良く来たな」


「……お招きいただき、ありがとうございます」


「ああ、堅苦しい挨拶はいい。さっさと座れ」


「……」


シルフは眉をしかめる。


確かに相手は隣国の国王陛下だが、シルフだって一国の王子だ。

こんな物言いをされることは中々ない。

まるで相手に、お前たちは格下だ、と言われているような気になる。いや、実際そうなのだろう。


「失礼します」


小さく頭を下げて腰かける。


「そこまで離れていないとはいえ、貴国からでは道が良くなかっただろう」


「……そうですね。いずれ、整備が必要かもしれません」


バカにされているのだろうか。シルフは慎重に相手を見据える。

フリージアは、ちゃんと黙ってシルフの隣に座っているようだ。

重要な局面で物分かりが良いのはありがたい。できれば日頃からそうであってほしいけれど。


「整備なんて、お前の国とこちらの国はほとんど交流がない。必要ないさ」


「ええ、遠い未来の話です」


シルフはうっすらと微笑んで見せた。

この男、戦うつもりか。シルフは舌戦なら得意である。

相手はそんなシルフを見て、少しだけ面白くなさそうな顔をした。

侮ってもらっては困る。意地の悪い人間ならば、腐るほど見て来た。


「俺は面倒は嫌いだ。単刀直入に言う」


「どうぞ」


アズハル王は、急に真顔になると、そっと声を低くした。


「国境の鉱山、あれを我が国に譲れ」


「お断りします」


「……ほう」


鉱山のことを言われるのだろうと、予想はついていた。

あらかた対策も考えてきている。

丸腰で外交に臨むなんてことはないのだ。


「あれはこちらの国と貴国の国境にある山。半分は我が国のものです。もろ手を挙げて開放しろなんて無理な話です」


「言い値で買い取る」


「お断りします」


鉱山から採掘されるのは鉱物。当然ながらそれは、武器の材料になるのだろう。

これ以上隣国に力を強くしてもらっては、こちらとしてもやり辛い。


「では聞くが、お前はあの鉱山をどうする気だ?鉱山を掘ったとしても、その鉱物を加工する施設も技術も貴国にはない。観賞用になるくらいならば、高い金を貰って売った方がいいだろう」


「そんなもの、いくらでも今から準備できます。国の資源を他国に渡す方が問題です」


「まあ、そう来るよなあ」


アズハル王は頬杖をつくと、気怠そうにカップを手にした。

この男は、回りくどい話し合いは得意ではないらしい。

これならば、口で丸め込めるかもしれない、とシルフが思い始めたとき。


「我が国が、あそこに軍隊を置いているのは知っているだろう」


「……ええ」


「いつでも貴国に仕掛ける準備はできている」


「……それは」


脅しだ。


ここでシルフが拒否すれば、国境を守っている兵士に攻撃を仕掛けるつもりだろうか。

握り絞める手に汗がにじむ。


本当にならばこのような話、第二王子であるシルフがするものではないのだ。

父王や、あのボンクラの兄殿下――には無理かもしれないが、そういったレベルの話である。


こんな国を揺るがす話を、小国からはるばるやってきた第二王子に、しかも着いて早々始めるなんて。


「そうだな、おい、お前」


「……」


「さっきからずっと黙って人形のように座っているお前だよ」



アズハル王は、びし、とフリージアを指差した。


「お前、どう思う?」


まさかここで自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう、さすがのフリージアも驚いて、シルフにそっと視線を向ける。


シルフは小さく首を振った。彼女に分かる話ではない。余計なことを話せば問題になる。

ギラリと目を光らせてそう訴えると、彼女にも意図が伝わったらしい。


開きかけたその唇を、フリージアはそっと閉じた。

代わりにシルフが応える。


「陛下、恐れながら妻は、政治の話は分かりませんので」


「……フン。つまらん」


アズハル王は本当につまらなそうにそう言うが、こればかりは仕方ない。

フリージアに自由な言動を許してしまえば、シルフには止められない。

変に問題を起こすわけにはいかないのだ。


「まあ、こちらとしても戦争を始めたいわけではない。交換条件を用意してやった」


「交換条件ですか?」


「この女の兄の身柄を、我が国に引き渡せ」


「……なんと勝手な」


さすがのシルフも怒りを露わにする。


「本当は、その女を懐柔しようと思ったのだが、俺は人形のようにつまらない女はいらない。しかし兄は優秀な科学者だというじゃないか。その兄をこちらへ引き渡せば、国境にいる軍は下がらせよう」


「……」


「さあ、どうする?」


これは、第二王子であるシルフの一存で決められるものではない。

しかし、だからこそアズハル王は、国王ではなくシルフを招いたのだろう。

有利な状況に物事を運べるように。


アレキサンダーを引き渡せば一時はしのげるだろうが、彼が隣国の兵器になってしまえば窮地に陥るのはこちらである。

だからといってここで断れば、戦争が始まるかもしれない。


「……」


ふと、シルフはフリージアの教育係の話を思い出す。



『フリージア王子妃は、国際情勢も歴史も帝王学もシルフ殿下に引けを取らないほど完璧です。ただ、マナーだけ、淑女のマナーだけは何度言っても覚えてくれないのです!』



彼女はそんなことを言ってちょっと泣いていた。

そして、道中の馬車での会話。

ふむ、とシルフは考える。


ここで自分が避けなければいけないのは、隣国と戦争になること、そしてもはや爆弾そのものであるアレキサンダーを隣国に渡して戦争の火種を作ってしまうこと。

しかし目の前の男はそのどちらかを選べという。

シルフには、そのどちらを選ぶことも出来ない。

しかし、隣にいる彼女はどうだろう。


「……フリージア嬢」


――シルフは、持てる駒はすべて使う主義だ。


「あなたなら、どうしますか?」


もしかしたら、彼女なら三つ目の選択肢を見つけ出してくれるかもしれない。


「……いいの?」


「どうぞ」


シルフがフリージアに話すことを許可すると。



「アンタ、態度でかすぎ。ついでに視野狭すぎじゃね」


大国の王を真っ直ぐ見据えて、彼女はそう言い放った。

シルフは一気に顔が真っ白になる。

やっぱり、やめとけばよかった。


「……ほう?」


アズハル王は面白そうに口の端を上げた。


「あんたがちまちま鉱山を採掘する間に、うちの兄は倍の数の爆弾を作り出しちゃうよ。そんで鉱山ごと、アンタ達をぶっ飛ばして天国へサヨナラ満塁ホームラン」


「へえ、お前、なかなか言うじゃないか」


「言っとくけど、ハッタリじゃないから。うちの兄って研究オタクだから。妹としては、あのモサい見た目マジ勘弁なんだけど」


「それで、お前はどうするつもりなんだ?」


アズハル王の目が、面白い物を見つけたようににギラリと光る。


「だから、うちのモサ兄貴、貸してあげてもいいよ。あげるわけにはいかないけど」


「それで爆弾の作り方を我が国が技術として得ることになるが、それでいいのか?」


相手はニヤニヤしながらフリージアの言葉を待っている。

ちょっと気色悪い、とシルフは思った。


「ただで貸すとは言ってないし、貸してあげるのは爆弾だけ。鉱山を、うちの国とアンタの国で一緒に開発するってなら、貸してあげてもいいよって言ってんの」


「一緒に……?」


「そうそう。うちの兄貴の爆弾使えば、一発で鉱山の奥まで行けちゃうから、後は採るだけだし。その代わりに、鉱物を加工する技術をうちの国にもちょうだいって話。どう?」



シルフは思わずフリージアを見た。

よくそんな考えを思いついたものだ。

シルフもつい聞き入ってしまった、


「なるほど……なかなか面白いじゃないか」


「でしょ?」


フリージアが得意げに笑う。


顔だけはいい彼女が笑うと、その美しさにかわいらしさまで加わって、なんとも愛らしくなってしまう。

アズハル王も例外ではなかったらしく、フリージアを見つめて一瞬固まった。


本当に一瞬のことであったが、シルフは見逃さなかった。



「そうだな、我が国に利が少ない気がするが――如何せん面白い。俺は面白いことが好きだ。その話、乗った」


「マジ?やった!」


こんなにあっさりと、簡単に決めていいのだろうか。

しかし、あとで気が変わったと言われても面倒なので、ここはこのまま早く話を終わらせてしまおう。


「……ありがとうございます」


「良かったね、王子」


屈託のない笑顔で笑いかけて来るフリージアに、シルフはどこか落ち着かない気分になる。


「……はい。フリージア、あなたのお蔭です」


「えへへ~」


シルフは感謝のしるしに、彼女の手の甲に口付けた。

淑女に対する、紳士のあいさつのようなものだが、感謝の意味もある。


白い肌から唇を離して、そっと視線を上げると、なぜか彼女は顔を真っ赤に染めていた。


「……どうかされましたか?」


「えっ、えっと、その……」


フリージアは社交界に慣れていない。手にキスをされるのでさえ、家族以外では初めてのことだった。


「シルフ殿下、フリージア嬢」


そんな二人に、アズハル王が声を掛ける。


「今宵は晩餐会だ。一流のシェフが腕を振るってもてなすので、ぜひ楽しみにしておいてほしい」


そう言うアズハル王の視線はまっすぐフリージアだけに向いていて、なんとなくシルフは彼女を自分の後ろに隠す。


「……」


「……」


2人の男の間には、確実に火花が散っていた。


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