表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1 マジ神仕事しろ~


「お前との婚約を破棄する!」


「オーイェーバッチコイ!」


国賓が集まる舞踏会。


そこで行われた第一王子ジェームズとその婚約者である侯爵令嬢とのやりとりがこれである。

当然、会場中の視線は彼らに集まった。


貴族の令嬢であるはずの彼女から発せられた言葉に、周囲は全く理解が追いついていない。


「てかさー、自分けっこー自惚れてない?アタシさあ、アンタのことそんな知らないじゃん?」


「……なんだ、その言葉遣いは」


「そもそもウチら、マジ価値観合わなくない?って思っててー。そんな人と結婚とかガチ泣きなんですけど」


荘厳な雰囲気の中、一流のオーケストラが演奏するワルツをBGMに彼女はあっけからんと言い放つ。


「知らない男と結婚しろとか言われてわりとマジでギャン泣きしてたんだけど、そっちから破棄とか言ってくれてホント最高サンキューベリベリ!」


「な、なにを言っているんだこの女……。お前、ほんとにフリージアか?」


「フリージア!マジウケる!どうせなら名前フリーザとかにしない?宇宙征服できそうじゃん?」


第一王子ジェームズは予想だにしていなかった展開に、唖然とするしかない。

侯爵令嬢であるはずの彼女が、意味の分からないことを言うのだ。


「宇宙はウチらのもんでーす!カーメーハー〇ーハー」


今宵は、盛大な舞踏会だった。

食事を楽しみダンスを踊ることはあれど、大声を出して騒ぎ出すことなんて間違っても起こるはずがない。

注目を集めながら、彼女はなにやら謎のポーズを取っているが、それが何の儀式なのか分かる人間はこの場にいなかった。


「あーやっぱ出ないー。てかクソスベったんだけど爆笑~誰も笑ってねえ―」


真顔で「爆笑」という彼女を見て、とうとうジェームズの額に冷や汗が流れ始める。

彼は未知の生物に遭遇してしまったようだ。


「神様もさ、そろそろ人間にもカメ〇メ破くらい出るようにしとけって感じじゃん?マジ神仕事しろ~」


「……お前、本当にフリージアか?」


「なに?フリージアとかかたっ苦しい名前の人間、他にもいるわけ? ネーミングセンス終わってる~」


「……」



ジェームズから見る彼女の外見は、釣書とそう違わない。

ブロンドのロングヘアと潤んだヘーゼルの瞳、華奢なのに細い手足――母譲りの美貌である。

しかしジェームズは、婚約者であるフリージアとまともに話すのはこれが初めてであった。



親に決められた政略結婚。

それがどうしても嫌だった。


相手がどんなに素晴らしい令嬢であろうとも、妻になる相手くらいは、自分で決めたかった。

もちろん、王太子であるジェームズにとって、それは無理な話であり、両親も聞く耳を持たなかった。

反発したジェームズは、フリージアとは絶対に顔を合わせようとせず、普通の婚約者同士がするような手紙のやり取りもプレゼントも一切しなかった。


そんな時に出会ったのが、子爵令嬢のリリアンヌである。

屈託ない笑顔で、王子という身分を気にせずに自分と接してくれる彼女を見て、ジェームズは簡単に恋に落ちた。

むしろ、自分は身分と言う障害を乗り越えて彼女と結ばれてこそ、幸せになれるに違いないと――そう思っていた。


予想とずいぶん違う婚約者に驚きながらも、ジェームズはここで引いてなるものか、と語気を強める。


「フリージア、それでとぼけているつもりなのかもしれないが、自分が婚約を破棄される理由に心当たりがあるはずだ」


「婚約してるのに会ったことがことがないこと?手紙の一枚も返ってこないこと?人目も憚らず他のオンナとイチャイチャしてること?うわーいっぱい」


「っ俺じゃない、お前がやったことについてだ!」


「はー、なあに?」


フリージアが面倒そうに肩をすくめた。


(……こ、コイツ……)


どこまでもジェームズを刺激する女だ。


(しかし、そんな態度を取っていられるのも今のうち)


ジェームズは、この婚約破棄の為に準備していたものがあるのだ。



「おい、お前、リリアンヌに嫌がらせを行っていたそうだな」


「なにそれ?」


「とぼけても無駄だ。証人はここにいる。なあ、リリアンヌ?」


そういえばずっとジェームズの傍らにいた令嬢は、両手を組んで上目遣いで相手を見上げた。


「はい、ジェームズ様。それは、私が以前、ベルゾン伯爵のガーデンパーティーに参加したときのことです……」


「なに?本当にあった怖い話でも始まるの?」


「やめろ」


「私は友人たちと語らいながら、パーティを楽しんでいました。そこに、フリージア様が現れて、足を引っ掛けられ、ドレスがびしょびしょに……」


「わざと足を引っ掛けるなんて悪質だぞ!」


「勝手に転んだだけじゃん?」


「酷いです……でもまだあります」


ストックはたくさんあるらしい。


「他の舞踏会に行ったとき、バルコニーに出て休んでいたら、フリージア様の知り合いだとかいう男性に襲われそうになりました」


「たまたま私が気付いたからいいものの、もし手遅れになっていたらどうするつもりなんだ、フリージア」


「誰?そのアタシの知り合いっぽい人って」


「逃げるのに必死だったので、お名前までは……」


「ジェームズ王子は?顔見てないわけ?」


「暗くて良く見えなかった!」


「やだ王子ポンコツ~」


王子に対してあんまりな台詞に、ジェームズは眉を顰める。


「お前、このまま不敬罪で牢獄に入れてやってもいいんだぞ」


「ムリーゴメンアソバセー」


「でも、これまでのことは良いのです。些末なことですから」


「へー。まあどれも心当たり全くないんだけどね」



リリアンヌ嬢は悲しげな表情を作ってみせる。

勿体ぶるような表情から察するに、最後に大きな爆弾を残しているらしい。


「……私、見てしまったのです。フリージア様が、王妃様のワインに毒薬を入れようとしているところを」


「わお」


「な、なんだと!?」


さすがのフリージアも驚く。

そんなことをすれば、処刑どころか家の取り潰しは免れない。

ジェームズも目を丸くしているところを見ると、彼もこの件は初耳らしかった。


「私は慌てて他のワインに取り替えました。もし、あれを王妃様が召し上がっていたらどうなっていたことか……」


「まあ、毒薬ですって?」


「ありえないわ、そんなこと」


「でも、フリージア様ならやりかねない」


「ああ、あの『悪役令嬢』ならやりかねないな」


リリアンヌの信じられないような告発に、周りの人々もざわざわと騒ぎ出す。

普通なら、縁起でもないことを言うリリアンヌに批難が向けられてもいいところだが、その点においてはフリージアの分が悪かった。


フリージアはあまり社交を好まず、口を開けば失礼な言葉を発することも度々。

そのせいか周りの評価は元々低い。


最近は婚約者である王太子を子爵令嬢に取られたと話題になり、その構図が意地の悪い女が恋人に嫉妬する――さながら物語の「悪役令嬢」のようだと専ら噂になっていたのだった。


「ちょっと、何言ってるわけ?そんなことするわけないし!」


「黙れ!フリージア、母上に毒なんて……何を考えているんだ」


「だから知らないって」


「誰か!こいつを早く捕らえろ!」


この辺りで、分かる人ならばここが「永遠の愛をキミに~ラブ&WAR~」というクソダサい乙女ゲームの世界にとても似ているということに気付くのだが――残念ながら彼女は知らなかった。

なぜなら彼女は前世、リアルが充実しているピチピチギャルだったから。


前世の記憶はたまに夢に見ることはあるが、特段役に立つものはない。


ただし、魂に刻み込まれたギャルメンタルは健在らしい。


「ちょっと、離してよ!知らないっつの!」


「コイツを牢屋へ――」


「――なんの騒ぎですか?」


警備の兵士にもみくちゃにされながらフリージアが暴れているところに、割って入ってきたのはジェームズの弟、第二王子のシルフだ。


遅れて参加した彼は、会場のただならぬ雰囲気になにか大変なことがあったと察したらしい。


「兄上、そちらは婚約者のファビエル侯爵令嬢ではありませんか?いったい何が――」


「シルフ手伝え。こいつは母上のワインに毒を盛った。牢屋に入れる」


「は、毒? しかも母上に? 兄上、ちょっと落ち着いて――」


「そんなことを言っている場合か!早く連れて――」


「兄上、証拠もないのに侯爵令嬢を地下牢になんて入れられません」


「だが!」


「客室でも、見張りを付ければ問題ないでしょう」


「……まあ」


兵士に囲まれ、危うく地下牢に閉じ込められるところだったフリージアは、弟殿下の進言でとりあえずお城で一泊することになった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ