第5話:頼られしモノ
「おい起きろ、夜だぞ」
ん……少し肌寒い、身を震わせてヴィルトを強く抱きしめる。
「お……おい放せっ夜だって言ってるんだ早く起きろ、俺は一日歩いてたんだぞ! 飯くらい食わせろ」
耳元でぎゃーぎゃー喚くな、煩い。だが仕方ないから起きてやるか。
「街についたのか?」
「そんな訳ないだろ! 回りをよく見てみろ!」
言われたままに周囲を見る、暗闇に彩られた世界に広がるのは暗緑の木々。そこから想像できる場所は一つだけ。
「――森か?」
だとしたら塔からそう遠くないはずだ、こいつは一日かけてこれしか進んでないのか? 犬のくせに遅すぎる。
「そうだ、走ろうとしても早歩きでも体が揺れるとお前は俺の首を絞めたんだ! だからゆっくりとしか歩けなかったんだよ!」
涙ながらに訴えてくるヴィルト、まぁそういう訳なら仕方がないか。
「で、飯はどうした。私を起こしたということは飯の準備ができたんだろう?」
「……俺の話を聞いてたのか? 俺は飯を食いたいからお前を起こしたんだ」
寝起きに何か言われても理解できるはずがない。それにしても困ったな、私は別に食べなくても平気だがヴィルトは違う。体格に見合っただけの量を食べる。しかも味にうるさい。私自身も久しぶりにうまい飯が食べたいし……あいつを呼ぶか。
魔物は階級が高いヴィルトのようなものでも、一度契約をすれば高い魔力と引き換えに名を呼ぶだけで召喚することができる。しかし悪魔にはもう一種類、魔人という種族がいる。彼らは特定の契約を結ぶことがほとんどない、しかも召喚するには特定の呪文を必ず詠唱しなければいけなかったりと面倒だ。それ故に人は魔具を用いて魔人を強制的に支配下に置く。
それから解放された魔人は人に対して強い恨みを持ってるから大体は人を虐殺するんだがな。今から呼ぶのはその魔人、もっとも「誇り高い魔人」というイメージからはかけ離れているやつだが。
イメージするのは同じだがそこから口に出すのは名ではなく詩。
哀しく、それでいて慈愛に満ちた夜を称えし古の詩。目を閉じたまま魔力を声に乗せて謡い続ける、ヴィルトは目を閉じて聞き入っている様に見えるが……やはり魔界のものはこういうものが好きなのだろうか。
詩が終わりにさしかかった時、それは始まる。辺りを吹き抜けていた風は止み、隠れていた月も顔を出す。
そして歌が終わった瞬間――目の前の空間に黒い染みが現れる、それはだんだんと大きくなっていき球体になった。そしてそれがひび割れ、黒が砕け散る。
「あ、マスター! お久しぶりです!」
現われたのは私と同じく長い髪を持つ大人の女、私の髪は金だがこいつのは黒だ。ほかに特徴といったらあの胸に実った場違いな果物くらいだろう……別に羨ましいわけじゃない。
纏う衣装は黒一色であり、俗にいうメイド服だ。
「久しぶりだなリーリカ、いきなりで悪いが飯を作ってくれ。ヴィルトがうるさくてな」
「ヴィルト!? なんであなたがここに、それよりもマスターに迷惑なんて……かけてないでしょうね?」
ヴィルトを見たその眼は一瞬だけ驚いていたが、すぐに笑顔に戻った。だが殺気は抑えてほしいところだ。
「リ、リーリカ。落ち着け、何もしてない。ただ腹が減ったって話をしていただけだ、だから落ち着け!」
「ふーん……まあいいわ、ではマスター少々お待ちくださいね」
そう言って何も言わず森の中へ入っていく、森にいることに対して言いたいことは何もないのだろうか。
しばらくすると両手いっぱいに果物や野菜を抱えて戻ってきた。そして私のバックと同じ様な構造なのかエプロンドレスのポケットから鍋を取り出し集めた食材を魔法で切り刻んだりしながら調理する。
鼻歌を歌いながら調理する姿はどう見ても魔人のそれでは無い、じっと眺めていると顔を赤らめていたが手はしっかり動かす。最高のメイドだ。
しばらくして出来上がった料理を食べ終わったり、ヴィルトを撫でていたら眠くなってしまった。リーリカに状況を説明しなければいけないのだが……リーリカに背中を撫でられていたらいつの間にか眠ってしまった。
朝起きた時ヴィルトは恐怖に震え丸くなっており、なぜかリーリカは全てを理解していた。何があったのかよくわからないが気にしなくていいだろう。
心強い世話係も呼んだことだし街に急ぐか、丸くなっているヴィルトを蹴り起こして跨る。
「さ、今日こそ街に行くぞ」
そして私たちは街に向けて出発した、途中文句を言うヴィルトがリーリカに睨まれて泣いていたが気にしてはいけないのだろう。