第8話:夜闇に潜むモノ
目が覚めたとき、斜陽が窓から差し込んで部屋をオレンジに染めていた。
「あ、おはようございますマスター。もうすぐ日が沈みますのでちょうどよいお時間です」
そう言ってリーリカは淹れたてなのか湯気の出ている紅茶を差し出してきた。手に持った時にまだ熱かったので口をつけない、今口をつけたら火傷するじゃないか!
ヴィルトはヴィルトで寝ているし……緊張感のない奴らだ。もしこの間より強力なやつがいたら私が負けるかも知れんのだぞ、その確率はないに等しいがな。
探索へ行くに当たりいくつかの魔具を準備する、備えあれば憂いなしというやつだ。ヴィルトはまだ行きたくないとほざいているが引っ張っていけばいい。
「さて、行くぞ」
そして窓の外が夕闇に包まれた頃、私とヴィルトは窓から抜け出した。宿の主人や住民にばれないよう慎重に。
外に出たらまずは跳躍、宿の屋根へと上る。物を探すときは高い所から探すのが一番だ。
「どうだ、例の音は聞こえるか?」
「いや……何かを吸い込む音も金属音もしない。だけど火薬の匂いがするぜ!」
火薬、それを用いるといったら軍しかない。あれほど強力なモノを軍が知らないはずがない、軍人でも捕まえて聞き出すのが手っ取り早いか?
屋根を跳び火薬のする方へとヴィルトの先導で進んでいく、私に合わせて走るくらいなら乗せろと言いたくなる。
「――あれだ」
しばらく進むと倉庫らしき建物の上でヴィルトが立ち止まり呟く、その視線の先にあるのは屋敷の様だ。身をかがめて覗き込むが遠くてよく見えないじゃないか、仕方ない……バックから一つの魔具を取り出す。唯の望遠鏡に見えるこいつだが、夜でも昼のように明るく見える代物だ。
それを使って数百メートル離れた屋敷を見る、別におかしいところはないようだが……ん? 馬車の隣にいるのはまさかオルガか!? この間見た奴とは形が少し違う、こいつの方が少しスリムだ。しかし感じる威圧感は変わらない、動く気配は感じられないがそばに兵がいることから見て奴も軍に所属してるんだと考えた方がいいか。
「どうする、突っ込むか?」
「馬鹿かお前は、とにかくあの軍人の中で階級の高そうな奴を拉致するぞ」
ヴィルトが何か言おうとしたがそれを無視して飛び降りる、ここで魔法を使ったら感知されてしまうだろう。それはヴィルトを連れていっても同じだ、魔物に対する感知魔法は大抵の金持ちが屋敷にかけてるからな。
倉庫の下から屋敷までの道は脇に並木があるのでそれに隠れながら進む、門の所にいるのは普通の兵みたいだが……門を避けて塀を越えるか、それとも兵を気絶させて堂々と入るか。うん、こそこそするのは私の主義に反する。
魔力が漏れないよう細心の注意を払い足と腕に魔力を込める、目標は門にもたれているだらしのない男一名。
足の裏から魔力を放出し、それと同時に地を蹴り一気に門まで走りぬける。要は見つかる前に掻っ攫えばいいのだ。
驚いたのか寝ぼけているのかわからんが呆けている兵の頭に掌を当て魔力を放出、崩れ落ちる体を蹴り飛ばす。しばらくは起きないだろうし放置だ。
さて、目標は……調度いい、オルガの所に男が二人話し込んでいる。若い男は胸に勲章をつけているが、もう片方は太っていて威張っている。たぶん太っているほうが上官だろう、あんなのに命令される若者には同情してしまうな。
さっきと同じ方法で近づき相手にふれ転送魔法で離れた場所に移動する、拉致するだけならこれでいいだろう。オルガが動き出して妨害してこないか心配だが……まあ大丈夫だろう。
先ほどよりも多くの魔力を足に込める、若い方が跳ねるようにこちらを振り返った……ばれたか!? 思いっきり魔力を爆発させる、ばれてしまったなら加減する必要もあるまい、一歩、二歩、三歩。数十メートルの距離を一瞬で零にする。いかんなぁ、敵の前でそんな焦った顔をすると殺されるぞ青年。
だがいま注目すべきは青年では無い、急いでオルガの方を見るが動き出す様子はないみたいだな。なら成功したも同然、デブの首をつかんで魔力を集中させる。
「貴様何者だ! 大尉を……」
いまさら銃を抜いても遅い、それにそのまま撃ったら貴様の上官にあたるぞ。
「じゃあな少年、こいつを少し借りて行く。転移」
流石に二人となると詠唱入らなくても『名』を口に出さなければ無理だな、霞みゆく景色の中で少年がオルガに向かって走っていく。しかしもう遅い、オルガが動いた瞬間私たちは完成した呪文で街の外にある山へ転移した。
「ひっ き、貴様私を誰だと思っている。私はイェルグ大尉だ……っぐあ!」
うるさい豚だ、ギャーギャーとよく鳴く。煩いから殴れば今度はじたばたと暴れ出すし忙しいやつだ。
「おい豚、私の質問に答えろ。答えなかったら殺す、答えられなくても殺す。いいな」
「ふんっ、私がそう簡単に軍の機密を話すとでも」
また偉そうに何か言う気だったのか、状況把握も出来ないほど低脳な豚め。まあ体すれすれのところに地槍を出したらおとなしくなった。
「次に無駄口をたたいたらそいつでお前の尻から口を貫く、わかったか?」
手で口をふさぎながら強く頷く顔は滑稽としか言いようがない。
「まず一つ目、オルガとは何だ」
「貴様オルガの事もしら……」
「いいから答えろ、死にたいなら別だがな」
今明らかに私を馬鹿にした目でこちらを見てきた、そんなにオルガは有名なのか?
「オ、オルガってのはな、十年くらい前にどっかの博士が遺跡で見つけた古代兵器だ。それを今の技術で量産してるって話だが詳しいことは知らん、詳しいことは軍の上層部の奴らしか聞かされていない。ほ、本当だ!」
「ふむ、それではオルガは人口生命体という事か?」
「いや、確かにオルガ自体生きていると言う学者もいるが詳しいことは分かっていない。ただあれを動かすには純度の高い魔導石とそれの使い手が必要ってことだ。素材が希少な鉱石と言う話もあるし量産はされているが数はそんなに多くない、だが個々の能力は貴様のような魔法使いが敵うもんじゃ」
それだけ分かれば十分だ、それに私如きの魔法使いじゃ無理? いいだろう、屋敷にいた奴を潰すことで実力を見極めてやる。
それにな、そういうことを言うから貴様は死んだんだ。そのことをそこで後悔し続けるがいい。
体を地槍で串刺しにされた豚をその場に残しヴィルトの元に戻る、もうばれているだろうし転移でいいだろうか。
「待たせたな」
「っびっくりするから背後に転移するな!」
倉庫の屋根の上で待っていたヴィルトに豚から聞き出した情報を説明する、どうやらオルガというものは人が搭乗し操作する物らしいという事。つまり中の人間を殺せばオルガも止まるということだ。
『見つけたぞ小娘、大尉をどこにやったぁぁぁ』
ヴィルトと座って話し込んでいたので警戒がおろそかになっていたか、先程の青年らしき声が聞こえたと思った瞬間、下からオルガが跳躍してきた。
ふん、今回は腕の一本くらい持ち帰らせてほしいものだ。動かしている青年もあれくらいで冷静さを欠くほど精神的に未熟だ、これなら手加減しても十分だろう。
ヴィルトの背中を一撫でして夜空へ飛ぶ。
地へ飛び降りたヴィルトも魔力を纏い戦闘態勢をとる。高々と飛び上がったオルガが屋根をへこませながら着地した鈍い音、それが戦いの始まりとなった。
さぁ古代兵器オルガよ、戦いの円舞曲を共に踊ろうじゃないか。