7. 忘却の最期
「あなたは誰?」
少女は騎士に訊ねます。
「――ライル。僕の名前はライルだよ」
この問答は、何日も何日も行われました。
少女は、昨日の事すら思い出せなくなりました。代わりに、少女は楽しそうに語ります。
「おばあちゃんはね、何でも知っていたの。でもおばあちゃん、今日はどこに行ってしまったのかしら。ねえ、ライル。おばあちゃんはどこに行ってしまったの?」
少女の記憶は、遥か昔の、泉の水を飲む前の事しかなくなりました。
それも、虫食いだらけの記憶です。血が彼女の記憶を洗い流すかのように、零れ落ちて消えていきました。
「君の名前は、なんていうんだい?」
騎士――ライルが訊ねると、少女は言います。
「えっと……あれ。忘れちゃった。自分の名前を忘れるなんて、おかしいね」
少女は弱弱しくも、けれど力強く笑います。
少女はすでに、立つこともできなくなっていました。
かつての、怖ろしいほどの美しさは影を潜め、細く痩せ細った少女はしかし、可憐な少女のように、花のような笑みを浮かべるようになりました。
やがて、終わりのときは近づきます。
少女は記憶を失います。少女は血を失います。けれど少女は、かつて老婆と共に暮らしていたころのように元気な性格の少女になっていました。
ライルは訊ねます。
「君の名前を、教えてくれるかい?」
すると、少女は答えます。
「わたしの、名前……は」
掠れた声で、小さく、小さく答えます。
「エリーゼ」
消えそうなほど小さな声は、しっかりと騎士の耳に届きました。
騎士は、少女の手を優しく包み込みながらその名を呼び続けます。
少女は優しい微笑を浮かべたまま、その命の炎を静かに燃やし尽くしました。