5. 凋落の騎士と忘却の少女
「君の名前は、なんと言うんだい?」
騎士は、突然目覚めた少女に困惑しながら、それでもやはり生きていたのだと納得しながら訊ねます。
「忘れました」
決まりきったことのように、少女はこう答えました。
「それでは、何故ここにいるんだい?」
「忘れました」
「ここで何をしていたんだい?」
「忘れました」
騎士は途方に暮れてしまいます。何を訊ねても、少女は「忘れました」としか答えてくれないのです。
騎士は苦笑いを浮かべつつ、少女に訊ねます。
「それじゃあ、一緒に来るかい?」
その言葉に、少女は僅かに頷きました。
それから、二人は旅を続けます。
その間、少女は自ら何も食べようとはしませんでした。
騎士は少女に、食事ができないのか、する必要がないのか、どちらなのかを訊ねました。
する必要がないだけでできますと、少女は答えます。
「それならば、共に食事をしようじゃないか。共に食事をすれば、より美味しく感じるというものだ」
少女は言われるとおりに、食事をしました。
パンを食べ、スープを飲み、肉を、魚を、野菜を――いろいろなものを食べました。
やがて、美しくもどこか恐ろしさを感じさせた、人形のような無機質な顔に、僅かながら笑みが零れるようになりました。
それは、彼女を常に見ている騎士にしかわからないような僅かな変化でしたが、彼はそれにとても喜びました。
やがて、騎士は彼女に心を寄せていきます。
いえ、初めて見たその時から、心を奪われていたのでしょう。
騎士は彼女に言いました。
「僕と結婚してくれないだろうか」
その問いかけに、少女はやはり、僅かに頷きました。
少女の顔には、微かに、けれど確かに笑みが浮かんでいました。