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異世界ROCK

作者: 誇高悠登

異世界ROCK


 熱狂。

 絶頂。

 小さなライブハウスとは言え、これだけの人間が自分たちの声に、音に、リズムに魅了されていることが――より一層、ステージに立つ4人を狂わせる。


「次がラストだ! ワシ等をしかと刻み付けろ魔物ども!」


 マイクを持った男が声を張り上げる。

 

「ワシ等がDIFFERENT-WORLD(異世界)に連れて行ってやるよ!」


 〈DIFFERENT-WORLD〉


 それが――ステージに立って演奏している彼らのバンド名だった。


 そのシャウトと共に――更に激しく音が奏でられる。

 それは、音の攻撃と思える激しさだった。

 ドラムは破壊されるのではないかと思うほどに強く、ベースが刻む重低音は体の底を震わせる。ギターから発せられる響きは会場を包む。

 

 最後の曲ともあり、会場の盛り上がりはピークへと達した。


「魔物たち――とべぇ!」


 最後の音に合わせて跳ぶ。

 その瞬間――ステージに居た4人の姿は消えていた。



「……」

「……」

「……」

「……」


 4人は黙っていた。

 先ほどまで目の前には観客の盛り上がっている姿が目に入っていたのに、今の光景は見渡す限りの平原だった。

 照明の人工的な光ではなく、清々しいほどに清らかな日の光が照り付けていた。


「ブレイ、これはどういう事だ?」


 演奏していたときのままの状況。

 ギターやドラムを鳴らしていた手は自然と止まっていた。


「ワシに聞かれても分からん……。なあ、ヒールなら大学行ってるし、分かるのではないか?」


 ブレイと呼ばれた男はこのバンドのボーカルでリーダー。

 頼りにはならないが、人を魅了し、引き付けるカリスマ性を持っているとメンバーに押されて、リーダーになったと本人は思っているが、実際は後の三人は面倒だから押し付けたのだ。

 人を信じて疑わないのがブレイの良い所ではあるが。


 DIFFERENT-WORLDは『異世界』と名乗るだけ在り、衣装もそれぞれに職業として割り振られている。


 リーダー、ボーカル――ブレイ。

 職業 武士。

 

 サブリーダー、ベース――ナイト

 職業 騎士。


 ギター――ウィザー。

 職業 魔法使い。


 ドラム――ヒール。

 職業 神官。


 

 武士は侍の衣装、騎士は鎧の様な衣装を身に着けていた。異世界のバンド名とその衣装から、中二系バンドとも呼ばれている彼ら4人。 

 

「ふむ。この私の頭脳を持ってしても理解不能ですね」

「だから、大学っても、Fランだろうが。偉そうにするな」


 眼鏡の位置を直す神官。

 唯一大学へと進学したからか、メンバーたちからは一目置かれてはいるモノの、ナイトの言う通り、それほど差はない。

 もとより、大学に行ったのもメンバー内では頭が良いと思わせるためのキャラ作りの一環だったりもする。


「ナイトは落ち着いてるなー。いや、ほんと凄いの……。ワシなんてこの平原を走り回りたくてうずうずしてるってのによ!」

「お前は真面目に考えろ、この馬鹿が!」

「…………ッ」

「おお。ウィザーも同感してくれるか。流石分かってるのー」


 今にもブレイとウィザーが走り出そうとした時、4人の前に一人の少女が空から現れた。天使の翼を広げた少女は、地面に降り立つと、真っ直ぐ4人を見据えた。


「なんじゃ? この少女は、お主らの知り合いか?」

「俺は知らん」

「私もです」

「……ッ」


 互いの顔を見合わせ、一斉に首を傾げる。


「そこの美少女。お主は誰じゃ……」

「ブレイ君、待ってください!」

「なんじゃ? ヒール、やっぱ知り合いか?」

「いや、知らないです。ただ、美少女と呼びかけるのはどうかと……私は思います。もしも仮に、それがこの少女にとって嫌みに聞こえてしまったら、保護者に訴えられるかもしれないので。それほどに今の子供達への対応は難しいのですよ?」


 眼鏡の位置を直してヒールは言った。


「おお! 流石じゃの、ヒール」

「まあな」

「じゃねえよ。なんで普通の心配してんだよ! 今、こいつ、空から! しかも、翼!?」

「だから、こいつとか言うのはアカンとヒールが教えてくれたじゃろ……」

「……ッ」

「ウィザーも同意するな!」


 4人が子供への対応をどうすべきかと揉めていると、


「私です」


 と、天使のような美少女は告げた。

 

「なにがじゃ?」

「私たちがあなた達をここに呼んだのです」


 美少女が両手を掲げると――何もない空間に一つの青い球体が浮かび上がる。

 それは、まるで……。


「地球じゃ!」


 それはブレイの言う通り、地球である。青い海に浮かぶ緑の大地。

 自然豊かな星そのものだ。

 ブレイは浮かぶ星に触れようとするが、その手は空を切る。


「映像? でもどうやって……?」


 投射できるような機械を少女が持っているようには見えない。


「ふふ」


 少女は戸惑う男たちの姿を見て頬を緩める。困惑する姿を楽しんでいるようだ。


「……ッ!」


 何かに気付いたのか――ウィザーがバンバンと強く三人を叩いて、浮かぶ星を指差した。

 

「なんじゃ? ウィザー……? 星をよく見ろじゃと?」

「言われなくとも見てるよ。どうやって映し出してやがる」


 しかし、伝えたいことが違うのか、ブンブンと首を振り、何度も星を指差す。


「本当です!」

「なにがじゃ!?」

「この星――よく見ると地球と陸の形が違います!」

「何!?」


 ナイトは近づいてよく見るが――。


「良く分からん」

「馬鹿じゃのー。誰がどう見ても中国大陸の位置が違うじゃろうに」


 ブレイは自信ありげに、一番大きな大陸を指差す。これくらいは常識だろうと、ナイトに向かってため息をぶつける。


「くっ」

「……ブレイ君。もしも大陸の事を言っているのでしたら、中国大陸なんて在りませんし、そもそも位置じゃなくて、形からして違うのです」

「う……」

「お前、こんな時にくだらない見栄を張るんじゃねぇ!」

「と、ともかく、この星は地球と違うんじゃな」


 自分のミスを誤魔化すようにして、少女へと話しかける。こくりと、頷いて少女は掲げていた手を下した。その動作に合わせて星は消える。


「ここはあなた達でいう所の『異世界』です」

「異世界じゃと!?」


 流石にその事実には驚きを隠せないのか、目を置きく開き、360度、辺りを見回す。いきなり場所が変わったが――ただ移動しただけとか、ひょっとしたらCDデビューが決まったサプライズなんじゃないのとか、密かにリアクションを考えていた4人。


「CDじゃなくて、異世界デビューって事ですか?」

「いや、デビューって問題じゃないだろ!」


 何度景色を見渡そうと、違和感は特にない。空気も地球と同じだし、どっかのバトル漫画の様に星によって重力が違うとかもない。

 ただ、何もない草原なだけだ。


「これも、マップスクリーンみたいなもんなんだろ?」

「……ッ」

「それを言うならプロジェクションマッピングじゃろと、ウィザーが」

「ともかく! これはサプライズなんだろ?」

「プロなんたらは、私には分かりませんが……。この話は本当です」


 もう一度少女は、「ここは異世界です」と繰り返して告げた。


「異世界に連れてくるどころか、俺らが連れてこられたのかよ……」

「ここが異世界じゃと……」


 異世界なんてよほど信じられないのか、膝から崩れ落ち、頭を抱えるブレイ。


「……ブレイ君」 

 

 心配そうにヒールが声を掛け、肩を抱いて励まそうとするが、


「たまらんの!」

「は?」

「遂にワシ等は念願の異世界来たんじゃ!」


 中二バンドと言われるだけあって、確かに憧れてはいたが、それはあくまでも自分たちの世界観であり、まさか本当に異世界があるなんて。

 そのことに感動しているブレイ。


「ま、確かにここが本当に異世界なら、スゲーわな」

「ですね」

「……ッ」

「で、ここにワシ等を呼んで何がしたいんじゃ?」


 少女は4人の反応に満足したのか、優しく微笑みながら頷き言った。


「この世界には――あなた達の音楽が必要なのです」




「ワシ等の音楽?」

「はい……。あなた達の音楽は前から私の元に聞こえていました」

「それは嬉しいですね」


 異世界にまで音楽が届くなんて――4人は今まで活動していて良かったと円陣を組んで喜んだ。

 ここが異世界であることを全く疑っていない。

 

「つまり、俺達は異世界からスカウトされたって訳か?」

「おお。上手いこと言うのー。ナイト」

「だろ?」


 明らかに異世界に来てテンションが上がっていた。


「今、この世界は『魔物』達に平和を脅かされています」

「なんじゃと?」

「このままではこの世界の人々は滅ぶでしょう……」


 少女が悲しげに両手をかざすと、今度は映像が流れ始める。


「……ッ、……!」

「酷い……」


 『魔物』は酷く醜い姿をしていた。

 人間よりも巨大な姿を持ったモノも居れば、小さいが鋭い牙や爪を持ったアンバランスな体系の化け物もいる。

 ただ、それらに共通しているのは――人を喰っていることだった。

 苦痛に歪み体を砕かれ、あるいは生きたまま丸のみされ……。

 4人は目をその悲惨な光景から目を反らしてしまう。


「これが……異世界」


 自分たちが思い描いていた物は――所詮人が都合のいいように作った設定だったのだと思い知る。

 剣と魔法の世界。

 この異世界もそうなのかもしれないが――リアルだ。

 ゲームや漫画はどんな不条理でも最後には勝つし、ゲームはコンティニューがある。だが、喰われていく人々はもう、生き返らないのだ。


「『魔物』達の成長は凄まじく、私にまで迫ってきてます」


 映像を止めて自分の体を抱く少女。

 その手が震えているのは4人の目にはっきりと移った。


「そういえばあんたは……何者なんだ」


 4人を異世界へと呼んだと言う――翼を持った少女。

 そんなことができる少女は何者か。

 異世界ものが好きな4人には何となく分かってはいるのだが……。


「私は――あなた達の世界で言う神様みたいなものです」

「やはりの」

「となると、『魔物』は神の領域まで……」

「はい。今は逃げるのが限界で――。こうしてあなた達を呼ぶのもかなりのリスクが……」


 疲弊した表情を浮かべる少女――いや、神。神をここまで追いつめているのだから、『魔物』の進行はかなりの物なのだろう。


「おい、ちょっと待て。そんな世界に俺らを呼んでどうするつもりだ! こんな格好してるけど、そこらへんにる人間だぜ?」


 異世界の勇者として呼ばれたのならば大間違いだとナイト。

 自分たちは只の人間でしかない。

 

「言ったでしょう。あなた達の音楽が必要だと……」

「その意味が分からねえんだよ……!」


 ナイトが少女へと一歩踏み出す。

 その時――


「逃げて! 早く!」


 少女が空を見上げて叫んだ。




「り、龍じゃと!?」

「あれだけ上空に居て、肉眼で確認できるってことは、かなりの大きさですね」

「冷静に分析してんじゃねぇ!」


 巨大な翼を広げ、雄叫びを上げる。

 鳴き声だけでも吹き飛ばされそうになる4人はなんとか、その場で耐えるしかない。


「……ッ!」

「あれは手足もあり、蛇のタイプじゃないからドラゴンって、そんな異世界情報今いるかよ!」

「確かにそう区別されることが多いですよね」

「お前も納得するな――おい、神様どうすればいい?」


 今、この状況をどうすればいいか。

 幸いにも今すぐに襲ってくる様子はない。相手が神だから様子を見ているのか、それとも妙な4人組を観察しているのか。

 知性が高いドラゴンだからこそ、こうして話す時間は作られていた――だが、その時間は短いだろう。


「あれは……。『魔王』のペットです」

「おお、ワシもペットにしたいのー」

「呑気なこと言ってんな! なぁ、神様なら簡単に倒せんだろ? 早く倒してくれよ」

「あなた達を呼んだ今の私では……力が。それに全力だったとしても……」


 私には勝てませんと俯く神様。その姿は翼を持っただけの普通の少女にしか見えない。


「情けなっ! 良くそんなんで神様やってられるな」

「しょうがないもん。神様も今、世代交代したばかりなんだから! 大体私は戦闘神じゃないし」


 そういう神はもはや普通の少女になっていた。


「神様も大変じゃの…」

「その隙を『魔物』が突いてきたとも取れますね。相手もまた策士です」

「……ッ!」

「そうか。俺らを呼んだんだから――」


 フンッ。


 風を切る音が聞こえた。 

 何が起こったのか4人には全く理解できていない。強い風が吹いただけかとも思ったが――。


「おい、神様!?」


 少女の姿が消えていた。


「なんじゃ、何が起きたんじゃ?」

「分からないです……神様ー!」


 どれだけ呼びかけても返事はない。

 

『グオオオオオーッ!』


 神様の代わりに吠えたのはドラゴン。

 神がいなくなったことで戦闘に入る判断をしたのだろう。高度をゆっくりと落としていた。


「おいおい。どうすんだよ、これ!」

「まさか、神様逃げたんじゃ……」

「あの野郎!」


 翼を羽ばたかせる度に起こる突風は徐々に強度を増していく。


「……ッツ……」


 ドラゴンの鱗が一枚一枚目視できるほどに近い。4人は只の人間とでも判断されたのだろう。そしてその判断は――何も間違えていない。


「……これって、私たち呼ばれ損ですよね」

「ああ」


 何か凄い能力を授かったわけでもない。

 体が強化されているとは思えない。

 何もないまま連れてこられただけ。


「どうせなら、異世界じゃなくてちゃんとスカウトされたかったぜ」

「……ッ」

「ですよね」


 ナイト。

 ウィザー。

 ヒール。

 三人は目前に立ちはだかるドラゴンに諦めの眼差しを向ける事しか出来ない。黒い鱗を持った化け物はそんな無力な人間たちをあざ笑うかのように口を大きく開いた。


『ふざけるな!』


 マイクを通した声が平原に響いた。

 

「なっ、ブレイ?」

『ワシ等は念願の異世界に来てるんじゃ。簡単に諦めるなんて勿体ないじゃろうが!』

「は? じゃあ、お前この状況をどうできるってんだよ!」


 まとめて喰らおうと開いていたドラゴンは――ブレイが発した音に反応したのか、空へと逃げたようだ。

 不意の大きな音に反応しただけだろう。

 二回目も通用するとは思えない。


「と言うか、そのマイク、アンプに繋がってないのに良く鳴りますね……」

『知らん!』

「だから、どうしたんだよ……、ちくしょう」


 マイクが使えるからって何になるのか……。

 ナイトは声を荒げる気力もなかった。


「……ッ!」


 ウィザーが自分のギターを手に取り、絃を弾くと、そこからも高らかに音が響いた。


「楽器も使える――なんで?」

『理由なんて知らん。楽器が使えるなら――ワシ等の武器はあるじゃろう!』

「俺らの武器?」

『そうじゃ、確かに何も力は貰えなかったかもしれんが、何もせんでも『異世界』にまで届いた音楽がある!』


 ここで終わるにしても――最後にワシ等のROCKを響かせるんじゃ。

 この異世界に。

 異世界で出来るならワシは死んでもええ!

 

ブレイはそう言うと、一人歌い始める。


「やれやれ。うちのリーダは本当馬鹿ですね」

「……ッ!」


ヒールは自分のドラムへと座ると激しく叩き始めた。

ドラムの刻むビートに合わせてウィザーもまた奏でる。


「お前ら……」


 俺はそんな風にはなれねぇよ。

 ナイトは拳を強く握る。メンバーたちの強さが――自分に無い事が情けないのだ。


「俺はこんな状況で弾けねぇよ……」


 自分たちを喰い殺そうとしていたドラゴンに目を向ける。


「なっ」


 ナイトの視線に映ったのはフラフラと空を飛び回るドラゴンの姿だった。まるで、音から逃げようと必死にもがいているいる。


「まさか……」


 あなた達の音楽が必要なんです。

 あの神様が言ったのはこういう事なのか?


「くそっ。俺ってやつは本当に現金な人間だよ」


 ベースを手に取り首から下げる。


『おお。これで全員そろったの! なら聞かせてやろう。ワシ等のDIFFERENT-WORLDの魂を!』


 4人の音と魂が一つになって響く。

 

『ワシ等の魂を刻み付けろ!』


 一曲を歌いきると共に、黒きドラゴンの体はばらばらに刻み――消滅した。




「あー。楽しかったのー。異世界でのROCKは」

「ええ。とてもスリリングでしたね」


 4人は演奏を終え、生き残ったことを実感する。


「……ッ」

「だよな。ウィザーの言う通り、この後どうするよ?」


 神様も居ない。

 『魔物』に音楽が通用するのは分かったのはでかいが、それでのまだまだ異世界では分からないことしかないのだ。


「取りあえず目標は出来たの」

「まさか、異世界を救うってことじゃねけよな。早く変える方法探そうぜ?」

「帰る? そんな勿体ない事できるか」


 ブレイはマイクに口を近づけて宣誓する。


『剣と魔法の異世界に――ワシ等の魂を響かせるんじゃ!』


 それを聞いた三人はやっぱりなと肩を竦めながらも――全員笑顔を浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勢いがあって面白かったです。 [一言] 連載も行けるんじゃありませんか? 逆に魔王もデスメタル系バンドを召喚し、バンド対決とかしても楽しそうですね。好きです。
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