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悪役屋さんシリーズ

悪役屋さんと北街商店街

作者: 高坂 由樹

 時系列は前に書いた「悪役屋さん」より前の話になります。

 悪役屋さんという言葉を知っているだろうか?

 人に頼まれて、他人にいやがらせをすることを生業なりわいにする職業だ。


 絶対数は少ないが、世の中にその職業は実在し、かくいう俺もその1人だ。

 

 名高い悪役屋4箇条。


 1つ。悪役とは、「役」であり「悪」ではない。悪に染まるな悪役たれ。

 2つ。悪役は主人公にのみ倒される。モブに悪は屈しない。

 3つ。悪役の散り際は、ぎゃふん、という言葉が似合うものでなければならない(任意)。

 4つ。悪役は、観客たる人々全員に、印象に残るものでなければならない。 


 依頼人の頼みごとに忠実に答え、悪役として暗躍し、最後に悪役として倒される。

 一歩間違えば、犯罪者と間違われる役職だが、悪役屋さんにとって重要なのは、いかに悪役を演じきれるかどうかだ。


 そこの違いが分かってない奴は、ただの苛めっ子に成り下がる。

 悪役とは、本来主人公を際立たせるための高貴な職業。

 生半可な人間に勤まると思っては困る。

 

 俺もまだ道半ばだ。悪役4箇条のうち、1つとして達成できたことがないと日々精進する日々を送っている。


 その依頼を受けたのは、俺が悪役屋として働き始めて3年目。15歳の時だった。


「はぁ? 女房が店で働かない!?」

「はい。そうなんです」


 街中にひっそりと存在している悪役屋が面会するための部屋の中、フードをかぶった俺は依頼内容を聞いて思わず尋ね返していた。

 15歳の子供が相手と知れると途端に横柄な態度を取る客が増えるため、俺の接客はフードと手袋完備で、声は魔法具で変えている。さらに幻影を生む高価な魔法具で外観も少しいじっているから、普段の俺と会っても誰も俺だと気づかない。


 依頼者は50過ぎの見るからに気の弱そうな爺さんだ。

 依頼内容は簡単で、店で働かずに近所のおばさんと井戸端会議を繰り広げる爺さんの妻を働かせるようにすること。

 俺はソファに体重を預け、背もたれに寄りかかって天井を見上げた。


 今回の依頼は以来の中では面倒なタイプだ。

 しかし、俺のような駆け出しはこうした依頼をコツコツ積み重ねていかないと一人前とは認められない。


「にしても、よく俺に仕事を依頼する気になったな?」

「知り合いの悪役屋から貴方が適任だと伺いました」


 仕事をえり好みしている場合じゃないが、あのジジイ共、面倒な仕事を俺に押してつけて来やがった。心の中で舌打ちし、損益計算を頭の中で処理していく。


「それで、報酬は幾らで?」

「金貨3枚です」


 一般市民が1ヶ月暮らしていくには十分な額だ。


 俺はテーブルの上に広げられた書類に手を伸ばす。

 ふうん、北街商店街か……あのさびれた場所の店の店主に出せんのは、せいぜいこれが精一杯だろう。これでも頑張った方か。

 

 依頼の達成は依頼者の妻を働かせてしまえばいいのだから、早急に処理すれば、時間換算で稼ぎは十分。懸案は俺が悪役となる対象のおばさんが面倒そうだということくらいか。

 うまくできるかな?


 方法はいくつかあるが、まぁ情報収集から始めるとしよう。

 情報を集めるのに3日。

 対応策を検討するのに1日。

 1週間で処理すれば、いい稼ぎになるのは間違いない。


 膝を打ち、俺は依頼者に視線を合わせる。

 向こうからは俺の表情を知ることができないはずだが、雰囲気でわかったんだろう。依頼者は背筋を伸ばして俺の返事を待っている。


「それで、引き受けてくれるのでしょうか?」

「前金で金貨1枚、その後仕事が完成すれば金貨2枚をもらう。方法は俺の好きなようにするが、問題ないか?」

「は、はい! ありがとうございます‼ 女房が働いてくれれば私の店も少しは楽になります」


 そんなに北街商店街は苦しいのか。

 やっぱ、一度現地調査をしてから、どんな悪役となるべきかを考えねーと。

 契約書の細かい話を終え、俺は部屋から出る。

 資料は全て鞄の中だ。


 この建物を管理している寡黙な爺さんに一礼して、俺は王都の街に出た。

 初夏の季節とはいえ王都の気候は過ごしやすい。

 日は傾きつつあるが、日暮れというには早すぎる時間帯だ。俺は一度自宅に戻り、再度資料を読み込んだ。


 俺が悪役を引き受けるうえで出した条件の1つとして、店の売上等の情報を開示させている。八百屋の収支は赤字と黒字の境界線上だな。これで良く生活できるもんだ。

 一通りの資料を眺め、俺は着替えた。


 いつもは目立つ容姿を隠すためにフードを被る。しかし、今回は少し別の方法を取ることにした。


 簡単に言えば、変装。

 銀色の髪を抑えつけ黒髪のウィッグを被る。服装は適当に。着替えて鏡の前に立てば、どこにでもいそうな冴えない男がいる。


 俺の自宅から北街商店街に向かうには飛空艇に乗って、1階層上の街に上がらなければならない。各階層間を結ぶ連絡橋は富裕層専用だから、庶民は飛空艇を使って階層間を移動する。切符を買い、空いた席に座る。


 駆動音がして上昇を開始した。第1階層が遠ざかる。


 天井の窓からはドーナツ状の第2階層が見え、その上に第3階層の街が浮いている。第2階層の発着場に付く直前、俺は地図を広げ、地図と第2階層の街並みと比較しながら北町商店街の位置取りを確認した。


 地図では分からないもんだ。


 北街商店街は繁華街に近い場所にあるものの、その周りに交通網は少なく、周囲の住宅街も老朽化が進んでいるのが分かる。これでは集客は望めまい。


 地図を閉じ、飛空艇が着陸したのに合わせて降りる。

発着場から、俺は北街商店街へと足を向けた。

 商店街の入口の看板のペンキは剥げ、歩く人は少なかった。


 特に買い物をするというわけでもなく、たまたま通りかかった通行人の体を装って、商店街を1往復。途中目についたたこ焼き屋に目を止めると、


「1つ、試食するかい?」

「もらいます」


 ……うめぇ。

 迷わず3パック買った。


「まいどあり~」


 気の抜けた感謝の言葉を背に、俺は商店街をぶらりと歩く。何人かは買い物をしているが、やはり客足は少ない。

 依頼者の店は商店街の中央から少し端に寄った場所にあり、軒先には野菜と果物が所狭しに並べられていた。


 なるほど、アレが依頼者の妻か。

 並べられている野菜の列が崩れているにもかかわらず、店先で別のおばさんと話を続けている。店員が話を続けているのを見て、買い物に来た客は躊躇いがちに立ち去っていた。

 あの依頼主が困るのも頷けた。


 立ち止まっては怪しまれるので、そのまま店の前を通りすぎ、少し離れた場所で一息つく。


「おい、に~ちゃん。見ねぇ顔だがどうした?」


 ここは、おどおどした感じの青年でいこう。


「え、えと、野菜を買いに来たんですけど……ずっと、話をしているみたいなので、ど、どうしようかなって」

「ん? ああー、あの人も困ったもんだよな。最近じゃ一日中知り合いとっ捕まえては、あんな感じだ。旦那だっていい加減あの人に頼るの止めて人を雇えばいいのに聞きやしねぇ。まだあの人信じてんだから笑える話さ」

「信じるって、む、昔は違ったんですか?」


 俺に話しかけたオッチャンは声を潜めて、


「こういっちゃあアレだが、この商店街の雰囲気どう思うよ?」

「…………え、えと………そ、その」

「ああ、お前さん答えられなさそうな性格してそうだもんな。嫌な質問で悪かった。暗いだろ?」


 そりゃね。アンタの店も照明は暗いし雨ざらしの看板はさびれてる。

 自分のことをよくわかってんじゃん。

 もちろん、そんなことを思っていることを悟られたりしない。


「で、少しでも客足を呼ぼうと若いのがいろいろやってんだ。あの人もその一人だった」


 ……若い?

 俺は依頼主の妻を見た。15の俺からすれば、十分歳食ってるぞ。


「だけどな、どこかで歯車が狂ったのか、すっかりやる気を失っちまって今ではこの通りさ。今はあの人の息子が仲間集めて頑張ってるよ。でも親子仲は冷えこんで、最近は口をきいたとこをみたことねぇな」

「……そ、その息子さんって、う、上手く行きそうなんですか?」

「そうだな。この商店街は食い物関係なら自信はあるが、ガンコ者はどこにでもいるってことさ」


 確かにあのたこ焼きは絶品だった。

 俺に話しかけてきた男は、顎で通りの先を示した。

 ああ、偏屈そうな爺さんがいるな。表情が険しく、遠目にも怒ってんのがよくわかる。その前には、若い男がいて、二人は睨み合って対峙していた。


「あの爺さんが、集客のために店に手を付けるのを嫌がってな。あの前に立ってるニーチャンが、八百屋のオバサンの息子だよ。爺さんも商店街が好きなのは確かなんだが、伝統を変えられるのが嫌なんだろうな」


 なるほど、依頼者の息子が改革派の中心なのか。


「あの……あなたは、どうするつもりなんですか?」

「俺? 俺は長い物には巻かれる主義なんだよ。適当に結論がでりゃ、それに従うさ」


 大体の話は聞いた。俺は一言礼を言って、男に背を向ける。

 爺さんと若い男の隣を通るとき、「何度言っても店の改装は許さん」という爺さんのしわがれた声が聞こえてきた。


 ふと気になり、振り返る。

 依頼者の妻が、知り合いと話しながらも、若い息子と爺さんのやり取りに目を向けていた。

 おばさんの会話に相槌は打っているが、目は真剣だ。

 今にも2人に近寄りそうな雰囲気だ。


 よし、大体の情報は手に入った。

 その日、俺は宿を一泊取り、第2階層の街に泊まる。

 夜、ベッドの上で胡坐を組み、計画を考えた。


 ま、なるようになるだろう。


 ***


 そして、迎えた休日の昼下がり、1人の男が北街商店街を訪れていた。

 ぼさぼさの金髪と、着崩した服装がいかにもそこらの不良少年らしく、道の中央をあえて歩く姿は滑稽にも思えてくる。


 理由もなく、周り全てに敵意ある視線を飛ばし、面倒事に巻き込まれたらたまらないと言わんばかりに通行人がその少年を避けていた。

 少年はやがて、ある八百屋の近くを通りかかる。


 店先では店員らしき中年の女と、知り合いに見える女が話し込んでいた。何人かの客が店に入ろうとしているものの、店員のやる気のなさに入るのを諦めている。

 少年は歩きながら周囲の様子を観察し、通りの先に先日路上で言い争いをしていた若い息子と爺さんがいるのを確認して、


「うわぁ!」


 足をもつれさせた。倒れた先には野菜が並べられた台があり、少年は勢いよくその台に倒れ込む。盛大に音が商店街に響き渡り、野菜が路上を転がった。

 

「イテェな。クソ、なんでこんな所に台があるんだよ! 邪魔なんだよ!」

 

 悪態をつきながら少年が野菜が全て転がり落ちた小さな台を狙って蹴り飛ばした。台は、狙いすましたように通行人を綺麗に避けて道の反対側まで転がる。

 商店街が静まり返った。


「ちょっと、勝手に人の商品に傷つけ解いてそれはないんじゃないかい!?」

「はぁ、さっきまでそこで話し込んでたサボりの店員が偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」


 少年の言葉に、女の店員(依頼者の妻)が一瞬、言葉に詰まる。

 少年は畳みかけるように言った。


「どうせ、こんなさびれた店なんだ! 商店街ごと潰れちまえよ!」


 この言葉に、この店の店員だけではなく、声の届く範囲にいた商店街の住人が色めき立った。店先から顔をだし、喚いている少年を睨みつける。

 依頼者の妻が叫んだ。


「こいつ‼ 言わせておけば、アンタに私らの何が分かる!?」

「分かるに決まってんだろうが! サボりたいんだろ? 俺もよくやってるさ。まともに野菜の並んでない台だっただろうが。倒したところで、別にアンタが怒る理由はねーだろ!」


 転んだ拍子にしては陳列棚の配置をよく見ていたと不思議に思わなくもない台詞を少年は叫び返した。少年が周囲を威嚇するように左右を睨みつけ、自分に向かってくる若い男を視界に収める。


「母さん! 大丈夫か?」


 冷え込んでいるはずの親子仲などなかったように、息子は自然に母親を心配した。

 母親(依頼者の妻)と店を守るように、若い息子が少年に向き直る。


「何を言いたいのかは知らないが、僕等はこの商店街を守りたくて頑張ってんだ。店の商品を傷つけて謝罪の1つもないのか?」

「頑張ってる? ホントか? その店員を見ろよ。接客そっちのけで話してたじゃねーか!」

 

 唾を飛ばし、人差し指を母親に突き付けて、少年は喚いた。

 若い息子は拳を握り、決然と少年を見据えて言葉を返す。


「確かに僕の母は、やる気を一度は失った。接客態度に問題があるのは知っている。でも、僕は母を尊敬している。今の僕がいたのは母と父のおかげで、僕は母がこの商店街を盛り立てようと頑張っている姿を見てきた」


 商店街の何人かが、若い息子に同意するように頷いた。

 そんな若い息子の言葉などなかったように、少年は反論する。


「でも、接客すらしてない商店街のどこが繁盛するんだよ! 入り口の看板はさびれて、繁華街から気づかれもしない空気商店街が、この先盛り立てるわけねぇだろうが!」


 立地は悪くないのに人々に認知されにくいという北街商店街の弱点を的確に少年は指摘しつつ、さらに悪口を言い募る。


「どうせ、このままさびれて終わるんだろ?」

「それは違う! 君の言った問題点は認識しているし、僕等は僕等の強みだって知っている」


 嫌悪と敵意しか見せていない少年の表情が、一瞬、余計なお世話だったかという羞恥に変わったが、それを気付いた者は1人だけだ。

 

「う、うるせぇ。とにかく、こんな対して価値もねぇ店の商品壊して俺が謝る筋合いはねぇんだよ。俺の倒れた先にある野菜がわりぃんだ!」


 いや、転んだのお前じゃん、と誰もが思いそうだが、そんなことすら気づいていない表情を少年は見せている。


「違う! 君が傷つけたのは大事な商品だ。それにこの商店街は必ず再生する。今も銀行と融資に向けた詰めの交渉だってやっている」


 それに、と息子は後ろに佇んでいる母を一瞥し、


「今まで頑張ってきた母のためにも、僕は絶対にあきらめない」


 商店街に響き渡るような宣言に、通行人の何人かが拍手をした。

 若い息子の後ろから、母親の店員が気まずそうな顔を見せる。


「ごめんよ。私がしっかりしてなかったから……」

「母さん、辛い思いをかけた。父さんは仕事で忙しくて、誰も母さんに構ってあげられなかった。ごめん」

「いや、いいんだ。私ももう少し、頑張ってみるから……」

 

 少し疲れた笑顔で母親がそう言った。

 そんな、ちょっといい雰囲気をぶち壊すように、少年が嘲りの言葉をかける。


「は! 何が再生だ。古臭いんだよこの商店街は! 汚れは目立つし汚ねぇし、古けりゃ伝統とでも思ってんのか? 形に拘ってるだけにしか見えねーよ。潰れちまえ」


 その心無い言葉に、いよいよ商店街の何人かが通りに出て、中には殴りかかろうと動き出す人もいる。

 少年は怯えた表情を見せて後ずさった。


「な、なんだよ……い、いっとくが俺は客だぞ! そんなやつを殴ったらどんな悪評が経つかわかってんだろうな!」


 なおも悪口を言い募ろうとして、少年はそれ以上言葉を発することは出来なかった。

 ゴッ、という音がして、少年の身体が地面に叩き付けられる。


 少年が倒れ込むまで若い息子と話をしていた爺さんが、少年の傍に立ち、拳を握りしめていた。少年はなおも拳を振りかぶろうとする爺さんから、距離を取ろうと、尻餅をついたまま後ずさる。


「小僧、今すぐワシの前から去れ。この商店街を潰させやせんよ」

 

 その言葉に、少年の表情は恐怖に染まった。


「な、なんだよ。なんだよ。なんなんだよ! こんなちっぽけな店がどうなったって構うことねーじゃん」


 口から唾を飛ばし、目は忙しく逃げ道を探っている。

 少年がそろそろいいかと、逃げ出そうとしたところで、


「へぇ、今はこんなことになってんのか」


 悪、が姿を現した。


 ***


 商店街の通りで繰り広げられた騒ぎは最終局面だ。


 黒服の男が1人、騒ぎの中心に向かってゆったりと歩いて来ている。

 もうわかってると思うが、俺の演じた不良少年と違い、黒服は自分の実力が確実に上であることを知って、周囲の人間を見下していた。

 

 母親が呼吸が苦しくなったように胸を抑える。

 母を気遣いながら、若い息子が黒服の男を睨みつけた。


「母さんを脅して、商店街の改革案を頓挫させた人間のくせに、よくまたここに顔を出せたな」

 

 新たな事実に、地面で尻餅をついていた俺の表情が素に戻った。

 痛みをこらえる仕草をしながら、眼球だけ動かして、周囲の様子を探る。

 なるほど、こいつが息子の母親、つまり依頼者の妻の挫折させた張本人か。


 対処しないと以来の達成は不可能だ。

 しかし、ただの脅しに息子は屈しなさそうだし、警察も動くだろう。とにかく立ち直りかけているこの場をしのいでしまえば後は大丈夫な気がする。

 依頼達成後に、依頼者に念押ししておけばアフターケアも万全だ。


 その時、俺は誰かに手を掴まれ、引き起こされた。

 情報収集の時に俺にいろいろ教えてくれた店主らしき男が、俺の手を引いていた。ちょっと、なんで俺の手を引くんだよ!


「せっかく、紹介してやったんだ。頑張れよ悪役。相手はモブだぞ」

 

 耳元でそうささやかれ、俺は送り出された。

 俺は依頼が俺に来た理由の全てを理解した。

 いや、今はまだ舞台の幕が上がっている。


 悪役屋4箇条その1。

 悪に染まるな悪役たれ。

 同その2。

 悪役はモブに屈しない。


 俺が今、この場所でただのモブに負けるわけにはいかない。さぁ、この場だけは俺が悪役だ。俺から悪を奪うんじゃねぇよ。黒服野郎。

 そのために、俺は不良少年を貫き通す。


 黒服は殴られた俺が立ち上がるとは思っていない。既に舞台から降りた端役だと思ってやがる。勘違いもいいとこだ。

 この商店街という舞台で、悪役は俺、主人公は若い息子。

 准主人公は息子の母親にして依頼者の妻。

 通行人はギャラリーだ。


 俺から役を奪うなよ。

 俺は立ち上がって、息子と対峙する黒服の背後に迫る。


「テメェが勝手に話を済んじゃねーよ。今は俺が話してんだ!」


 自分に逆らう人間は全て敵だという、視野の狭い不良少年を装って、俺は殴りかかった。

 黒服はゴミを見る目で俺を見ている。お互い様だな。俺も黒服(お前)をゴミだとおもってるよ。


 それに、黒服が俺に勝てるはずがない。

 万人に神が与えるギフトの中で、俺が持つギフトは『把握』。

 筋肉の動き、服のしわ、表情。目に映るもの全てから、俺は事象を理解する。物理法則ならほぼ100パーセントだ。

 魔法具を使わないお前の動きを、俺は100パーセント予測できる。


 多少の反撃は喰らったが、勝負はあっけなくついた。

 所詮、こんな場所に来るだけ黒服は下っ端だ。少し叩きのめせば、逃げていく。

 口元の血を拭い、言い争いを続けようとした俺の口に、


「ほら、食えよ」


 タコ焼きが放り込まれた。

 ……クソうめぇ。

 てか、俺がマズい。上手い飯は人を笑顔にする。不良少年の演技が崩れかけた。

 

 怒ったふりをしようとしても、笑い出しそうな唇の端がヒクヒク動く。

 商店街にいる人が、通行人含めて残念な人を見るように俺を見ていた。

 

 たこ焼きに倒される悪役などあってはならない。

 だが、この美味さは、クソ……負けを認めたくなっちまうじゃねーか。

 

 俺は立ち上がり、唯一の逃げ道だった後方へと逃げた。


「覚えてろよ! こんな店、潰れちまえ!」


 何とか捨て台詞だけを残して、悪役は舞台から退場する。

 その後、母親と息子が仲直りしたらしいことは風の噂に聞いた。


 ***


 その数週間後、俺はフード姿で北街商店街を訪れていた。

 ペンキが剥げていた看板は架け替えられ、通りは清掃が行き届いている。老朽化した店は改装され、見覚えのある爺さんが商品棚を整理していた。


 八百屋の隣を通り過ぎる。

 母親が息子と一緒に野菜を並べ、接客をしていた。少し疲れていた表情は消え、生き生きしている。


 依頼は、達成されていた。


 俺は上を見る。街中の人の目に留まるようにバルーンが空高く浮いていた。バルーンからは垂れ幕が下がり、そこには『食い倒れ商店街』の文字がある。

 人通りは、少しは増えていた。


 俺はたこ焼きを買う。

 ……うめぇ。


***

 

 ある悪役屋が北街商店街を訪れた翌日、依頼者の店に一通の手紙が届いた。そこには、傷ついた野菜の弁償代と、たった一言だけ文字が書かれていた。


 それは、すなわち……「ぎゃふん」

 読んでいただき有難うございました。

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