また何も知らない
人はゼロからでも、ちゃんとその幸せが見つけれる生き物。
その幸せを大事にしていきたいものです。
あなたにとっての幸せななんですか?
私にとっての幸せは「家族」と一緒にいる時です。
この小説はあっちこっちにたくさん落ちてる小さな幸せを見つけた私が、その幸せをここで語りたい。みんなも幸せにしていきたい。小さくでもいいから。
平凡な毎日も幸せ事です。私はそう思います。平凡な生活をこの小説で一緒に味わってみませんか?
雪が降っている…
いよいよこの日がきたね。不安だらけで何もする気にならないまま、部屋でボーとしていたその時に……
「もう、出発の時間よ」とお母さんが呼びに来た。やっぱりきてしまった、「この時」が。全てを捨てるこの時がきた。
雪が強くなった。
一ヶ月前…(1996年11月22日)
中国の北京よりも更に北にある、吉林省吉林市に生まれた私、明るい男の子、当時13歳。
吉林が冬になると、雪が1メートルも積もるのです。僕らの街の真ん中に大きいな運動場があって、冬になると、消防士がその運動場をスケート場に変えるのです。みんながその消防士達を「サンタクロース」ってよんでました。そんな素敵な遊び場もあって、みんないつも寒さを忘れ、毎日朝から晩まで外で遊んでいた。
「あっ、またこんな時間になった」周りが暗くなり、滑り疲れた私は、仲間といつものように体を大の字で雪の上に寝て夜空を眺めた。星を見るたびに私はいつも「日本にいる老爺に会いたいなぁ…」って思っていた。
中国ではお母さん側のおじいさんの事を老爺って言うの。その老爺が日本人で、中国に残った残留孤児だった。
たまに日本に帰って、また中国に戻ってくるの繰り返しだったが・・・今回は、もうずっと日本にいるって言ってました。もう会えないのかなぁ。
「何時まで遊んでるの!もう帰って晩御飯の時間よ」っとお母さんがいつもの感じで呼びに来ました。
私はダルそうに大の字から起きて、友達も呼んで一緒に家に帰って晩御飯を食べました。
私は人見知りせず、明るい少年でした。そのお陰なのか、いつも私の周りに友達がいっぱいいてました。
「明日、また秘密の基地に行って、焼き芋を作ろう」っと友達の李がニヤニヤと言ってきたので。「いいよ、じゃまた明日みんなを呼んで行こう!!」私は最高のテンションで答える。その日、みんな私の家で泊まった。ワイワイの長い夜でした。
次の日、誰よりも一番に起きてしまった私は、芋の準備をしてから、野郎たちをたたき起した。麻酔医である私の父に恩を感じていたおっちゃんがいました。そのおっちゃんは田舎の方で、毎年野菜をくれた。たまたま今回の野菜に芋が入っていたので、その中の芋を6個もらって秘密基地に行った。
ひと気のない煤炭の倉庫に、僕らの秘密基地がある。周りが煤炭だらけで、そこに子供のセンスで作ったテントをはり、見張りの人と中で遊ぶ人を決め、交代交代で、遊んでいた。
なぜ近くに煤炭倉庫があるかというと、中国は冬になるとストーブを使う習慣がなく、それぞれの家に国から設置された暖気があった。鉄製で、壁の横に設置されていて、その暖気に媒炭倉庫の横の工場から沸騰したお湯を水道の様に家々のその暖気に流し込んでいた。そのお湯で鉄が温まり、それで人々が寒さを凌いてたのです。
焼き芋の作り方もその工場にあったのです。いつもその工場から使い終わった媒炭の灰を決まった場所に捨てられ、その灰の中に芋を埋め、しばらくすると焼き芋が出来上がるのです。秘密基地に行って、焼き芋を焼く。それは冬休みみんなの日課でした。
冬は夜になるのが早く、あっという間に周りが暗くなりました。街灯も少ない私の町が、真っ暗になった。
さぁ、今度は肝試しの時がやって来た・・・・・・