-疲労、そして疲労-
「疲れた~!」
ボスリとベットに倒れ込む。
私はナチュラルと2人で天体観測を小一時間ほどしたあと屋上庭園で彼を別れ、なんだかよくわからない達成感を感じて帰宅した。
「………夢みたいだったな…。」
枕に顔を埋めて数十分前のことを思い出してみた。
放課後まではいつも通り、なんの変哲もない高校生活を送っていた……けれど、その平凡ながら幸せな生活は私の最近のマイブームである屋上庭園での天体観測のせいで崩壊した。いや、崩壊して良かったのだ。むしろ天体観測がマイブームになったのはこの日のためだったのだとさえ思う。なぜなら、人の命をひとつ助けることが出来たのだから。
いつも通り屋上庭園に行けばそこには先客がいて、その人は彼女などつれておらずにただ1人グラウンドをぼうっと見下ろしていた。ここは学校内唯一のデートスポットということでカップルがよく来るから1人でいることは凄く珍しかった。……つまり、ここ最近いつも屋上庭園に来ている私は珍しい人間だということになる。
そんな珍しい人間であり、靴を綺麗に揃えて柵を越え、グラウンドを見下ろして立っている私のクラスメイトの佐々木典史くんは自殺しようとしていたのだ。なんとか説得しようとした私だったが、その努力実らず佐々木くんは不気味に笑って飛び降りた。
「佐々木くん……辛かったんだよね…。」
佐々木くんは『僕1人いなくなっても何も変わらない』と言っていた。それを長い間思い続けて辿り着いたのが自殺という選択。しかし、彼はこの後どこからともなく現れたナチュラルというフワフワしたおバカな青年に助けられるのだが……そして嬉しいことに再び自分の力で地面を踏みしめた佐々木くんは"生きている"ということに泣いて喜んだのだった。
「"深紅ラブ"っていうのには納得いかないけど…。」
生まれ変わった佐々木くんに"生きる道"を与えたのは私だった。自分では何もしていないと思っているのだけれど、ナチュラルは私の存在が佐々木くんに"生きる道"を与えたと褒めてくれた。そしてその"生きる道"に出てくるのが"深紅ラブ"という私のファンクラブ。その時初めて知って驚愕したのでけれど、桜魅高校全校生徒の4分の1以上の生徒がその正式部活動の部員なんだとか…。喜ぶべき所なのだろうが、素直に喜べないでいる私だった。
兎にも角にも、命を救えて本当に良かった。しかもこの私が役に立てたなんて、とりあえず自分を褒める。
「よくやった、私。」
そう呟いて仰向けになると視界の端にはためくカーテンが見えた。窓開けたかな?と不思議に思いながらも開け放たれている窓を閉めにベットを降りようとした、その時だった。
「ばんわー。」
「……………。」
ヘラヘラ。
何コイツ。何なのコイツ。なんで今日1日で同じ顔を2度もみないといけないの。ていうかなんで当然のように私の部屋にいて椅子に座ってんの。
とりあえず侵入者(=ナチュラル)が窓を開けたのだと確信した。
「あれ?もしかしてイライラしてる?」
「わからない。けどたぶんその感情に近いと思う。」
「そっかー……あ、そうだ!チョコあげるよ!」
「チョコ?」
「暦んにさー深紅のこと話したら何かお礼をしてきてくださいって言われちゃってさー…」
「こよみん?」
うん、と言いながら白いパーカーにいくつもついているチャックのうち、左肩についているチャックをあけ何やら取り出した。
「これ!ちょうど深紅イライラしてるから丁度いいだろ?」
「……板チョコ。」
差し出された板チョコを受け取る。ホワイトチョコだった。
「ほら、イライラしてる時には糖分が足りないからって言うでしょ?」
過剰に摂取しすぎてもイライラするらしいけど……まあ1枚ならいいのかな。
せっかくだから貰ったホワイトチョコを半分にして片方をナチュラルにあげた。そうすれば予想以上に目を輝かせ袖で隠れた手でそれを受け取る。
「ていうか何で居場所がわかったの?」
「ふっ、それは調査というやつだよ深紅くん。」
かっこつけてるわりには口元にホワイトチョコの欠片がついててさらにおバカに見えるよナチュラルくん。
「調査って?」
「訊きこみ調査さ。深紅ラブ会員の人たちに協力してもらってねー。」
「……ファンクラブの人って私の住所知ってるの?」
「うん。でもそういうプライバシーを知ってる人は会員ナンバー1.2.3の人だけなんだって。」
「へぇ……。」
米粒を半分にしたくらい安心した。
「それでさーその人たちに深紅の住んでるとこ教えてって言ったんだけど、それはプライバシーの侵害ですって中々教えてくれなくて……。」
あなたたち3人で十分プライバシーの侵害だということに気付いてほしいものだ。
「それで典史に相談したんだけどさ。」
「いつの間に呼び捨てで呼ぶような仲になったの。」
……そういえば私も最初から呼び捨てだったか…。
「典史ってほんと良い奴だよな!『命の恩人であるナチュラルさんのためならば仕方ない』つって深紅のブロマイドくれたんだ!」
「へぇ、そう…………じゃなくて何で私のブロマイド!?それ盗撮だよね!?私そんなのがあるなんて全然知らなかったんだけど!!」
仰天してつい声が大きくなってしまった。まあ、椅子に座っているナチュラルを見て言ってるから仰天とはいわないのだろうけれど。
「チョコ、いる?」
「いらないっ!」
このイライラは糖分が不足しているわけでもなく、逆に過剰摂取しているわけでもないっての。しかしいつまでもイライラしていると話が進まないと思い、なんとか怒りをおさめ先を促した。
「それで、なんで私の家の住所とその……ブロマイドが関係あるの?」
言ってて恥ずかしくなってくる。アイドルっていつもこんな思いをしているのだろうか。
「それはですね……なんと、そのブロマイドを3人に見せるとなんということでしょう!」
大袈裟に手を広げる。
「すぐに住所教えてくれました!」
「私を売って私の住所を買ったのか!」
「だってお礼しなきゃだったし……。」
そう言ってホワイトチョコをかじる。
「………まあ、それはいいや。もう終わったことだしね。……そういえば」
少々鬱気味になりながらもふと気になったことを聞いてみる。
「そのブロマイドって、何してる時の私が映ってたの?」
「スクール水着きてた。」
ボグッ!!
ああ、ごめんね佐々木くん。今すぐきみを殴りとばしたいと思ってしまった私を許してほしい。ていうか逆に謝れこの変態。
「もう、ほんと鬱病になりそう。」
再びベットに倒れ込み枕に顔を埋めた。
「……う…」
しばらくして、ぬいぐるみが顔面にクリーンヒットして椅子から転げ落ちたナチュラルが起きあがった。
「うああっ!オレの板チョコオオオオ!!!」
「!?」
「うあ…うあぁ……」
どうやら椅子から落ちたことで食べかけの板チョコが砕けてしまったらしい。ナチュラルはその粉々になった板チョコを拾い集めていた。そして、
「……溶けた…溶けたああああっ!!」
「…………。」
黒いカーペットに完全に染み込んだホワイトチョコレートは洗ってもとれなかった。
こんにちは。今回は前回までのお話をおおまかにまとめてみました。そしてナチュラルのおバカさと、深紅ラブの活動内容がわかりました。次回は新キャラが出てくる予定です。