-よく知らない人と天体観測-
何故か屋上庭園に入り浸っているナチュラルと一緒に天体観測をしていると、飛び降り自殺を図った佐々木の目が覚めた。泣きはじめる佐々木に深紅は考えなしにこう言った――「おっ男ならしっかりしないとダメでしょ!」。
「牛乳牛乳牛乳!!!」
「えっ?」
辺りは真っ暗。とうの昔に下校時刻は過ぎ去っていた。
「知ってる?流れ星が流れきる前に願い事を3連続で言うと、不思議なことに………その願い事叶っちゃうんだ!!」
そんなこと知ってるわ。むしろ知らなかったのか。
「でもさ、"牛乳"だけ言ってもわからないんじゃないかな。」
「え?どういう意味?」
「"たくさん牛乳が飲みたい"っていう願い事なら牛乳をたくさん与えてくれるけど、"牛乳"だけだったら牛乳をどうしたいの?で終わっちゃうでしょ?」
「あ……………しくじったー!!!」
まあそれを3回言ってる時点でもう遅いだろうけど。それにしても美味しそうに飲んでたな、牛乳。それはもう新しいボールを与えられた小さな子供のような無邪気な顔で。…よっぽど喉かわいてたんだなぁ。
私たち2人は何故か一緒に芝生の上に転がって天体観測をしていた。私はもともとそのために屋上庭園へ来ていたんだけれど、ナチュラルは違う。なんでずっとここにいるんだろう?
「ん………?」
「あ。」
「おっ!」
「…あれ?ここは……。」
随分遅いお目覚めで自殺しようとこの屋上から飛び降りたクラスメイトの佐々木くんが起きあがった。寝起きで頭が回転しないのか、ボーッとしている。そんな彼に歩み寄ったのはナチュラルだった。
「ねーキミ。気分はどう?」
「え……気分…。」
初め、きょとんとして笑いかけるナチュラルを見ていた彼は徐々に顔から血の気が引いていった。そして震えだす。
「なんで……なんで生きてる!?僕………生きてる…!」
ボロボロとこぼれる涙で佐々木くんの顔はたちまちぐちゃぐちゃになった。なんだろう…彼は、随分変わったように見えた。彼が飛び降りる前と今。そういえば、彼は最初メガネをしていたっけ。落ちている時にはずれたのだろうか、今はしていない。でも、変わったのはそれだけではなかった。"人"がかわったのだ。
「なぁ、今嬉しい?」
「え…?」
「それは嬉し涙?」
「……。」
「飛び降りて落ちてる時、怖いって思ったでしょ?」
「!!」
ナチュラルの透き通る青い瞳が震える佐々木くんを映す。
「後悔したでしょ?」
「…………はい。」
声までも震えている彼にナチュラルはヘラッと笑ってぽんと肩をたたいた。
「その後悔忘れんなよ!人は生きてなんぼ!笑ってなんぼ!どんな辛いことがあってもそれが自分の人生!自分の人生は自分のもの!…自分の大切なもの、奪われたらどうよ?」
「悲しい…です。」
「だろ?だから自分の人生を"この世から僕1人いなくなっても何も変わらないんだ"なんて言葉なんかに奪われんなよ。」
「!」
またひとつ、新しい涙が佐々木くんの頬を伝った。
「でも僕……僕なんか…!」
「佐々木くん!」
「! か、鍵垣さん…。」
佐々木くんは大きな目で私を見た後、罰が悪そうに視線をそらした。
「………。」
あれ?言葉が出てこない……というか次の言葉なんて考えてもいなかった。
「あ、えーと…………おっ男ならしっかりしないとダメでしょ!」
シーン。
「あっ…その…」
ほんと、私ってバカ……。
「ぷっ」
「ぷ?」
「あはっ…あはははは!!」
「!?」
「おぉー笑った笑った。」
何故か顔を真っ赤にして笑い転げる佐々木くん。ナチュラルは感心したようにパチパチと手を叩いた。
「……何か面白いこと言った?」
「はははっ…あはっ……あ、ご、ごめん。なんか鍵垣さんがそう言ってくれてすごく嬉しくて。」
「こんなこと言われてどこが嬉しいの!?」
「え?でも大抵の男子は喜ぶよ。」
「え…?」
「あれ?もしかして知らないかな…"深紅ラブ"」
「深紅…らぶ?」
とてつもなく嫌な予感がするのは私だけだろうか。
「鍵垣さんのファンクラブだよ。1年から3年まで男女問わず会員がなんと全校生徒の4分の1以上。ちなみに僕も会員なんだ。」
「4分の1以上!?」
「鍵垣さんって可愛いし、スタイルいいし、性格もいいしで皆から人気あるんだよね。今日だって何人か入部希望者が部室にきてたよ。」
「部室あるの!?」
「うん、だって正式な部活動だもん。」
絶対違うと思う。
「へぇー深紅ってすごいんだ。」
今まで黙って聞いていたナチュラルが会話に入ってきた。すると、途端に佐々木くんは表情を険しくしてナチュラルに詰め寄る。
「あの、すいません。」
「ん?何?」
「もしかして……鍵垣さんの彼氏ですか?」
「え。」
「!!?? ちっ違うよ!そんなんじゃないから!ていうか今日初めて会ったし!!」
「さあどうかなフフフギャッ!」
「変な所で空気読むな!!」
余計なボケをいれるナチュラルを反射的に殴りとばした。
「…………お…おおおおお!!鍵垣さんのパンチだああああ!!」
「!?」
なに、なんで興奮してるの。
「これは大スクープだ!!また新しい鍵垣さんを発見したことを皆に報告しなくちゃ!!」
「えっ?ちょ、佐々木くん!?」
クラスメイト、佐々木典史は恍惚とした表情をして屋上庭園を去っていった。
「………今までのが嘘みたい…。」
本当に自殺しようとしていた人なんて思えない。
「良かったじゃん、また生きることになって。」
「!」
復活が早い……だと?ヘラヘラと笑っているナチュラルは嬉しそうに体を揺らした。そして次にベンチへ腰を下ろすとダラリと背もたれにおもいっきりもたれた。
「それにしても、今回の任務完了しそこねたよー。」
「どういうこと?」
「オレの任務、自殺志願者を助けてこれから生きる道を与えること。」
「ふぅん…?」
「でも今日のオレの成果は助けただけ。生きる道を与えたのは深紅だから。」
「え……。」
佐々木くんに生きる道を与えたのは私?
「でも、私何もしてないよ。」
そう言う私にナチュラルは首を横に振った。
「たしかに深紅は何もしてなかったかもしれないけど、佐々木くんにとっては深紅の"存在"が生きる道だったんだよ。」
「私の、存在……。」
……それってファンクラブのことだよね……佐々木くんには悪いけど、複雑だなぁ…。
ナチュラルがヘラッと笑ったその時、ジジッという雑音がして次に綺麗な女の人の声がした。
『ナチュラルさん、帰りが遅いですが、どうかされたんですか?』
「あっ!ごめん!つい話しこんでて!」
慌てた様子で首元についている大きな安全ピンを口元に引き寄せるとナチュラルは苦笑した。
『そうですか。何かあったのではと心配しました。』
「ほんとごめんなー。」
『問題ありません。それより今日の結果報告で皆さんお揃いですのでナチュラルさんも早くおいでになってください。』
了解。ビシッと声の主に敬礼をしたナチュラルは私に向き直った。
「深紅!今日はありがと!すっげー助かった!」
「いや、私は何も…。」
「そんじゃまた今度!」
「え?今度?」
また会えるの?と訊く前にナチュラルは踵を返して走りだしていた。
「……また会えるのって…。」
この短時間でまた彼に会いたいと思っている自分に驚いた。そして、この短時間でこんなにも距離を縮めていた彼にすごく驚いた。
お疲れ様でした。長かったので読むの大変だったと思います。はてさて、今回は深紅にファンクラブがあったことが発覚しました。微笑ましいことですね。…え?微笑ましくない?まあこれも青春ということで…。